表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士アンナは、それでも愛する人を守りたい 〜あなたを忘れる方法を、私は知らない〜  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

349/496

347.あたしはいつか本当に

 全力で海賊ごっこを終えたクロエは、体中に心地よい疲労と興奮を抱えていた。

 小さな肩や腕にはわずかな疲労が残るものの、それ以上に胸の奥が高鳴り、血が熱く流れるのを感じる。頬は紅潮し、額には微かに汗が滲んでいた。

 遊びの中とはいえ、ミカヴェルやザイレンを前に指示を出し、従えるような言葉を吐くことができたという事実が、心の奥で大きな衝撃となって波紋を広げていた。

 こんな大胆な振る舞いができるとは、思ってもみなかった。だが、その驚きは逆に解放感となる。肩の力が抜けると同時に、びっくりするほどスッキリしていた。

 胸の内に満ちる高揚感。流れ出た汗の心地よさが、羽が生えたかのようにクロエの体を軽くさせる。


「クロエ」


 名を呼ばれ、クロエは心臓が高鳴ったままミカヴェルの方へ顔を向けた。

 まだ頬の熱は引かない。呼吸はわずかに浅く、しかし息苦しさはない。むしろ全身に充実感が染み渡っている。


「いい顔をしてるよ。今まで見たことがないくらいに」

「……っ!」


 そんなクロエを見つめ、ミカヴェルはゆるりと微笑む。柔らかい光に包まれるようなその表情には、少年らしい遊び心と、すでに軍師としての深い観察力が共存していた。


「気づいてるかな?」


 ミカヴェルの声が低く落ち、クロエの耳を優しく打つ。

 その僅かな空気の振動が、心の奥で波紋を広げた。


「君は本の中の女海賊のように、大胆に振る舞った方がずっと生き生きしていた」


 クロエは息を呑み、唇を微かに噛んだ。

 胸の奥で、長く閉ざしていた扉が開いた気がした。

 令嬢という殻の内にいた自分が、海原に飛び出したがっている──そんな衝動が、確かにあった。


「そ、そんなこと……」

「いや、事実だよ」


 誰にも見せたことのない自分の一面が、今まさに認められた。

 ミカヴェルは目を細め、挑むような微笑みを浮かべる。


「だったら、普段もそのままでいればいい。あの〝女海賊クロエ〟の口調で話せるようになれ。僕が許可する」

「え……?」


 クロエの瞳が大きく瞬く。

 令嬢として正しく、上品に振る舞うことを生まれながらに教え込まれてきたクロエにとって、言葉遣いを崩せというこの提案は、信じられないほど大胆で、未知の冒険のように感じられた。


「無礼では……ありませんの?」

「はは、やっぱりそう言うと思ったよ」


 ミカヴェルは肩を揺らして笑った。だがその笑みはすぐに引き締まり、眼差しにはクロエに対する静かな覚悟と期待が宿っていた。


「クロエ。僕が君に求めるのは、カジナルの五聖執務官だ」

「……五、聖……」


 その言葉に、クロエの胸は強く打たれた。

 幼いながらも、五聖が国家の中枢を担う最高位の執務官であることは理解している。歴代の全員が男性であり、その座は容易に手に入るものではない。


「女性が五聖に就いたことは、まだ一度もない。だが僕は信じている。君ならなれると」

「わ、わたくしが……?」


 クロエの声は震え、信じられない思いと、自分への期待が交錯する。


「なら、なおさら言葉遣いはきちんとしなくては……」

「だからこそ、だ」


 ミカヴェルは声を強めた。胸にぐっと迫る力を帯び、少年とは思えぬ決意と説得力を宿している。


「令嬢のままでは舐められる。どれほど才があっても、相手に侮られれば、その場で負けなんだ」


 胸に重く響く言葉。喉が小さく鳴る。

 幼いクロエにはまだ遠い話であったが、それは令嬢のままでは決してもぎ取れぬ、現実の厳しさを告げていた。


「君に必要なのは、知識だけじゃない。時に鋭く、時に大胆に。相手を呑み込む力だ。女海賊の口調は……その手助けになる」

「……」


 クロエは胸の奥でざわつく感覚を覚えた。

 今のクロエには、あまりにも大きすぎる未来。だが、ミカヴェルの言葉は確実に心の奥に火を灯し、これまでにない希望と興奮が混じった感情を呼び覚ましていた。


「これからは、女海賊のように話すんだ。できるね、クロエ」


 有無を言わさぬ圧がそこにはあった。

 クロエ自身、令嬢らしい言葉遣いの窮屈さに息苦しさを感じることがあった。街に住む子どもたちのように、自由に話してみたい──と。

 しかし貴族系で、しかもグランディオルに仕える身である自分には、そんな言葉遣いは許されないと思っていた。


 それが今、ミカヴェルの言葉によって、すべてが解き放たれた。

 まるで羽が生えたかのように、心が軽く、自由になった気がした。


「わかりましたわ……いや、わかったよミカヴェル。あたしは今から──」


 クロエは背筋を伸ばし、胸を張る。小さな体の奥に、未知の力が湧き上がった。


「女大海賊のように生きてやるよ!」


 その瞬間、横で腕を組んでいたザイレンが、思わず吹き出す。


「っははは! 言いやがったな、クロエ!」


 笑うザイレンに一瞬頬を染めたが、すぐに大海賊としての凛々しい表情を取り戻す。


「なにかおかしかったかい? ザイレン」


 笑いながら首を振るザイレン。からかうつもりはなさそうで、その目は真っすぐにクロエを見つめる。


「そんな大見得切るなんて、普段のおしとやかなクロエとは思えねぇ。けど似合ってるぜ、すげぇよ」


 その視線に胸が震える。子どもながらも、自分を信じてくれる仲間の目が、心に強く響いた。

 隣でミカヴェルが目を細め、満足げに微笑む。


「いいねぇ。五聖執務官の貫禄が出る」


 クロエは息を呑んだ。重すぎる言葉に膝が震えそうになる。しかしその震えは恐れではなく、力の予感に変わっていた。


「見ておいで、ミカヴェル、ザイレン。あたしはいつか本当に、五聖になってみせるからね!」


 強く握りしめる拳。

 こんな宣言など、少し前のクロエなら、とてもできなかっただろう。

 女海賊の言葉は、クロエに力を与え、胸を熱くさせた。


 ミカヴェルは満足げに微笑み、ザイレンも力強く頷く。


「おう、その意気だ。クロエ!」

「君にしかできないことだ。頼んだよ」


 応援してくれる二人に、クロエは不公平だとばかりに二人を睨んだ。


「当然、二人ともあたし以上のものを目指すんだろうね?」


 クロエの威圧的な言葉を受けて、ミカヴェルとザイレンは顔を見合わせる。

 そして二人は口々に告げた。


「あったりまえだ! 俺はグランディオルを護り仕える騎士になる! どんな敵にも怯まずに立ち向かう、最強の騎士だ!」

「僕は当然、この国を背負う参謀軍師だよ。誰一人、無駄に死なせたりはしない。初代に負けないくらいの参謀軍師になる!」


 二人の誓いに、胸が熱くなる。


「よし……約束だよ!」


 クロエの言葉に、二人は大きく頷いた。


 ミカヴェルが手を出し、ザイレンとクロエは迷わずその手に自分の手を重ねた。


「僕たちは正義を貫こう。──この国から争いを消し、守っていくんだ」

「ああ、あたしもやるよ!」

「俺も誓う! 騎士だからな!」


 幼き声が重なった瞬間、三人の胸には確かな覚悟が灯った。

 ──それは、いつか本当に国を背負う者たちの、揺るがぬ誓い。


 クロエの胸は今までにないほど熱く、未来への期待と希望に満ちていた。仲間と共に歩む道、その覚悟を胸に、幼い少女は力強く、新しい自分への一歩を踏み出したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
ごっこ遊びから本物へ。 未来を運命づけるなんて、子どもの遊びも実は大切な要素が詰まってるって思わされますね^_^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ