423.ならば、知っているんでしょう!?
郊外へ向かって歩いていくティナたちの背を、アンナは距離を測りながら静かに追った。
もし本当に、ジャンの言っていた〝あのティナ〟であるなら、軽率に近づくわけにはいかない。彼女の鋭い嗅覚に引っかかってしまう。
しかもアンナの隣には、先ほど彼女が触れたイークスがいるのだ。
人気のない方へ移動するたび、疑われる危険性は高まる。
しかしわかっていても、進む足は止められなかった。
遠目に確認できる三人は、ティナを中心に笑いが巻き起こったかと思えば、腰に手を当てて怒ったりする様子も見受けられる。
くるくると表情を変える彼女は、そちらに集中していてアンナには気付いていないようだ。
(もう少し近づいても、平気かもしれないわ)
見失わないようにと、さらに近づこうとしたその時。
不意に背後から声がかかった。
「やめておいた方がいいんじゃないですか? アンナさん」
アンナはハッと息を吸い、即座に踵を返す。
(私が気配に気付けなかったなんて……!)
だが、振り返った先に立つ人物を見て、胸中に走った驚愕は静かに収まった。
銀髪を後ろで束ね、作り物めいたほど整った美貌を持つ男。その姿には、見覚えがある。
「スヴェン……」
「お久しぶりですね」
「あなた、なぜこんなところにいるの?」
問いを投げながら、アンナは下ろしていた髪をぎゅっと高く括り上げた。心のスイッチが一気に切り替わる。
彼はサエスエル国の者だ。
小さな緩衝国を挟み、北に位置する国家。今のところ全面的な敵対関係ではないが、決して友好国とも言い切れない。状況次第では、いつ刃を交えることになっても不思議ではない国だ。
「そう構えないでください。僕は、アンナさんと争うつもりなんてありませんから」
「どうだかな。なぜここにいるか答えろ」
声を低くして凄む。するとスヴェンは肩を竦め、軽い笑みを浮かべた。
「任務に決まってるじゃないですか」
絶妙に捉えどころのない、軽口めいた声。
だが一年前、遺跡で再会した時と比べても、明らかに纏う気配が違っている。戦闘能力が格段に高まっていることは、見るまでもなく感じ取れた。油断はできない。
「私をつける必要のある任務なら、容赦せん」
「やめて下さい。俺は命の恩人であるあなたと、やる気はないですよ」
アンナがスヴェンと出会ったのは、まだグレイが生きていた頃のこと。少年だった彼は行き倒れていて、グレイとともに介抱したのが始まりだった。
そのスヴェンがサエスエル国の工作員であると知ったのは、去年の話だ。長期休暇を利用して遺跡を訪れた際に偶然再会し、彼自身の口から明かされた。
もしストレイア王国とフィデル国が戦争に突入すれば、サエスエル国が漁夫の利を狙う可能性は十分にある。
(どちらにしろ、サエスエルの者がカジナルにいるというのは、なんらかの思惑があるはず)
アンナは、脚に忍ばせていたダガーを抜き取った。
だがスヴェンは一切動じることなく、両手を降参というようにひらひらと軽く振ってみせる。
「やりませんよ。あなたとやり合っていたら、命がいくつあっても足りない」
その薄紫色の瞳の奥を探るように、アンナは彼をじっと見据える。
敵意はない。少なくとも今は、本気で争う気はない──そう判断し、アンナは静かにダガーを収めた。
「なら邪魔をしないで。私は彼女を……」
言葉を切り、視線を遠くへ走らせる。しかしその姿はすでにどこにも見えなくなっていた。
アンナは焦るように一歩足を踏み出す。
「やめておいた方がいいですよ。知ってどうなるっていうんです」
そんなアンナを制して、溜め息をつくようにスヴェンが言葉を紡いだ。
なぜスヴェンはこんなことを言うのか──その理由を考えた瞬間、アンナはハッと思い出す。
「そういえばスヴェンは以前、私の父に会いに行くと言っていたわね……!?」
「ええ」
短い肯定に、アンナはの胸がどくんと音を立てる。
そして恐る恐る、問いかけた。
「……会えたの?」
「ええ、まぁ」
その瞬間、アンナは一気にスヴェンとの距離を詰める。
「ならば、知っているんでしょう!? ティナという女と、私は……!!」
スヴェンの肩を掴み、強く揺さぶる。
しかし彼は薄紫の瞳をどこか悲しく光らせた。
「知ってどうするんです? 感動の対面を喜び合うとでも言うんですか。敵同士だというのに」
敵同士──その言葉に、アンナは逆に確信を得る。
「やっぱり、私と彼女は……異母姉妹なのね……」
アンナの気付きに、スヴェンはしまったというように口元を押さえた。
心のどこかで感じていたことが、まさに真実だったのだ。
なのにどこか信じられないまま、アンナは胸をいっぱいにさせていた。




