第四話 伏馬忍、タイマンを張る
杉草山の廃病院から帰還を果たした僕は、救助にやって来た涼と共に陰陽梁学院の中等部へと戻ってきていた。
「え……あ、え!?」
校舎に戻ると、そこで、先に帰っていた同級生達と鉢合わせた。
彼等は僕達の姿を見て驚きの表情となる。
「ふ、伏馬、お前、い、生きてたのかよ……」
「はい」
「傷は……大丈夫なのか?」
「見ての通り服はボロボロですが、運良く体は無事です」
「そ、そうか……よかったな、奇跡が起こって」
僕が五体満足で生きて帰って来た事に、やはり彼等も半信半疑の様子だ。
ふと、そこで僕は隣に立つ涼を見る。
涼は、怖い顔で彼等を睨んでいた。
「涼?」
「行こう、忍」
涼は僕の服の裾を引っ張って、振り返る。
いつもの廃小屋に向かおうとしているのだろう。
「ま、待てよ」
そんな僕等を、彼等が呼び止める。
「二人とも、その、今日あった事、周りに言ったりしねぇよな?」
「………」
ああ、なるほど。
彼等にとって一番の心配は、そこだったか。
無論、勝手に危険な廃病院へと乗り込み、僕を見捨てて帰ってきた事を責められるから、とか、そういったことは無い。
以前にも言ったが、僕の命なんてこの陰陽師の世界ではほとんど価値が無い。
彼等が気にしているのは、悪霊を相手に歯が立たず逃げ帰ってきた事を吹聴されるのでは、という事だ。
高等部進級を間近に控えた今、そんな噂が流れれば周囲から舐められる。
更に言えば、彼等が所属する家や派閥にも影響が出るからだろう。
「い、言っておくけどよ、お前が何を言ったって無駄だからな!」
「お前の言葉なんて誰も信じねぇぞ!」
彼等の必死な姿が哀れに感じ、僕は嘆息混じりに返す。
「ご安心を。言いませんよ」
僕の返答を聞き、とりあえずは安心したのか、彼等は表情を崩す。
「行こう、忍」
彼等に軽蔑の眼差しを向けながら、涼が急かす。
「うん」
これ以上彼等と話す事は無い。
涼がお土産に買ってきてくれたおはぎが待っているし、僕は涼と一緒にその場から立ち去ろうとする。
「待てよ、涼、お前もだぞ」
そこで、次に彼等は涼を呼び止めた。
「………」
涼は、彼等に冷めた目を向ける。
その必死さと自分勝手さに、ほとほと嫌気がしているようだ。
「お、おい、何だよ、その目は」
涼の反抗的な視線に、彼等も危機感を覚えたのだろう。
目に見えて焦り出す。
クラスメイトの醜態を周りに言いふらす――涼はそんなことを面白半分にするような性格じゃない。
しかし、報告という形で学院側には告げるかもしれない。
「も、もしも言いふらしてみろよ、そうしたら……ただじゃすまさねぇぞ」
彼等は剥き出しにした敵意を涼にぶつける。
自分達の恥をバラすなら、例え涼でもボコボコにしてやろうという意思が見える。
そんな脅しに、涼も臆することなく臨戦態勢を取る。
……やれやれ。
「あの」
そこで、僕は涼を後ろに回して彼等の前に立つ。
「じゃあ、決闘しませんか」
流石に、涼に危害を加えようという意思を見せられて、黙っているわけにはいかない。
涼にはいつも助けられてきた。
死の淵から黄泉還って来た今、今度は彼女も守れるようになりたい。
「忍?」
「ええと、タイマンってやつです」
「は? お前、何言って……」
「僕は今回の件を言いふらす気はありませんが、不安から涼に危害を加えようと思うなら、容赦しません。僕が勝ったら、涼には手を出さない。涼が何をしようと文句を言わない。それでお願いします」
「……なん、だとぉ!?」
おやおや、大分お怒りだ。
どうやら、彼等は決闘の交換条件よりも、僕如きが彼等に喧嘩を売った事の方が気に入らないようだ。
まぁ、当然か。
僕の身に何があったのか知らない彼等からしたら、才能0の無能が噛み付いてきたのだから。
「上等だ! 運良く生き残ったくらいで調子に乗りやがって!」
闘志を燃え上がらせる相手を前に、そこで、僕の服の裾を涼が引っ張る。
「忍、どうしたの? こんな事……」
「大丈夫」
心配そうな彼女の目を見て、僕は答える。
「今は、僕に任せて」
「………」
■ ■ ■
僕達が移動した先は、中等部校舎敷地内にある修練場の一つ。
板張り床の、体育館くらいの大きさの建物だ。
「はっ、せっかく九死に一生を得たってのによ、馬鹿が」
「この場で半殺しにしてやるよ」
「覚悟しろよ」
殺気立つ三人組。
その中から、リーダー格の生徒が前に出る。
「忍……やっぱり、ここは私が」
「涼」
心配し、自分が代わりに矢面に立とうとする涼。
そんな彼女を制し、僕は相手と相対する。
「見てて」
「………」
「あの悪霊は確かに強力だった。だが、俺もいきなり遭遇して動揺してただけだ。もう二度とあんな醜態を晒さないように、最初から全力で行くぜ」
リーダー格の生徒は、そんなダサいセリフを臆面も無く吐きながら、火行の陰陽術を発動する。
手の中に生み出される、野球ボールくらいの炎熱の球体。
「オラァ! 偉そうな口は、こいつを食らって立ってられてから言ってみろよ、無能!」
その火炎が、真っ直ぐ僕に向かって放たれる。
「……ふぅ」
僕は、右手に霊力を集中する。
そして、襲来した火炎球を――。
――ベチン、と手で弾いた。
「……は?」
まるで蠅を払うように弾かれた火球が、修練場の壁に当たって破裂する。
「な、は? え? い、今のは失敗だ! 次は容赦しねぇ!」
リーダー格は更に意識を集中させる。
僕の目には、彼の手元に集まる霊力の流れが見える。
火行の霊素を掻き集め……うん、確かに、必死になった分さっきよりは強力な一撃が出来上がっている。
「オラァ! 死んでもしらねぇぞ!」
そして、その一撃を再び発射。
――僕は再び、それをベチンと弾き飛ばす。
「は? はぁ!? はぁ!? な、なんで!?」
半分混乱しながら、次々に火球を撃ってくる彼には悪いが、僕はその攻撃をペチペチと弾き続け、徐々に接近。
そして、彼の真ん前に立つと。
「ふん」
顔にビンタをお見舞いした。
大分力を弱めて。
「ずがっ!?」
雄叫びを上げ、彼はそのまま後方で観戦していた仲間達の間まで吹っ飛んでいった。
「な……」
「お、おい……何やってんだ?」
「うるせぇ! お前等もやれ!」
彼は仲間達に命令し、一緒に僕へ攻撃を仕掛けてくる。
あの廃病院で悪霊を相手にした時と同じ流れだ。
まったく反省していない。
彼等の総攻撃が、僕に雨あられと注がれる。
その場に粉塵が蔓延する。
「やったか!」
そう叫んだ仲間Aの背後に、僕は回り込んでいた。
「は!? いつの間に――」
「ふん」
仲間Aにビンタをお見舞いする。
「ぶっ」
ちょっと強めに殴ったので、派手に吹っ飛んで壁に命中し、そのまま気絶した。
「お、お前!」
僕の接近に気付き、掴み掛かってくる仲間B。
「ふん」
僕は彼の腕を取り、そのまま背負い投げする。
地面にしこたま体を打ち付けられ、彼も気絶。
「な、な……」
そして、残ったリーダー格には。
「なんなんだ、お前――」
「ふん」
再び顔面にパンチ。
一発KO。
決闘開始からものの数十秒。
その場には、かつて僕を虐げていた同級生達が、為す術もなく転がっていた。
「……陰陽術を使わずに終わってしまった」
せっかく培った能力を発揮できなくて、その点だけが残念だ。
まぁ、そのレベルの相手じゃなかったので仕方が無い。
「忍……」
僕は、そんな一連の光景をポカンと見詰めていた涼のもとに向かう。
「忍、一体、何が……」
「おはぎ食べながら説明するよ」
僕は、涼を真っ直ぐ見詰めて言う。
「これからは涼に嫌な思いはさせないようにする。それに、高等部にも進級したいと思ってる」
僕の言葉を聞き、涼は依然ビックリしている。
「もう少し一緒にいたいけど、いいかな」
「………」
しかし、ビックリしながらも、涼は。
「……うん」
どこか嬉しそうに、僕の言葉に頷いてくれた。
■ ■ ■
「先日――中等部の第二修練場で重傷を負い気絶していた生徒達の件ですが」
――それから、数日後。
「何があったのか、当の生徒達も口を閉ざしていましたが、その一件を目撃していた生徒がいたようです」
ここは、陰陽梁学園――学園長室。
椅子に腰掛けた妙齢の女性が、部下からの報告を受けている。
「どうやら、彼等は同じく中等部に在籍する生徒と決闘を行っていたと」
「決闘?」
「はい。そして、一方的な実力差で敗北したようです」
その言葉に、妙齢の女性は椅子を回転させ、部下の方を見る。
「その、相手の生徒の名は?」
「涼……“あの”凰城涼です」
「凰城涼……か。ならば頷ける顛末だな」
「はい……ただ、その目撃者の生徒の報告によると、凰城涼はあくまでも観戦していただけで、実際に戦っていたのはもう一人の方だったと」
「もう一人? その生徒の名は?」
部下は、どこか半信半疑で、その名前を口にした。
「……伏馬忍」
「俄に信じがたいのですが……如何致しますか? 学院長」
妙齢の女性――陰陽梁学院、院長は薄らと口元に笑みを浮かべて答える。
「……あの伏馬忍が、か。少々、調べてみるか」
■ ■ ■
伏馬忍の人生は、ここから学院を、生徒達を、様々な家を、プロの陰陽師達を巻き込み、大きく変化していく事になる。