始まりの勇者の伝説。
「きゃあああ、勇者さまー!」
「勇者様、ばんざーい!」
大国の城門通りには数多の民衆達が駆けつけていた。これから行われるのは、世界を救った勇者の凱旋パレードだ。英雄を人目みようと、我先に我先にと身を乗り出している。
より、観衆の声が盛り上がる。開門され、勇者たちを乗せた華やかなフロート車が通っていく。熱狂の渦の中、にこやかに手を振るのは勇者。―ウィルフレッド。
獣の耳と人の耳。あますことなく見せていた。彼用に誂えられた正装も決まっている。
「……」
その傍らで微笑む麗しい少女は―。
「ああ、なんとお似合いの二人かしら!」
「ご成婚パレードは別日に行われるそうよ!ああ、楽しみね」
勇者の隣で微笑むのは、細かな装飾のドレスを身に着けた少女だ。頭には黄金のティアラを戴く、艶やかな黒髪の少女。この大国の王女である。
「……」
綺麗な子、と。パレードを眺めていた少女は思っていた。黒い外套をまとっている少女。今、こうして眺めるだけの存在。
―それが、アシュリーだった。
勇者の隣にいるのは、アシュリーではない。別の少女だった。
アシュリーにもわからない。世界を救ったあと、気がつけばこうなっていたのだ。このパレードまでウィルフレッドとの会話もままならず、婚礼の話も知らされておらず。こうして、いち民衆として甘んじるしかなかった。
ただ、眺めているだけだった。遠い世界のように、いや。
「きゃああああ!」
より、群衆は白熱していた。なんと、姫君が口づけをねだったのだ。それに応じた勇者はというと、少女の唇に口づけた。
「……!」
アシュリーの胸は痛くなった。こんなにも痛くなってしまう。
「偽物、きっと」
だって、笑い方がどこか違う。だって、佇まいも、振る舞い方も。自分が恋した相手とは瓜二つでも、あれは偽物だと。
「馬鹿みたい、私……・」
馬鹿げた考えだと、アシュリーは自嘲した。どれだけ、自分に都合の良い想像をしているのかと。何を勝手にそう思っているのかと。
たとえ、遠い世界のようで、にわか信じがたい状況であっても。―紛れもなく現実なのだと、アシュリーは認めるしかなかった。
「でも、私は……」
彼と想い合っていたのは私、と言い出したい。一方で、勇者がそれで幸せならと諦めている自分もいる。アシュリーは葛藤していた。
いずれにせよ、表に出ることは出来なかった。ある事情があるからだ。
「……それにしても。他の方々はみえられないのかしら」
女性の一人がぽつりと呟く。彼女の指摘通り、あくまで勇者と寄り添う少女だけだった。他にも仲間がいたはずだ。
「それが、ご辞退されたそうよ。ええと、戦士様。精霊術師様。そして、賢者様!どなたも見目麗しいと言うじゃない!」
「ちょっと!『大賢者様』よ!あの方は別格だったというじゃない!」
「これは失礼!そうね、飛びぬけて麗しい方ですものね!それでいて、優雅な物腰!紳士!ああ、一度お会いしてみたかったものだわ!」
大賢者の評価は高かった。勇者と並ぶほどである。
まだまだ会話に花を咲かせていた彼女らだったが、ふと、表情が曇る。
「……でもね?あの『裏切り者』はね?」
「そうよ。魔王討伐前に、離脱したどころか。……魔王に加担したというじゃない」
「!」
―勇者の最初の仲間でもあった治療魔法の使い手。
白魔女は、類いまれなる魔力で一行を支えてきたという。世界各地でも、この癒し手に助けられた人々は多い。聖女である妹と共に、アシュリーは讃えられてきた。
それが一転したのは、魔王との決戦前夜のことだ。
アシュリーは何も言えない。自分の話題となって、あれこれ言われてもだ。何が正しくて、何が間違っているのか。
「……本当に、楽しかった」
魔王を打ち倒し、勇者一行との旅は終えたのだ。アシュリーの脳裏に日々が蘇る。
初めは二人だけの旅。
困っていた二人を助けてくれたのは、大賢者だ。ひよっこな二人を、優しく導いてくれたのだ。アシュリーも彼のことをとても慕っていた。穏やかで聡い彼に懐き、とても信頼していたのだ。
婚約者に逃げられ、やさぐれていた戦士とも出逢う。だが、実際は快活でパーティーをよく盛り上げてくれる好青年だった。アシュリーのことも気にかけてくれており、彼の前では大声で笑うことが増えていた。
最後の仲間は、弓術にも長けた精霊術師だ。族の長でもあった、凛として美しい女性だった。厳しいところもあったが、よくアシュリーを可愛がってくれた。彼女からも多くのことを学んだ。
本当に、多くの人と出逢った。それでも、アシュリーの根底にあるのは。
今は勇者として讃えられている、ウィルフレッドの存在だ。
たくさんの初めてをくれた彼だった。誰よりも大切だった存在。
ただ一人、恋をした相手だった。
そんな彼が幸せというのならば、アシュリーが選んだ選択は。―彼の前から去ることだった。
「……行こう」
これ以上、ここに留まっていては見つかってしまうかもしれない。今となってはアシュリーは、『悪名高き白魔女』であるのだ。
「さよなら」
アシュリーは背を向け、立ち去っていく。観衆の興奮は冷めやらない。
いつまでも、いつまでも。
勇者と姫君は、絶えず微笑み続けていることだろう。
二人の良き治世によって、世界は真の平和がもたらされることだろう。
「……」
表舞台から去ったアシュリーは。自分達が救った世界の平和が続くことを願った。
かつては卑しい存在とされた四耳族の少年。そして、大国の姫君の婚姻は成された。それから四耳族の天下は続く者となった。勇者の子孫として、世界の中心となり。彼らは栄えていったのだ。
―四耳族の初代勇者、ウィルフレッド。彼は『始まりの勇者』として、伝説となった。