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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜オルト軍学校編〜

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33/468

33.これからの人生長いんだもの

 シウリスが目を覚ましたのは、翌朝だった。

 食事はとっていたものの、目はうつろで話をしようともしない。

 アリシアはあの後すぐに王都へと報告に行き、そして翌昼前にまたハナイへとやって来た。

 シウリスに帰還命令が出されたのだ。ルナリアは体調が戻ってからの帰還となる。


『シウリス様、一緒に戻りましょう』

『寄るな、アンナ』


 ようやく声を上げたと思えば、それは拒絶の言葉だった。

 一瞬息が止まり、唇を噛み締める。

 昨日の拒絶よりも遥かに胸に刺さり、声を出せば震えてしまいそうで、アンナはなにも言わずに受け入れた。

 馬車に揺られて帰っている間も、シウリスはアンナと目を合わそうともせず、無言であった。


 結局、マーディアがルナリアを殺そうとしたこと、そしてシウリスがマーディアを殺害したことは隠蔽された。

 公式発表は、ラファエラが亡くなったことでマーディアは心身虚弱化し、それ故の死であったと報じられた。

 マーディアは生前の本人の意向ということにされ、密葬となっている。

 第一王妃の悲劇と死の真相を知るものはごく僅かで、アンナにも口止めがされたのだった。


 王都に戻った後、シウリスは王宮で過ごし、リーン家に来なくなった。以前は週末をリーン家で一緒に過ごしていたが、それがなくなったのだ。

 シウリスは忙しくて会えないのだと、アンナは思おうとしていた。

 週末にリーン家を訪ねても、シウリスは来ていないと言われるだけだ。

 ずっと一緒にいたシウリスと会えなくなり、アンナは悲しみを堪える日が続いた。

 そんなアンナを見かねたアリシアが、王の許可をとり、王宮に連れていってくれたのだが──


 アンナは、徹底してシウリスに無視された。


 チラリと視線は動いても、まるで興味がないように去ってしまう。

 そんなことが数回続き、もうアリシアもアンナを王宮には誘わなくなった。

 こうして、アンナとシウリスは疎遠になっていった。




 アンナは過去に起こった惨劇を思い出して嘆息した。


(思えば、王宮に行った時にルナリア様と会ったのが、最後になるのね……)


 シウリスに無視されたアンナは、ルナリアにも会いにいっていたのだ。

 しかし、ルナリアが嬉しそうな顔をしたのは一瞬で、当時のことを思い出したのか息苦しそうに胸を押さえてしまった。

 ルナリアよりひとつ年上の第三王子フリッツが、『大丈夫だよ』と優しく抱きしめていたのが印象的だった。

 シウリスには無視され、ルナリアはアンナを見ると具合が悪くなってしまうなら、王宮に行く意味はない。


 生まれてからずっと一緒にいて、毎週末には必ず会っていた人と会えなくなった。

 その時の孤独を思い出して、アンナは振り切るように首を左右に振る。


(今の私には、グレイがいるわ……シウリス様とルナリア様は、あれからも仲が良かったって母さんは言ってたし……)


 そこまで思い、アンナは大きく息を吐いた。


(まさか、ルナリア様が逝去なさるだなんて。新聞には注射痕があり、毒を使われたとしか書いていなかったけど……シウリス様は、どれだけ嘆かれていることか……)


 これでリーン系が残っているのは、シウリスだけとなる。

 母と姉と、妹までも亡くしたシウリスを思うと、どうしたって胸は苦しくなった。


 軍事演習が終わり、いつもの寮への帰り道。

 アンナはルナリアを思い、思わず息を吐いてしまった。

 月の落とす光で、二人分の影を見つめる。


「大丈夫か、アンナ。今日は一日、憂鬱そうだったな」

「グレイ……ええ……」


 心配したグレイが二人きりになったタイミングでそう言った。

 ちゃんと見てくれていることに喜びを感じると同時に、グレイに心配させていることが申し訳なくなる。


「ルナリア様が亡くなったなんて、まだ信じられなくて」

「まぁ、みんなショックを受けてたよな。しかも王宮っていう一番安全な場所での逝去だしな」


 騎士候補が在籍するこの軍学校では、王族を護るという意識の高い者が多くいる。

 騎士に守られているはずの王族の死に、誰もが動揺しているのだ。


「すでに亡くなった方はどうしようもないが……俺たちが騎士になった時には、誰も死なさなければいい。そのために力をつけなきゃな」

「……そうね」

「やるよ」


 そう言うと、グレイはフードコンテナを取り出した。

 中にはもちろん、食堂で出た夕食が入っている。


「これ、グレイの夜食じゃない」

「さっき、全然食べてなかっただろ。力をつけるためには、食べるのが基本だ。いいから持ってけ」


 アンナが見上げると、そこにはいつもの無愛想なグレイの顔がある。

 決して優しいとは言えない言葉遣いだが、アンナには十分優しさを感じ取れて、ようやく少し笑えた。


「そうね……ありがとう、グレイ」

「しっかり食べろよ。あんたはもう少し太ってもいいくらいだ。特にここ(・・)はな」


 そう言って、アンナの胸の部分を指差すグレイ。アンナはちょっとムッとして口を尖らせる。


「これでも最近は、かなり大きくなったわ」

「ああ、俺のおかげだろ?」

「もう、ばか」

「ははっ」


 グレイは笑ったが、どうにも引っかかってしまい、アンナはしょぼんと肩を落とす。


「アンナ?」

「グレイは……これじゃあ物足りない?」


 アンナの落ち込んだ理由がわかったグレイは、しまったと思いながらも落ち着いていた。


「悪い、そうじゃない。いつもみたいに、言い合いしたかっただけだ。俺は別に、大きかろうが小さかろうが、アンナのものならなんだっていい」

「なんだかいやらしいわよ、言い方が。他の女の子には言ってないでしょうね?」

「さすがに言わないな。一応、良識ある発言しかしてないぞ」

「っぷ! 良識ある発言って……! ふふふっ!」


 口を開けばアンナを揶揄い、俺の嫁発言する人のどこが良識なのかとアンナは吹き出した。


「アンナにだけだぞ、色々言ってるのは」

「ふふ……っ、そうね。そうでなければ困るわ」

「俺はこうして、アンナとたわいもない話をするのが楽しいんだ」

「ええ、私もよ。今でこそ話は弾むけど、最初の頃はお互い黙ってたのよね」

「そう言えば、そうだったな」


 まだアンナが偽装の付き合いだと思っていた頃のことで、もう一年と四ヶ月近くも前の話になる。


(あの頃は、まさかグレイとこんな関係になるとは思ってなかったわ……なんだか不思議)


 当時はグレイのことが気になっていたものの、こんなに好きになるとは思っていなかった。あれからたった数ヶ月で婚約者となり、将来を約束する仲になるとは、考えもしていなかったのだ。

 グレイの方は、アンナを嫁にする気満々であったが。


「でも私ね、無言でも全然苦痛じゃなかったのよ。むしろ、女子寮までの道がもっと長ければよかったのにって思ってた」


 初めて聞く事実に、グレイは目を瞬かせる。そしていつもは無愛想な顔を綻ばせた。


「そうだったのか。実は、俺もだった。アンナの隣なら、どこまでも歩いていけると思ってた」

「……グレイ」


 アンナは足を止めて、グレイの袖を引っ張ると道から外れた。

 冬の帰り道はもう真っ暗だ。人もまばらで、木陰に入ると人がいるようには見えない。

 木の後ろで、アンナはグレイを見上げた。


「……おい、こんなことされると狼になっちまうぞ」

「それは困るけど……寒いし……」

「夏だったらいいのか」

「虫がいるから嫌だわ」

「じゃあ春か秋だな」

「ばか」


 アンナの一言に、二人は同じタイミングで笑う。


 以前、グレイからのプロポーズを保留にしていた時、母であるアリシアは言っていた。

 グレイも雷神のようにいなくなって、孤独になるのを恐れているのだろうと。だからプロポーズの返事ができないのだろうと。

 それは確かに当たっていた。でも、少し違う。

 父親のことはもちろんあったが、アンナが本当に恐れていたのは、ずっと一緒にいた人から突然切り離されることなのだ。

 そう、生まれた時からずっと一緒にいた、シウリスにされたように。


「グレイ……」

「ん?」

「好きよ」


 アンナはそう言いながら、グレイに寄りかかる。

 グレイのことを、アンナはどうしようもなく好きになってしまっているのだ。もしも切り離されてしまったらと思うだけで、気が狂いそうになるほどに。


「……どうした、アンナ」

「ごめんなさい……また少し、寂しくなっちゃって……」

「大丈夫だ。俺がいる」

「ええ……」


 グレイはギュッとアンナを抱きしめ。

 そして一度顔を見合わせると、どちらからともなく唇を重ね合わせた。

 苦しかったアンナの心は、火が灯るように緩んでいく。


「ありがとう、もう大丈夫」

「……そうか。寮じゃなければ、一緒にいるんだがな」

「ふふ、気持ちだけで充分よ」

「無理はするなよ。どうしてもつらい時は、女子寮に忍び込んででも会いに行くからな」

「もう、捕まっちゃうようなことさせられないわ。私が男子寮に忍び込むわよ」

「それはそそられ……いや、やめてくれ。あんな飢えた男どもの巣窟に忍び込ませられるわけないだろ。絶対ダメだからな」

「ええ、わかったわ」


 素直に頷いたので、アンナは冗談で言ったということがグレイに通じた。少し苦笑いしたグレイは、ぽんとアンナの頭を撫でて道に戻る。


「月が綺麗だな」


 グレイの言葉に、アンナも見上げる。


「上弦の月ね。ふふ、グレイって月が好きよね」

「月もだが、どっちかっていうと月光浴だな。心も体も浄化してくれそうな光がいい」

「……この淡い光が」

「ああ。アンナみたいだろ」

「私?」


 アンナは驚くと同時に疑問を浮かべた。月の光に例えられたことなど、初めてだ。

 髪や瞳の色のせいか、闇夜に例えられたことはあっても、月の光に例えられたことなどない。


「前から思ってたんだ。アリシア筆頭は誰が見ても太陽だろ?」

「そうね、間違いないわ。母さんは輝くような金髪だし、本当に明るくて眩しくて、いつ太陽になってもおかしくないもの」

「ははっ、確かにそのうち発光しそうだよな。逆にアンナは優しい光なんだ。俺にとっては全部を浄化してくれるような……そんな存在だ」

「褒めすぎよ、グレイ……」


 アンナは恥ずかしくなって、月から暗い大地へと視線を落とした。


「全部本当の話だ。着いたな。行けるか?」

「ええ……送ってくれてありがとう、グレイ」

「しっかり食って、しっかり寝ろよ。また明日な」

「ええ、おやすみなさい」


 グレイの背中を送り、寮に着くとすぐにお腹が空いてきた。

 同室の子がお風呂に行っている間に、アンナはグレイにもらったフードコンテナを開いて食べる。

 グレイと話せたからか、月光浴を意識したからなのか、もりもりと食べることができた。


(ほんと、優しいのよね、グレイ……でも……)


 アンナはあることにふと気がついてしまった。


(そういえば私、グレイに好きとか愛してるとか、言われたことがないわ)


 しかし、それに気づいてもまったくショックは受けなかった。

 グレイからの愛情は確かに感じていたし、愛されているという実感があったからだ。

 あれで愛されてなかったら、逆にあり得ないと思えるくらいに。


(グレイはきっとあれね。〝愛の表現を上手くできる人じゃない〟タイプの人なんだわ)


 昔アリシアからチラリと聞いた話では、アンナの父親の雷神もこのタイプの人間だったということだ。


『ロクロウったら私のことを〝まぁ嫌いではない〟ってこう言うのよ! 素直じゃないわよねぇ』


 アリシアがそう言ってケラケラと笑っていたことを思い出した。

 グレイはそこまで捻くれてはいないが、愛の表現が下手な部類なのは確かだ。

 それはわずか四歳で家族を亡くし、ずっと他人と過ごしてきたことに起因しているとアンナは考えた。

 だから無理に好きという言葉を引き出さないと、アンナは心に決める。


(グレイが言ってくれるまで待つわ。これからの人生長いんだもの。いつかきっと言ってくれるはずよ)


 その時が来るのを想像して、アンナは自然と微笑みながら、食べ終えたフードコンテナを片付けるのだった。


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