白魔女と暴虐の王。
すみません、まだ暗い展開は続きます。
理不尽さは減っているとは思います。
お付き合いくだされば幸いです。
馬車に乗せられ、連行された先。それは、アシュリーにとって苦々しい場所だった。
この世界随一の大国。―四耳族と姫が統治している国。そして、祝賀パレードが行われた場所だ。
「どういうこと……」
あれだけ荒廃しきっていた各地と違い、この王都のなんと豪勢なことか。堅牢なる門で守られ、人々は喜びに満ち溢れていた。昼から酒をあおり、実に陽気なことだ。
あれだけ、各地では苦しむ人々で溢れているのに。ここだけ、まるで別世界のようだった。
そびえ立つ城の正門が開門される。アシュリーは拘束されながらも、城内へと引き入れられた。豪華絢爛な城内を連れ回され、やがて、王のおわす謁見の間へ。
「―ほう。噂の白魔女か」
王座に座っているのは、今のこの国の王か。大柄で精悍な顔をした、野性味溢れる美丈夫だった。
やはりというべきか、彼もまた、四つの耳をもっていた。四耳族の時代は続いていたのだ。
「違います」
ここでもアシュリーは否定した。それが正解かどうかはわからない。それでも。
「なら、顔を見せてみろ」
「嫌です」
アシュリーは断る。その姿勢に、兵達はやけに動揺していた。動揺し過ぎていた。王に失礼な態度を働いたのもあるだろうが、それだけではないようだ。
静まれ、と王は手で制する。そこでようやく、場は静まった。
「よい。こちらで暴くまでだ」
「!?」
つかつかとやってくる王は、アシュリーの外套に手をかけた。一気にはぎ取っていき、少女の顔が露わになる。
年若い、優しい顔つきをした少女。長旅や精神的疲労もあってが、憔悴しきってもいた。
「これはこれは……」
王はやたらと感嘆していた。そして、まじまじとアシュリーを観察する。
「……」
白魔女と、バレてしまうのか。悪名ばかりが先走りして、当人の顔自体は広まっていないと思われていたが。月日が流れていることもある。気づかれてないと、アシュリーは思いたかったが。
「これは驚いた。当時のまま、ということか」
「!」
この男には、白魔女であると認識できたようだ。それも。
「―『始まりの勇者』が懸想していた、白魔女そのものということか」
「え……。ううん、違う」
このような時にも、アシュリーの心臓は高鳴ってしまう。そんな場合ではない、と落ち着かせようともする。
「ふむ、懸想というか。ご執心ともいうべきか」
どちらも執着ととられる言葉だ。だが、次の彼に発言によって、アシュリーは。
「わかる気もするな。―稀代の治癒の使い手。欲するのも必然だろう」
「……え」
アシュリーの目の前は真っ暗になった。ウィルフレッドは違う。純粋に好意をもってくれていた。そこに打算など決してないはずだと。
「あ……」
―君の手は、その。不思議な、治癒の力でもあるのか?
あの時のウィルフレッドは、アシュリーの手、彼女の魔力を気にしていた。
違う。そんなことはない。アシュリーは必死に打ち消そうとする。それでも。
―君が好きだ。
―君が愛しいのは本当だ。
―僕も君だけだ。
―僕が、必ず彼女を守り通します。
たくさん、好きだと。愛の言葉をささやいてくれた。そんな彼に溺れていった自分。
「どんな言葉を尽くしてでも、何をしてでも。手に入れたくなる」
「やめて、ください……」
アシュリーは弱弱しくも否定する。
「私を見ろ、白魔女よ」
「!」
否応にも、顔を向かされる。堂々とした男にあるのは、四つの耳だ。
「今となっては考えられないが、昔は四耳族は虐げられていたという。誇り高き一族でもあったのだ。なんとしても、見返してやりたかっただろうな。……それだけの、扱いを受けてきたのだから」
「……それは」
出逢いからして、彼は暴行を受けた後だったのだ。以前にも、彼は、彼らは辛い環境だったのは間違いない。
「利用しようと考えても。―責められまい」
「利用……」
確かに、彼女自身の力は巨大だ。いや、それでもアシュリーは頑なに否定し続ける。
「違います!彼はそんな人じゃない!本当に純粋で!」
「ふむ……」
必死なアシュリーを、興味深そうに見ているのは王だ。控えている兵達も口に出せずとも、重苦しい面持ちだった。
「まあ、よい。初めは純粋だったと仮定して。純真のままでいられると思うか?力を得て、権力も手に入れて。―美しい姫君まで手中にあって。何故、変わらないと思えるのか」
「!!」
アシュリーは突きつけられた。この恋は終わったものだとわかっていたのに。
真っ青になったアシュリーに構わず、王は続ける。
「初代の王の存在もあって、我々の天下は続くわけだ。世界は我々の思うがままにだ!まさに理想の世界だ!!」
「理想の、世界……」
王が高笑いする中。気概が喪失しつつあったアシュリーだったが、そんな王に疑問を抱く。
「……この、大変な状況で?」
「何が大変だというのだ」
「……!みんな、大変なのに!苦しんでいるのに!あなた達だけが!」
苦しむ人々とは違い、この王都はこうも豊かで栄えているものか。アシュリーは気持ちを荒ぶらせながら、訴える。
「そうか」
「なっ」
王の返答はこうだった。そして、こうも続けた。
「弱いからだ。弱き者は生存に適していない。それだけだ」
「なんてこと……」
当然の事だと王は言い切った。アシュリーは呆然としてしまった。
「そして、そんな弱者を救おうとするのが。白魔女、お前だ。裏切りの白魔女と罵られてもな」
「私は……」
「裏切り、か」
王はアシュリーの顎をすくと、顔を上げさえる。これだけ近づくと、なおさら威圧感を感じずにはいられない。アシュリーは、怯みそうになる心を抑えつけていた。
「決戦前夜の裏切り、か。……白魔女よ、本当にお前がそうなのか?」
「……」
「黙秘、か。まあよい。世界は、お前を裏切り者とみるまでだ。どこへ行っても受け入れられない。お前には、もう居場所はないのだ」
「……!」
アシュリーは何も言えない。ここで、本当のことをぶちまけられたら、何か変わるのだろうか。
「……ううん」
アシュリーは首を振った。それは、彼女としてはどうしても出来ない。
「民衆共がお前を拒もうとも、私はそこまで狭量ではない。白魔女よ、どうだ。―私の元へ来ないか」
「!」
「お前の巨大な力も含めて、お前を気に入っているのだ。……始まりの勇者も愚かなものだ。手放すなど」
「いやっ……」
抵抗する力も意味を成さない。アシュリーは強く腕を掴まれ、抗うこともできないまま。
「んん!?」
口づけを許してしまった。こんな荒々しくされたことはなく、呼吸もままならない。ようやく解放された。アシュリーは酸欠状態で眩暈がしそうだった。
「どのみち、囲う気で連れてきたのだ。私の元に置いておく為にな」
腰に力が入らないアシュリーを、再び兵が拘束する。王は部屋に連れていくようにと命ずる。
「いや……」
視界が掠んでいく。アシュリーは気を失ってしまった。