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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

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86.待ったことを後悔させてやるぜ

 ジャンの部屋を出たトラヴァスは、空き部屋を一つ確保してから自室に戻り着替えを用意すると、カールと共に離れにある浴場へと向かった。


手洗い場(トイレ)と浴場は離れにあるのだ。夏場はいいが、冬は行くも帰るも地獄でしかない。せっかく温まっても、部屋に戻るまでに冷えるからな」


 夏だというのにどこか薄ら寒い廊下を渡り、手洗いを済ませてから浴場に向かった。

 脱衣所で二人は豪快に服を脱ぐ。オルト軍学校の頃から慣れているので、二人とも平気だ。

 しかしカールは久々に見るトラヴァスの裸体を見て、ぎょっとした。


「げ、トラヴァス、お前また筋肉ついてんじゃねーか。着痩せすんだよな、お前」

「ふ。カールも中々仕上がってきているじゃないか。入隊した頃のチビ助とは思えないぞ」

「ふん、言ってろ。今にお前を抜かしてやっからな!」

「私はお前の年には、もう今と変わらぬ身長だったが」

「だったら筋肉で勝つ!」

「なら私は剣術と魔法で勝つさ」


 ふっと目を細めて笑うトラヴァスにカールもニッと笑いながら、二人は大きな浴場に入る。時間が遅かったせいか、人はまばらにしかいない。

 

「っへ、いつかはトラヴァスと真剣勝負しねぇとな。どっちが強ぇか、白黒つけてやら」

「今やれば、私の勝ちだからな。数年は待ってやろう」

「待ったことを後悔させてやるぜ」

「できるものならな」


 二人は素っ裸でフッと笑うと。

 並んでゴシゴシと体を洗うのだった。


 風呂を出るとカールはトラヴァスの着替えを借りる。少し丈が大きいので、なんとなく悔しいカールである。

 カールは用意された部屋ではなく、まだ話がしたいとトラヴァスの部屋へと戻ってきた。

 彼の実家の部屋も本で覆われていたが、宿舎の部屋にも所狭しと本が並べられてある。


「すげぇな、相変わらず。やっぱ戯曲が多いんだな」

「まぁな」

「演劇とか、一人で観に行ったりすんのか?」

「一人の時もあるし、ローズと一緒に観に行くこともある。いいチケットを手に入れてくれるのだ」

「ふーん……ローズだったんだな、トラヴァスの彼女」


 同じオルト軍学校で、支援統括班だった優秀な人物だ。

 あまり関わりはなかったカールだが、ローズの顔と名前は知っている。


「……不誠実だと(なじ)るか? 結婚をするつもりがないというのに、ただ付き合いを継続している俺を」


 無表情だが、その心の裏にある恐れを、カールは感じ取った。

 無二の親友に非難されることを、心の奥底では怖がっているのだと。

 カールは少し考えてから、口を開く。


「いや、まぁ男女のことだしな。色々あんだろ。気持ちがなくなってんなら別れた方がいいとは思っけどよ。トラヴァスのことだ。そうじゃねぇんだろ?」

「ああ……気持ちがないというのとは少し違う。今は少し離れてはいるが……いつかまた、気持ちを取り戻せられるのではと思っている」

「冷めた気持ちを取り戻す、か……もしかしたら、冷めたんじゃなくて落ち着いたってだけかもしれねぇしな」


 もしも冷めてしまっていたなら、心を戻すのは難しいとカールは考えていた。

 しかしカールは心の機微に聡いとはいえ、トラヴァスの気持ちが明確にわかるわけではない。本当に冷めているのか、落ち着いただけなのか、それはトラヴァスにしかわからないことだ。いや、トラヴァスは自身ですらも、まだちゃんとわかっていなかった。


「お前の方はうまくいっているようだな、カール」

「フローラか? ああ、いいやつなんだ」

「そのようだな。正直、お前はもっとアンナのことを引きずるかと思っていた」

「んなわけねぇだろ。アンナにはグレイがいるんだしよ」

「ああ、そうなのだが……」


 トラヴァスはその後の言葉を口にはしなかった。

 話を聞く分には、カールはフローラを大事にしているのだとわかる。

 アンナの家でさんざしていた惚気で、フローラを好いているということも理解はできた。しかし。


 その好きは本物なのか。


 どうしてもそこが疑わしく思うトラヴァスである。

 カールはフローラのことをかわいいやつだと、いいやつだと、面白いやつだと絶賛している。実際にそうなのだろうとトラヴァスは感じているし、カールが彼女を大切にしていることも間違いはない。


(しかしなんと言えばいいのか……カールはフローラという女を、妹か、それに近い感覚で接しているように感じるのだが。アンナのように強い女ではないから、そう見えてしまうだけかもしれんが)


 そう感じたトラヴァスだが、妹のような状態から愛が芽生えるのはよくある話だと思い直した。

 すでに情も交わしていると察知していたトラヴァスは、余計なことは言わずに友の幸せを願うに留まる。


「それにしても、ジャン殿がアンナの兄のような存在だったとはな」


 トラヴァスは話を逸らして、先ほどの色男を話題に挙げた。


「かっけぇ人だよな。色気、やばすぎねぇか?」

「あれだけ美形だと、女は放っておかんと思うのだが。宿舎住まいが本当に謎だな」

「ありゃ本命がいるぜ。振り向いてもらえねぇんじゃねーかな」

「お前はよくそういうことがわかるな」

「ジャンはわかりやすい方だろ。言っとっけど、お前が一番わかりにくいかんな、トラヴァス」

「ふむ……そうなのか。光栄だ」

「褒めてねぇっつの!」


 カールは突っ込んだ直後にカカカッと笑い。

 トラヴァスも珍しく破顔して、二人の笑い声が狭い部屋に響いた。


「おっと、ここは壁が薄いからな。迷惑を掛ける」

「お、そっか。気をつけねぇとな。明日は俺、勝手に帰っていいのか?」

「ああ、もう聴取もないし好きに帰ってくれていい。一人で帰れるか?」

「バカにすんなっつの! 一度来た道は忘れねぇよ」

「ふ……そうか」


 もちろん、トラヴァスは心配などしていない。

 街道沿いに出る魔物など、カールのレベルになれば一撃だ。


「んじゃ、寝っかな!」

「ああ。次に会う時は、お前も騎士だな」

「おま、半年以上も会わねぇつもりかよ。剣術大会も観に来ねぇ気だな!?」

「行かずともわかる。お前は敵なし状態で、一位を取ることくらいはな」

「っへ! まぁな!」


 カールとトラヴァスは目を合わせて、互いにニッと笑う。


「きっちり首席で上がってこい、カール」

「おう。そっちがモタついてたらすぐに追い抜かしてやっからな、覚悟しとけよ!」

「っふ。楽しみだ」


 二人はニヤリと笑い合い、拳をガッと当てると。

 翌朝には、それぞれの場所へと戻ってゆくのだった。

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