白魔女の囚われの日々。
時間の感覚が無いといっても良い。アシュリーが今立つ、この時代は。
始まりの勇者の時代より、おおよそ百年が経った時代。
―暴虐と破壊の王として君臨する。二代目勇者、グレアムが統べる時代だった。
それからの日々は、悪夢そのものだった。裏切り者扱いが、いくらでもマシだと思えるほどだった。
監禁の日々は続いていた。部屋から一歩も出ることは出来ずにいた。
「……」
アシュリーは窓辺にもたれながら、外の景色をみていた。すでに日は落ちていた。月夜が部屋を照らす。
今の自分の姿も映される。黒い外套は捨てられた。彼女の為に用意された、白を基調とした美しいドレス。ほどかれたゆるやかな髪に、薄化粧で彩られた顔は侍女によるものだ。
何もかも塗り替えられた少女が、そこにいた。
「……」
今日も耳にする。誰それが処刑された話。聞けば、王の意に反したから。反乱も意味のあるものだ。―悪政に耐え切れず、反旗を翻したのだ。が、王の軍力には敵わず、この結果となってしまった。
何もかもが、四耳族の時代だ。王が言った通り、彼らの理想の世界だったのだ。
「これが、理想の世界というの……?」
始まりの勇者一行が救った世界は。このような凄惨な世界となってしまった。苦しむ民を弱者だと捨て置いて、自分ら四耳族が君臨する世界。これが。
「―入るぞ」
ノックはするものの、返事を待たずグレアムが入室してきた。
「……」
今宵もまた、始まろうとしていた。彼の手は血にまみれていた。その手で、飾られた少女に触れていく。抵抗し続けても、無意味であって。少女はもう、受け入れるしかなく。
夜が訪れた。伽の時間だ。
「……」
未だ、一線は越えてはいない。
至ろうとした時、アシュリーが吐いたからだ。その晩はそれきりとなった。
「……化粧の必要、ないんだがな。本来の顔立ちの方が好みだ。まあ、これはこれで」
「……」
「愛らしい」
一線は越えてないものの、この性急なグレアムのことだ。時間の問題なのだろう。
繰り返される日々。繰り返し聞かされる王の蛮行。それでも、居場所はここにしかないアシュリー。
「……」
虚ろな瞳で、アシュリーは今日も窓の外を眺めていた。淀んだ空は、日々濃くなっていく。
「もう、私には―」
楽しかった日々も、色褪せていった。彼女に残されたのは、この空虚な日々なのだと。
「……」
ふと、窓に触れる。無機質な感触だ。アシュリー自身もどうしてそうしたか。それはわからない。
「……?」
微かに声が聞こえる。
―そく、なりました。
「誰……?」
―して、申し訳ない。本当に、遅くなってしまいました。
「誰なの……?」
覚えがあるはずの声だ。なのに、アシュリーはどうしても思い出せない。
―急いで。今から、貴女を解放します。
「私を……?」
―本当に急いで。貴女のおっとりには、付き合っていられない状況です。マイペースにも限度がありますよ。
「なっ」
アシュリーはむっとしてしまう、と同時に。こんな感情は久々であり、驚いてもいた。
―さあ。あなたにまだ気持ちが残っている間に。意思が残っている内に。
「!」
この声と共に、開け放たれたのは部屋の窓だった。強く風が吹き込んでくる。
「ここを……」
何階に部屋があると思っているのか。この高層から飛び降りろというのか。
「私の意思が……。ここにはいられない、それだけ」
命さえ残っているなら、治療は出来る。アシュリーは勢いつけて、窓から飛び降りていった。
―あなたの意思、歓迎します。
「そんな大層なものじゃ……!?」
―良いのです。貴女さえ、生きているのなら。
「……あなたは、本当に誰なの。誰、だったの」
飛び立ったアシュリーを包むのは、水泡だった。彼女を優しく包み、地上へと降り立たせた。
「あ……」
久々の外の空気だ。だが、堪能もしていられない。アシュリーは駆け抜けていった。