424.とても有意義だったよ
アンナとティナは、異母姉妹──
そう断定してみせると、スヴェンは一度口元を押さえたが、もはや誤魔化しようはなかった。
一度息を吐いた彼は、観念したように口を開く。
「ええ、確かに」
ピシン、と胸の奥でなにかが弾けた気がした。
動悸が激しくなり、思わず息を詰める。
異母姉妹とはいえ、姉がいたのだ。母が死んでからずっと一人だったアンナにとって、それは嬉しい知らせだった。
「ですが彼女と深く関わりあうことはお勧めしませんね。彼女はフィデル軍の一員だ。あなたが今の地位を捨てるというならば、一向に差し支えはないですが」
「バカ言わないで。捨てる気などないわ」
断言すると、スヴェンは「それは残念」と軽く笑う。
最初から答えなどわかり切っていたように。
「けれど、もし国を出たいと思うようなことがあれば言ってください。手を貸しますよ」
「あなたはいつもどこをほっつき歩いているのか、わからないじゃないの」
「アンナさんが望めば、いつだって駆けつけてみせます」
スヴェンはさらさらとした銀髪をなびかせ、目を細ませた。
それは、いつだって駆け付けられる距離にいるということ。つまりしばらくはフィデル国やストレイア王国周辺で、なんらかの調査か任務を請け負っていることに他ならない。
(油断ならないわね……)
アンナが睨みつけるも、スヴェンは気にした様子もない。
「で、ストレイア王国の内状はどうなっていますか?」
「敵情視察? 言うわけがないでしょう」
「ですよねー」
ははっと軽く笑って、スヴェンは踵を返した。
(まったくこの子は、意外と変わり身が早いのよね)
どこか透かされる感覚に、感情のやり場が困る。
「で、スヴェンはこれからどこへ行くつもりなの?」
「ヒミツです。アンナさんもあまり目立つ行動はやめておいた方がいいですよ。もし見つかればストレイアに戻れなくなります」
「あなたにはその方が都合がいいんでしょう?」
「そんなことありませんよ。アンナさんが心配なだけです」
どこまで嘘か本当か。
彼は「では」と一言置いて、賑やかな街の方へと消えていった。
彼が悪い人でないということはアンナもわかっている。
ただサエスエルという国家に、ストレイアのみならず近隣諸国も警戒しているのは確かだ。そこの工作員だと知ってしまっては、気楽に話すことが叶うはずもなかった。
スヴェンが見えなくなると、アンナは異母姉であるティナの顔を思い返す。
(姉さんも、動物が好きなのかしら。短剣は得意? 遺跡を見て、心は躍ってしまうの?)
知りたいことは尽きない。
だが、それは叶わぬ願いだ。
彼女はフィデル軍。
ストレイア王国の筆頭大将であるアンナとは、敵同士なのだから。
「ティナ……」
その名を呼び、アンナはイークスを強く抱き寄せた。
「イークス。私と彼女の匂いは似ていた?」
イークスは、クゥンとどこか慰めるような声を上げた。
***
そんな出来事を胸に抱えつつ、アンナは一人と一匹の旅を満喫し、休暇が終わる少し前に王宮へと戻った。
トラヴァスに筆頭大将代行という重責を負わせていることが、心に引っかかっている。
彼はきっと、頼み通りラベンダーに水をやってくれているだろう。
あの執務室に足を運び続けることが、どれほど消耗するかを、アンナは身をもって知っている。
王城に戻ったアンナは自室で髪を結い上げ、騎士服に身を包んだ。
そしてアイアースの盾と、光の剣クレイヴソリッシュを手に取る。
この剣は、二十歳の誕生日にグレイから贈られたものだ。
寡黙で、一見すると無骨な男ではあった。それでも、時折見せる優しさが、アンナにはなにより嬉しかった。
このクレイヴソリッシュの時もそうだ。
普通ならばアクセサリーを渡すところだろう。だがアンナは、光の剣を選んでくれたことが嬉しかった。
当時のアンナには少し重い剣だったが、それを使いこなせると信じてくれていたグレイが好きだった。
(それに……指輪はもらっているもの)
左の薬指で、銀の指輪が静かに光る。
一見してもなんの飾り気もないそれは、内側にサファイアのシークレットストーンが隠されている。
まだ軍学校に通っていた頃、アシニアースのプレゼントとしてもらった大切なものだ。
指輪をなぞり、思い出を胸に仕舞い込むと、アンナは剣を携えてトラヴァスの執務室へ向かった。
中には、カールとルティーの姿もある。
「おかえりなさいませ、アンナ様。お早かったのですね」
柔らかな彼女の微笑みに、アンナも自然と頬を緩めた。
「お体の方はよろしいのですか?」
「問題ないよ、大丈夫だ」
その一言に、ルティーは安堵したように息を吐く。カールもまた、率直に嬉しそうな顔をしていた。
「久々の休暇はどうだったんだ? 楽しめたか?」
「ああ、とても有意義だったよ」
そう答えながら、アンナはそっと視線を落とす。
有意義だったが、満ち足りてはいない。もっと──異母姉のことを知りたかった。
「なぁ、トラヴァス、カール、ルティー……」
言いたかった。
自分には異母姉がいるのだと。
だが、彼らは前線で剣を振るう者たちだ。
いつか、ティナと刃を交える日が来るかもしれない。そんな時に筆頭大将の姉だからと、躊躇うようなことがあってはならないのだ。
誰一人、失いたうわけにはいかないのだから。
「どうしたんだ、アンナ?」
言い淀んでしまったアンナの顔を、カールが無遠慮に覗き込む。
「いや、なんでもない」
アンナは微笑み、その想いを胸の奥へと押し込めた。
三人はどこか腑に落ちない表情で、そんなアンナを見つめていた。




