425.絶対に隠し通さなきゃいけないわ
アンナは、異母姉の存在をトラヴァスたちに打ち明けることはしなかった。
だが、〝ティナ〟という名の女が生きている可能性だけは、どうしても確かめねばならない。
妹としてではなく、ストレイアの騎士として。
「ルティー。すまないが、私の執務室で過去のファイルを出しておいてくれないか」
「わかりました。何年前のものでしょう?」
「そうだな、四年半前になるか……シウリス様が兎獣人を強襲したことがあっただろう。その頃の極秘書類が、あるならば確認したい」
「かしこまりました」
ルティーはきちんと背筋を伸ばして美しい一礼をすると、静かに執務室を出ていった。
扉が閉まったあと、室内に残されたのはトラヴァスとアンナ、そしてカールの三人だけになる。
極秘書類という言葉に反応し、眉を寄せて首を傾げたのはカールだった。
「そういや夏頃だっけか、なんか騒がしかったよな。俺はまだ平騎士だったから、なんも知らされてなかったけどよ」
その声に、アンナはゆっくりと視線を向けた。
「私も詳しくはわかっていない。あの時、〝ティナ〟という女に接触するため、グレイとトラヴァスが敵国の兎獣人の集落に行ったと聞いてはいるが……」
「っつーことはよ」
言葉を切ると、アンナとカールは同時に顔を見合わせ、そのまま無言でトラヴァスへと視線を送る。
「当然、知っているな? トラヴァス」
有無を言わせぬ調子で問いかけたアンナに、トラヴァスは感情の読めない表情のまま、小さく頷いた。
「ええ。知っています」
「話せ」
間髪入れずに命令が下される。
トラヴァスは一拍置いてから静かに語り始めた。
グレイとトラヴァスがフィデル国に入ったのは、ティナという女を兎獣人の集落に足止めするためだったのだと。ティナの嗅覚から、諜報員のジャンを切り離すために。
足止めをしている間に、ジャンがミカヴェル・グランディオルの居場所を探す手はずになっていたということだった。
だが──。
「結局、数日も経たないうちにシウリス様が集落を襲撃し……彼女は、死にました」
淡々と事実を語るトラヴァスに、カールが身を乗り出す。
「知ってるぜ、新聞で見た。フィデル国側の新聞で、ティナ死亡の記事が載ってたの、覚えてるからな」
二人の話を聞き、アンナは顎に手を添えて思考を巡らせる。
(やっぱりティナは死んでいる……先日会ったティナとは、別人? それとも、そんなはずはないと思いたいだけ?)
わずかに眉を寄せたその瞬間、トラヴァスが続きを捕捉するように口を開いた。
「アンナ筆頭、まだ続きが。しかしここからは極秘扱いで、誰にも話すなとアリシア前筆頭大将に言われております」
そう言いながらも、トラヴァスは話を打ち切る様子を見せなかった。
むしろ、アンナならば続きを促すと、最初からわかっているように。
「構わん、今は私が筆頭大将だ。許可する」
「カールもいますが?」
「いい。ここでこいつを仲間外れにしては、あとあとうるさいからな」
「確かに」
話を聞けると知ったカールの顔は、一気に輝きを見せた。
友のそんな顔を見て、わずかに笑みを漏らしたトラヴァスはしかし、すぐに真顔に戻り話し始める。
「ティナは確かにシウリス様により斬られました。グレイにシウリス様の気を引いてもらっている間に、私はティナに近付き氷魔法で止血、そして低級ポーションを飲ませました」
「なぜティナを助けようとした……と聞くのは愚問か。両国間の摩擦を防ぐためだな?」
アンナの断定的な問いに、トラヴァスは首肯する。
「はい。ティナはカジナル軍トップである〝百獣王ブラジェイ〟と〝刹那狩りのユーリアス〟の二人と親しい間柄。死なせるのは得策ではないと判断しました」
やはりあの〝厄介なティナ〟こそが異母姉だったのだと、アンナは確信を得た。気持ちは高揚するが、その熱を必死に押さえ込む。
表情を変えずに頷くだけのアンナに、トラヴァスは続けた。
「シウリス様のプライドを刺激せぬよう、ティナは死んだことにする──そうアリシア前筆頭が決められました」
「だが、ティナは生きている……そうだな?」
断定に近い問いに、トラヴァスは真っ直ぐアンナを見返す。
「その後のジャン殿とマックスの調査で、ティナが一命を取り留めたことが確認されました。しかしフィデル国もティナを死んだことにした方が、都合がよかったのでしょう。彼女は死亡したと報道されています。こちらとしても、シウリス様を欺くのに好都合でしたが」
「なるほどな」
点と点が静かに繋がっていく。
アンナはゆっくりと息を吐き、状況を飲み込んだ。
そんなアンナを見て、トラヴァスがわずかに首を傾げた。
「しかしなぜ、今ティナの話を?」
わずかに見える疑念の瞳。その問いに、アンナは静かに口を開く。
「実はこの休暇中に、ティナという女性に会ってな。昔ジャンに聞いたティナと同一人物かと思い、確認したかっただけだ」
「筆頭……彼女に会ったんですか」
「遠目にだがな」
ユーリアスと食事をしたことも、一年前にブラジェイと話していたことも、あえて伏せた。
心配されるのは目に見えているし、次に来る自由を奪われては敵わない。
トラヴァスはひとつ息を吐き、無表情のままアイスブルーの目をアンナに向けた。
「無茶はしていないでしょうね」
「するわけがないだろう? カールじゃあるまいし」
「俺かよ!?」
予想通りのカールの反応に、アンナは思わずくっくと喉を鳴らして笑う。
「ちぇ、俺もフィデル国に行ってみてぇぜ。なんか任務とかねぇのかよ」
「カールに潜入調査は無理だ。お前はストレイアの切り込み隊長でいてもらわないとな」
「おう! って、もう将だけどな!!」
言葉の意味が違う──と内心で思いながら、アンナはその無邪気な笑顔に自然と頬を緩めた。
だが、すぐに空気を引き締めるように、トラヴァスが低く告げる。
「アンナ筆頭。ティナが生きていることは、このまま内密に。シウリス様に知れたら、どう出られるかわかりません」
「ああ……わかっている」
静かに頷きながら、アンナの胸に緊張が走る。
もしもティナの生存を知れば、シウリスの怒りの矛先は必ず誰かに向かう。
すでにいなくなったアリシアか、それとも──生き延びたティナ自身にか。
(ティナが……姉さんが生きていることは、絶対に隠し通さなきゃいけないわ)
アンナは遠くにいる異母姉の姿を思い浮かべ、誰にも聞こえぬ決意を胸に刻んだ。




