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第三話 伏馬忍、ぶん投げる


 忍が生と死のハザマの世界で修行を終え、現世へと黄泉還った――一方その頃。


「忍……どこにいるんだろう」


 陰陽梁学院中等部。


 敷地内を、ぽてぽてと歩き回っている少女が一人。


 涼である。


 本日、急遽舞い込んだ用事も終え学園へと帰って来た彼女は、その足で忍を探し回っていた。


 しかし、教室や廃小屋、校舎内を探しても見当たらない。


 スマホに連絡を入れても返事が無いので、困っているところだ。


「お土産……天神堂(てんしんどう)のおはぎ買ってきたから、早く一緒に食べたいのに」


 そう呟きつつ、涼は中等部校舎の裏手付近に差し掛かった。


 そこで、だった。


「お、おい……絶対やべぇよな、変に刺激しちまったけど……」

「あれでもし廃病院を出て、人里に降りてきたりしたら、もっと被害が……」

「うるせぇ! あんなの今更俺達でどうこうできるレベルじゃねぇだろ! うちの式神が一体潰されたんだぞ!」


 校舎裏で、こそこそと話している生徒達を発見した。


 焦った様子で、何やら言い争いをしている。


「……あれ?」


 その三人組には見覚えがあった。


 いつも、忍を虐げている同級生達だった。


「………」


 直感で嫌な予感を覚えた涼は、気配を消して彼等へと近付く。


「ともかく、この事は誰にも言うなよ! 絶対内緒だからな!」

「で、でも、伏馬は? もしもあいつが生きてて、この事を口外したら……」

「生きてるわけねぇだろ! どう考えてもあの悪霊に食い殺されてるって!」


 ……!


 話を盗み聞きしていた涼は、彼等の口から飛び出した言葉に目を見開く。


「大丈夫だ。伏馬が俺達と一緒に学園を出たところも、ほとんど誰にも見られてないはずだから……」

「ねぇ」

「うわぁ!」


 涼は、すぐさま彼等へと駆け寄る。


 涼の存在に気付いた同級生達は、声を上げて飛び上がった。


「あ、す、涼……」

「今の話、どういう事?」


 涼の問い掛けに、同級生達は口籠もる。


 しかし、涼が放つ「逃がさない」という圧に観念し、遂には口を割った。


「……杉草山」


 杉草山の廃病院。


 彼等は忍を連れて、あの危険な廃病院へと向かった。


 そして、そこで悪霊と遭遇し……結果、忍を見捨てて逃げ帰ってきた――と。


「い、いや、俺達も決してあいつを見捨てたわけじゃなくて、最低限助けようとはしたんだけど……」

「………」


 涼は無言で同級生達を睨む。


 鬼のような眼差し、抜き身の刀のような殺気をぶつけられ、彼等は体を震わせ縮こまった。


「……ふん」


 しかし、今優先すべきは彼等へ怒りをぶつける事ではない。


 一刻も早く、忍を助けに行かなければ。


 そう冷静に判断を下すと、涼は脱兎の勢いでその場から走り出した。




 ■ ■ ■




 涼は全速力で目的地へと向かう。


 杉草山の廃病院――。


 あの場所は陰陽梁により一級危険領域に指定された。


 間もなく、陰陽梁が選抜したプロの陰陽師達により霊力的空間閉鎖と悪霊の討伐が行われる予定だった。


 何を隠そう、本日、涼が学院を不在にしていた用事というのも――彼女もその討伐要員に補助メンバーとして選ばれ、以上の説明を受けに行っていたからだ。


 杉草山の敷地内に駆け込み、山道を急いで駆け上がりながら、涼は忍の無事を祈る。


 草木が生い茂る森の中を、ただひたすらに、小柄な体を躍動させ進んでいく――。


 間もなく頂上――廃病院の近くへと差し掛かった、その時だった。


 すぐ近くの草むらから、ガサガサと物音聞こえ、生き物の気配を感じ取った。


 涼はその場で立ち止まり、バッと身を翻して臨戦態勢を取る。


「あ」


 草むらからヒョコッと顔を出したのは、忍だった。


「涼、どうしてここに?」

「………」


 全力疾走で呼吸を乱す涼を見て、忍は小首を傾げている。


 服はボロボロで、血の跡が付着している。


 だが、目立った外傷は見当たらない。


「おーい、涼?」

「………」


 一瞬、何らかの幻覚や、悪霊による偽装を想定もした。


 だが、目前の忍が醸し出す雰囲気が、いつもの慣れ親しんだ……涼が心を許す彼のものと、何一つ変わらなかったので。


「………」


 涼は、無言で忍へと駆け寄る。


 そして、彼の胸に顔を埋めた。


「……ごめん、心配掛けた」


 全てを察した忍は、胸の中の涼へと言う。


 涼はただただ声もなく、忍が生きていたこと、そして再び会えたことを喜んでいる。


 安堵の空気が、その場に流れていた。


 ――瞬間だった。


 忍の背後から、ぞわりとおぞましい気配が漂ってきた。


「!」

「!」


 その気配に涼も気付き、すぐさま忍の体から顔を離す。


「ムギィィィ、コロォォォ、マロンちゃぁぁぁん……」


 忍の背後の空間――そこにいたのは、獣の姿をした悪霊だった。


 全長二メートルほど……大きい。


 山犬のような四足歩行の体に、黒い体毛。


 しかし頭部は人間のもので、長い黒髪の隙間から覗く左右六つの目で、こちらを見詰めてニタニタと笑っている。


 牙が覗く口元から、意味の無い言語と涎を垂らしながら。


 この大きさ、醸す凶悪さ。


 見た目だけで、危険指数一級相当の悪霊だとわかる。


 おそらく、こいつが問題になっている廃病院の悪霊……。


 そう、涼は判断した。


「忍、ここは私が……」


 涼は、まず忍の安全を確保しようとする。


 彼を後ろに下げ、悪霊と相対しようとした。


 しかし、それよりも先に、忍が行動を起こしていた。


 ガシッと、涼の両肩に手を置く。


「ふん」


 そして、そう彼の息遣いが聞こえた――。


 ――その時には、涼の体は杉草山の遙か上空に舞い上がっていた。


「……え?」




 ■ ■ ■




「………」


 涼を守る為、彼女を一旦上空に逃がそうと考え動いた……のだが。


「……思ったより凄く放り投げてもうた」


 いきなりのことでビックリさせてしまったかもしれない。


 空の彼方――粒ほどの大きさとなった涼を見て、僕は猛省する。


「まぁ、今はともかく」


 思考を切り替え、振り返る。


 すると、人面犬みたいな悪霊が、正に僕へと襲い掛かってきたところだった。


「クアッ」


 涎を撒き散らし、鋭い牙を剥いて食い掛かってくる悪霊。


 僕は突っ込んでくる悪霊に合わせ、その顔面にカウンターを叩き込んだ。


「カペッッ」


 悪霊の頭が一撃で爆散した。


 残された胴体も木々を押し倒しながら飛んで行き、やがて見えなくなった。


 まぁ、最初の一撃で霊としての気配は消滅した。


 残存部位も、自然と霊素化して消えて無くなることだろう。


 陰陽術を使用することなく、霊力を纏った拳で殴っただけで祓う事ができた。


 さっきの廃病院の悪霊に比べれば格下のようだ。


「除霊完了……ん?」


 そこで僕は、悪霊を殴り飛ばした右手を見る。


 手の甲に裂傷が生じ、出血していた。


「……なるほど、陰陽師として強くはなったけど、今度は体がついて来れてないのか」


 体も、もっと鍛えないとな。


 とりあえず治癒術で手の出血を治す。


 そして、落下してきた涼をキャッチした。


「……忍、今、何が」

「ごめん、放り投げすぎた」


 腕の中の涼が、目を白黒させながら僕を見詰める。


 流石の彼女も困惑しているようだ。


「放り投げ、すぎた?」

「ええと、帰ったら説明するよ。色々あって、ちょっと強くなってて」


 半信半疑の涼に、僕は言う。


「帰ったら……うん、そうだね、早く帰ろう」


 そこで、涼はここに来た当初の目的を思い出したのだろう。


「この杉草山の廃病院には、危険な悪霊が住み着いてる。さっきの大きな犬みたいな悪霊が、おそらくそう。今は運良く姿を眩ましたみたいだから、早く帰ろう」

「……あ」


 そうか。


 上空に舞ってた涼からは、僕がさっきの悪霊を祓ったところは見えてなかったのか。


「大丈夫、悪霊はいずれプロの陰陽師達が倒すから」

「ええと……」

「早く帰ろう。天神堂のおはぎ買ってきたから」

「おはぎ」

「おやつの時間にしよう」

「うん」


 まぁ、今はいいか。


 後で纏めて説明しよう。


 涼も早く帰りたそうだし、今はおはぎが優先だ。


「おはぎおはぎ」

「おはぎおはぎ」


 ということで、僕は涼と一緒に杉草山を後にするのだった。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


 本作について、『面白い』『今後の展開も読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、ページ下方よりブックマーク・★★★★★評価をいただけますと、創作の励みになります。

 現状、実験作のため中編くらいを予定していますが、皆様の反応次第では連載も考えておりますので、ご意見いただけると助かります。

 よろしくお願いいたします(_ _)

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