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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜オルト軍学校編〜

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31.おそばにいさせてください

 傷ついているシウリスたちを前にしても、アンナはなにがあったのか、アリシアに詳しく聞くことはしなかった。

 アリシアの仕事の関係は機密も多く、聞いても教えてはもらえないとわかっていたからだ。

 ただ、一緒に公務に行ったはずの第一王女ラファエラがいないのは気に掛かっていた。

 ラファエラはシウリスの姉で、基本的に王宮で暮らしていたため、アンナとはそこまで交流があるわけではない。

 けれどシウリスはラファエラを慕っていたし、病気がちだが物腰柔らかで一本筋の通ったラファエラをアンナも尊敬していた。


 そのラファエラの姿がない理由が、シウリスとマーディアの様子がおかしいことと関係があるのではないか。アンナは子どもながらにそう感じた。

 そしてそれは、実際に当たっていたのである。


 シウリスたちがアンナの家に来た翌々日、王家はラファエラが病死したと発表し、国は悲しみに暮れた。

 もちろんアンナも悲しかったが、浮かんだのは疑念である。


 本当に病死だったのだろうかと。


 ラファエラは確かに、病弱ではあった。

 しかしこの一年は問題なく、二週間に渡る公務も果たせると判断されるくらいには、元気だったのだ。

 マーディアとシウリスの傷ついた様子からして、ラファエラの死が関連していることは間違いない。だが、マーディアの奇行は本当にそれだけなのだろうかと思いながらも、アンナは聞けなかった。

 アンナにできることはただ、シウリスに寄り添うことだけだったのである。


 マーディアとシウリスはアンナの家で(かくま)われていたが、しばらくするとハナイの森別荘へと療養に行くことになった。


 なので毎週末、アンナはアリシアの直属の部下に、ハナイの森別荘へと送り届けてもらっていた。

 移動もあるので、滞在できるのは土曜の昼過ぎから翌日の昼前までという短い時間だけだ。

 それでもシウリスが少しでも元気になればと通い、シウリスも帰り際には『また来て』と言うので行かざるを得なかった。


 当時、アリシアに言われていたことがある。


『アンナ、シウリス様は表向き留学ということになっているわ。ハナイの森別荘にいるとは、誰にも言ってはいけないわよ』


 シウリスは留学、それに付き添うマーディア、さらにはルナリアも留学し合流、というのが王家の公式発表である。

 嘘ばかりの発表に、アンナはますますラファエラの死を疑問に感じるようになっていた。


 シウリスはハナイの森別荘に行ったことで、見た目には元気になっていた。

 物思いに耽ることもあったが、アンナと目が合えばフッと目を細めて笑う。

 その笑顔が時折り、とんでもなく大人びて見えて、ドキドキすると同時にアンナは物悲しくなった。あの日からシウリスは、どこか変わってしまったように感じて。


 シウリスがハナイに行ってから二ヶ月と三週間が過ぎ、アンナは冬休みに入った。

 いつものようにアリシアの部下であるマックスに森別荘へと送られて、アンナはシウリスとルナリアとの再会を喜ぶ。

 しかしその時、シウリスは喜びもそこそこに、マックスへと威厳のある顔を向けていた。


『マックス、聞きたいことがある』

『っは、なんでしょうか』


 シウリスはすぐには言葉を紡がず、チラリとアンナの方を見た。

 聞いてはいけない話だとすぐに気づき、アンナは『あちらで遊びましょう』とルナリアを連れてその場を離れる。そのため、二人がどんな会話をしたかは聞いていない。

 しばらくすると、マックスはいつものように馬で来た道を帰っていく。

 シウリスはその後、ルナリアの前ではいつものように過ごしていた。しかしほんの少しの苛立ちが見てとれたアンナは、不安の視線を送ってしまい、シウリスに気づかれてしまったのである。


『アンナ、話したいことがある。夜、窓の鍵は閉めないでほしい』


 誰にも聞こえないほどの、小さな声の指令。アンナは戸惑いながらも頷くしかなかった。

 そしてその夜、おやすみの挨拶をして与えられている部屋で待っていると、本当にシウリスが窓から入ってきたのである。

 夜に閉鎖された場所で二人っきりになることなど許されていないから、シウリスはこんな無茶をしたのだ。部屋は一階とはいえ、雪深くなるこの地の家は床が高い。子どもにとってはかなりの高所になるのだが、シウリスは持ち前の身体能力でよじ登ってきた。


『シ、シウリス様……!』

『うまく抜け出せたな。大丈夫だ、気づかれてはない』

『そういうことでは……!』

『はは、ちょっと寒いな』


 そういうことでもなかったのだが、シウリスは窓からストンと降り立つと、ニッと笑った。

 夜中に部屋を抜け出して、危険なところを降りたり登ったりするシウリスにちょっと困りながらも、懐かしい笑みが嬉しくてアンナもつい微笑む。


『冬休みだし、しばらくは一緒にいられるな』

『はい。休み中はずっとそばにいますから、もうこんな危険なことはしないでください、シウリス様』

『別にこれくらい危険じゃない。人には聞かれたくなかったんだ』

『……なんのお話でしょうか』

『それは……くしゅんっ』


 シウリスがくしゃみをしたので、アンナは慌てて毛布を引っ張り出す。


『お使いください!』

『……ん』


 毛布を受け取ったシウリスはアンナの手を取り、ソファーまで移動した。そしてそこに一緒に座ると、シウリスは大きな毛布を広げてアンナごと包まる。


『シウリス様、このようなことは……っ』

『誰も見てはいないんだ。気にしなくていい。こうした方が、あったかいからな』


 目を細めて笑みを見せるシウリス。ドコドコ鳴る心臓の音が聞こえないようにと、アンナは祈りながら目だけで隣を確認した。

 シウリスは視線をまっすぐ前に向けていて、その横顔は凛々しくも苦しそうに見える。


『……シウリス様。今日はマックスと、なにを話していたのですか?』

『父上はどうして、フィデル国やラウ派に復讐しないのかと聞いていたんだ』

『……復讐……?』


 不穏な言葉に、アンナは眉を寄せる。

 どうしていきなりフィデル国やラウ派の話が出てくるのか、わからなかった。


『アンナ。ラファエラ姉様は、僕を守って死んだ』

『……え?』

『だからお母様はおかしくなってしまった……ルナリアには、言わないでほしい』

『ラファエラ様は、やっぱり病死ではなかったのですね…… 一体、なにがあったのですか?』


 ぐにゃりとシウリスの顔が苦痛に歪む。

 しかしアンナは言わなくていいとは言わなかった。こうまでしてアンナのいる部屋にやって来たのは、シウリスは伝えたいと、知っていてほしいと思っているからだ。その気持ちを無下にはしたくなかった。


『僕たちは公務の帰りに、襲撃に遭った。護衛騎士も御者も殺され、僕にも剣が振り下ろされた』


 アンナの背筋はゾッと凍った。大好きなシウリスが死ぬような目に遭っていたことが、もしかしたらいなくなっていたかもしれないことが、ただひたすらに怖かった。


『ラファエラ姉様が僕を庇って……死んだ』


 真っ青になりながら、手をわずかに震わすシウリス。アンナはその手を、そっと優しく包む。


『アリシアの部下が来なければ、僕もお母様も殺されていただろう』

『シウリス様……そんな恐ろしい目に……』

『僕は、姉様を殺した奴らを許せない。こんなことを仕掛けるのは、フィデル国の者かラウ派しか有り得ないんだ』

『それでシウリス様はマックスに聞いていたのですね』


 シウリスの話したことが事実ならば、王家と軍上層部はそれを隠蔽していることになる。

 アンナですら、どうして隠す必要があるのか疑問に思っているのだ。シウリスはなおさらだろう。


『マックスは、なんと言ったのですか?』

『調査中としか言わなかった。今度アリシアが来た時に直接聞く。さっさとフィデル国とラウの者たちに復讐すればいい』


 それは、もしフィデル国の者の仕業であれば、戦争を起こすということだ。

 逆にラウ派の企みであれば、リーン派との間で内乱が発生してしまう。

 ラファエラを病死とし、すべてを隠蔽したのはそういう理由なのだとアンナは気づいた。

 どちらの画策かわからない現状では、憶測で動けば無用な争いを起こす。

 確実な裏付けが取れるまでは、レイナルド王は波風を立てる気がないのだ。


 冷たい目をするシウリスを見ると、アンナの心は雪が積もったように苦しくなる。

 シウリスの悔しくつらい気持ちがわかった分、余計に。

 憐憫の瞳を送ると、シウリスはまっすぐにアンナを見つめた。


『アンナには知っていてほしかった。嫌なことを聞かせて、ごめん』

『いいえ……教えてくださってありがとうございます。私にはなにもできませんが……つらい時にはシウリス様のおそばにいさせてください』

『うん……ありがとう』


 シウリスはほんの少しだけ笑みを見せ、そんな顔を見たアンナはほっと息を吐いていた。


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