カボチャと三人の令嬢
「うーん……」
シュトレイ王子は困っていた。三人の令嬢へ同時に恋してしまったからである。
一人は公爵家の長女、エレナ。彼女は髪の一本から爪先まで美しい女性だ。
もう一人はリオ。エレナの妹で笑顔がかわいらしい愛嬌のある女性である。
シュトレイの父は彼女らのことを気に入っていた。
そしてもう一人は、伯爵家のメグル。彼女は見た目こそ地味だが、博学で領民たちの生活のことにも詳しい。新しい刺激をくれるメグルの存在は、シュトレイにとっては、新鮮だった。
シュトレイは父から、
「お前は、エレナ嬢とリオ嬢、どちらを選ぶ」
と婚約の話を迫られる。
困った。選択肢が二つになってしまっているからだ。シュトレイは自分の侍女に相談する。
「シュトレイ様はどのような女性と一緒になりたいのですか」
「私は、美しくてかわいらしくて、博学な女性と共に生きたい」
「……欲張りでございますね……」
「美意識が高いと言ってくれ」
シュトレイと侍女は、しばらく考えた。
考えているうちに食事の時間になる。シュトレイはカボチャスープを飲みながら言った。
「しかし不思議だな。カボチャと言うのは硬くて切り辛いのだろう。だがこんなにやわらかくて甘くなる」
「よくご存じで」
「バカにするな。メグル嬢が言っていたのだ。『カボチャには切り方がある』と」
シュトレイはカボチャスープを口に含みながら言う。侍女はクスクス笑いながら、
「シュトレイ様はメグル様がお気に入りなのですか?」
そう尋ねた。
「うーん……興味はある。というより、実際にカボチャを切っているところを見てみたいのだ」
「厨房に来られますか?」
「それでは面白みがない。そうだ、父上に頼んで、『カボチャ切り大会』を催してみよう!」
「……妙なことを思いつきましたね」
「すると言ったらするぞ。私は王子だからな」
こう言いだしたシュトレイは止まらない。彼は後日。父に頼んで、『カボチャ切り大会』会場を設けた。
城の庭先に大量のカボチャと、切れ味の悪いナイフをテーブルに並べたモノである。
招待されたエレナとリオは、丸々のカボチャと、切れ味の悪いナイフを見て、「これをどうするの?」と困惑していた。それはメグルも同じだった。
シュトレイが概要をその場で読み上げる。
「これから三人にはカボチャを切ってもらう。より美しくかわいく賢くカボチャを切れた者と私は婚約したい!」
「聞いて居らんぞー!」
シュトレイの父のツッコミが入る。エレナとリオは姉妹揃って首をかしげて、硬いカボチャにポスンと刃先をあてた。硬い。
エレナは表情を崩さず、
「どうやって切ればいいかしら」
そう呟いてカボチャを撫でている。
リオは試しに強く刃先を立てて垂直にカボチャを切ろうとしたから、持ち手と刃が別れてしまった。
「あーあ、壊れちゃった」
リオはそう言うと、シュトレイの側へ行く。
「ごめんなさい!」と言うと、日陰の方へと退場した。リオ自身はシュトレイに対して恋心はなかったようだ。呑気に日傘をさして二人のことを観察している。
エレナは困ったようにメグルの方へと向いて訊いた。「ねぇメグル。あなたならどうなさいますか?」エレナの質問を聴いて、メグルは侍女たちに要求した。
「底の厚いお鍋を二つ。貸していただけますか?」
メグルはエレナと目が合うと、軽く会釈をしてこう話し始めた。
「カボチャは硬くてそのまま切るのは大変です。だから柔らかく煮込んでから切ります……と、人づてに聞きました」
「あなた、物知りね!」
エレナに褒められて頬を染めるメグル。鍋の蒸気にカボチャの甘い匂いがしてきたところで、鍋から取り出す。カボチャの皮が艶々と輝いていた。
日陰で観察していたリオも、カボチャを切る所を見たいようだ。二人のもとへと近づいてきた。早速切ろうとしたエレナは、カボチャを素手で触り、「あつい!」と大きな声を出す。
メグルは布巾を持ちながら、ナイフでスッとカボチャを切った。エレナも真似する。
リオがその様子を見て、
「わー、まるでメロンの様だわ」
と言う。メグルはカボチャを切りながら言った。
「メロンもカボチャも同じウリ科なんですよ。意外かもしれませんが、スイカもそうですよ」
それを聞いたエレナとリオが、「あぁ普段食べているモノのことを知らないなんて。恥ずかしい」と、顔を両手で隠してしまった。
一部始終を観ていたシュトレイは自信満々に、
「よし。私の婚約相手は、地味だが物知りなメグルにしよう!」
そう言ってメグルの手を握った。メグルはまるでハエでも観るかのような目で、
「お断りします」
そう言った。
「な、なぜだ! 王子からの求婚だぞ!?」
シュトレイがそう言うと、メグルはカボチャを見つめながら言った。
「カボチャ一個で領民何人助けられると思いますか。今は飢饉で苦しめられている領民たちが大勢います。そんな時期に『カボチャ切り大会』など馬鹿げた催しをして、婚約者を決めるなどと言う愚かな考え。私は同意できません」
彼女は、シュトレイの手を払うと、その父に言った。
「……もしこの大会で分かったことがあるとするのなら。途中で諦めたリオ様ではなく、他人のやり方から学び、素直にその成果を喜べるエレナ様との婚約が一番王子のためになります。なぜなら、王子自体は何の悪びれもなく学ばないですから」
シュトレイの父は白髭を指で伸ばしながら、「そ。そうじゃの……」と答えた。
その後。
シュトレイは、メグルの言うようにエレナと結婚した。エレナは、「もっと領民のことを知らなければいけない」と、メグルと情報交換用の文通をするほど仲良くなっていた。
頼りないシュトレイ王子だったが、エレナやメグルたちのおかげで、領民たちの情報を得て、うまく内政を動かすことができたという。
おしまい