……うん、選択肢なんてないか。
「今日もありがとうございます、冬樹先輩。それで、その……すみません」
「いえ、どうかお気になさらないでください。先日も申し上げた通り、少しでも藤島さんのお役に立てるなら僕はとても嬉しいですし」
「……はい、ありがとうございます」
それから、十数分経て。
築10年ほどの、二階建て木造アパート――その二階奥に位置する部屋の前にて、丁寧に謝意を告げてくれる藤島さん。嬉しいなんて言うのは不謹慎――数日前はそう思っていたし、今もそう思ってはいるけれど……それでも、今の彼女に対してはそう伝えるのがまだしも適切なのかなと思い直して。
ところで、言わずもがなかもしれないけどここが藤島さんの居住――大学入学を機に、念願だった一人暮らしを始めたとのことで。……だけど、今この状況を鑑みれば一時的にでも――
「……あの、冬樹先輩。その……出来れば、今日うちに泊まってくれませんか?」
「…………へっ?」
「……駄目、ですか……?」
「あっ、いえ駄目と言いますか……」
思いがけない藤島さんの申し出に、ポカンと声を洩らす僕。……いや、彼女の気持ちが理解出来ないわけじゃない。得体の知れない恐怖の中、たった独りで夜を過ごすというのが精神的に堪え難いことであろうことは僕にも多少なり想像出来るし……それに、直接例の人物が部屋に押し掛けてくる可能性も皆無とまでは言い切れない。なので、一時的にでもご家族の下に戻った方が良いんじゃないか――実際、今しがた僕もそんな思考を巡らせていたところだし。
だけど……そういった諸々の事情を考慮しても、やはり僕が彼女の家に泊まるというのは――
「……やっぱり、駄目……ですか?」
「…………藤島さん」
そんな思考の最中、そっと僕の袖を摘みつつ再び問い掛ける藤島さん。そして、そんな彼女の指が……いや、手全体が小刻みに震えていて――
……うん、選択肢なんてないか。
「……その、僕なんかでも宜しければ」
「……っ!? はい、ありがとうございます!」
未だ逡巡しつつもそう伝えると、彼女は眩いほどの笑顔でそう言った。




