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塵芥のような矜持(13)

 パキリ、と折られた竜角(エッジ)


「『人狼』は使いにくい。俺が好んで使うのは、単純な身体強化の竜災(ディトラ)だ」


 舐めプだろうか? ぺらぺら喋りやがって……


 しかし、うかつに手を出せないのも事実。竜胆も攻めあぐねている。どんな能力をストックしているのかわからないからだ。


「反対に『転移』……これは良い。自由度が高すぎて透はピアノの鍵盤と屋敷内をリンクさせて能力を使っていたが、別にそんなことをしなくとも──」


 パキリ、ともう一度音がする。


「──造作もない。目の前の敵と位置を入れ替えるくらいならな!」

「それはもう『見た』んだよバカが!」


 背後から襲いくる凶刃を、俺は屈んで避けた。未来視の俺に何度も不意打ちが通用するわけがない。


「竜胆!」


 俺の『未来改変(パラレルアウト)』は。


 無数に存在する並行世界を観測する力だ。


 観測するということは、本来は無数に存在する未来を確定させるということで。


 特に真価を発揮するのは誰かと組んだ時である。


「っ!?」


 雷撃が迸る。それを涼しい顔で避けた蛇沢だが、避けた先に俺の拳がある。


 倒れ込むように蛇沢が更に体勢を崩す。目の前には雷剣を構えた竜胆がいて。


「死ねやっ!」

「……っ」


 パキリ、と。


 土煙が上がった時、俺たちの眼下に倒れるはクリム・ナーヴァだった。


「また『入れ替え』かよ? 無限ってわけでもねェだろ。そろそろネタも尽きるんじゃねェか〜?」


 竜胆が煽る。そして、その予想はおそらく正しい。蛇沢は能力を使うたびに竜角(エッジ)を折っている。おそらく、秘められたエネルギーを瞬間的に爆発させるため。


 そう簡単に他者の竜災(ディトラ)を行使できるとは思えない。発動が多少強引になるのは当然だ。


「私の心配をしてくれても良いと思うが」


 馬鹿が。生首が喋ってんじゃねぇよ。なんで生きてんだよお前は。


 クリム・ナーヴァ。首と胴体とで切断された女は、生首のままはあとため息をついた。


 研究室の前、クリムと入れ替わった蛇沢辰巳の首元から血が垂れる。雷剣が掠ったか。冷や汗こそかいているものの、涼しい顔で焦っている様子はない。


「もちろん有限さ。培養やら複製やら試みているが、未だとても無限とは程遠い」


 しかし、だ、と。


 蛇沢の両手に握られるのは、指と指の間に挟まるのは、やはり無数の竜角だった。今の隙に研究室から拝借したか!


「良い陽動だ、クリムぅ。お陰で俺は『補充』が完了した」

「強がんなよ。間一髪だっただろ〜がよォ!」


 竜胆が突撃する。短期決戦は、悪い判断ではないと思った。長引いて良いことが見当たらない。


 だが、俺は『嫌な未来』を見てしまった。慌てて違う未来を『観測』する。


「待て、竜胆!」

「あん?」


 運良く竜胆が俺の忠告を聞き入れて急停止、目の前には空の手で振りかぶる蛇沢辰巳。その手には何も握られていないハズ。


「シッ!」

「そいつは剣を持っている!!」


 ガキィンッ! と。これまた運良く、竜胆は雷剣で蛇沢の剣を打ち返す。


 不可視の剣! いや、『触れた物を透明にする』能力か? 剣なんていつ作った……こちらは椿凛花の能力だろうか。


「おや、やっぱり剣なんてダメだなあ。名残惜しいが、やはりこの手に限る」


 スゥッ、と蛇沢の姿が消える。最悪の予想が当たりやがった!


 『触れたものを透明にする』能力! ヤツは自分自身を隠すこともできる!


 同時に、俺たちの周囲に無数の氷柱(つらら)が顕現する。それらは一斉に襲いかかってきた。


「氷柱〜? やっぱり椿の氷かよ!」


「『雷神(ゼウス)』を使う」


 竜胆の即断即決。だが待ったをかける声があった。生首(クリム)だ。


「やめておいた方が良い。アレは研究室も吹き飛ばしてしまうだろう? 私がきっと防いでしまう」

「じゃあどうしろってんだよ! 透明になった蛇沢をどうやって捕捉する!」


 氷柱の嵐。この程度ならば俺たちに防げない者はいない。だが、両手が塞がってしまっている。


 と、次の瞬間、竜胆の腹から大量の血が吹き出す未来が見えた。


「竜胆! 俺の分も頼む!」

「ああ!?」


 文句言ってねーで従うんだよ! 『未来改変(パラレルアウト)』!


 俺は懐から取り出した予備のナイフで、ちょうど蛇沢(透明)の剣撃を防いで見せた。


「ほう!」

「そこか!」


 感嘆する蛇沢(透明)に、剣戟の火花で位置を特定した竜胆が雷撃を放つ。が、舌打ち。手応えはなかったみたいだ。


 再び睨み合い。というか、氷柱の対処で手一杯になる。蛇沢がどこから襲ってくるかわからない。


 どこからともなく、蛇沢の声が室内に響く。ご丁寧に声で位置を把握できないようになってやがる……これも何かの能力か?


「……死角だったはずだ。確かに竜胆の腹を裂いた手応えがあったんだが……紬嬢の過去改変……現在を改変された? だがそう強力な作用は起こせない……起こせるのならば、俺はもうとっくに死んでいるからだ」


 正解。流石に竜災の理解度が高い。


「そして、因果に干渉する竜災は消耗が激しい。俺はこのまま削っていくだけでいい。だろう? 恥知らずの未家当主よ」


 それも正解。俺の竜災は、『どれだけか細い未来を選び取ったか』によって体力を消耗する。それで言うとさっきのはやばかった。なんせ理屈でいくと『俺が適当にナイフを振って、たまたま蛇沢を迎撃した未来』だからだ。か細いにも程がある。


「当主ってぇのは嫌味か何かか? もう滅んだも同然の血族だようちは」


「皮肉に決まっているだろう。誇りも理念も喪失した貴様はただの獣だよ」


 俺はこっそりと竜胆に耳打ちした。今から五秒後に蛇沢の位置を割る。狼狽えたその隙に喉元を噛みちぎれ。


「そうだろうなぁ。俺たちは私利私欲のために動く獣だが……だからお前は違うってぇのは、違うだろう」

「憤懣やるかたないよ。反吐が出る」


 なぜなら、蛇沢は強いから。竜災の強さは意思の強さだ。どれだけ本能のままに生きられるか。どれだけ他者を踏みつけたか。踏み躙ったか。


 誇りだとか、理念だとかいくら取り繕おうとも、蛇沢は心の底から望んでこれだけの力を手にしている。


 そして、この屋敷にはもう一人、相当に意思の強靭な女がいるのだ。


「なんせお前は──」


 俺の役目は蛇沢の注意を惹きつけることで。


「っ!?」


 そしてあたりは一面の銀世界に染まる。仕込みは既に終えている。


 俺たちを襲っていた氷柱もふよふよと漂い出した。まるで、本来の主人に仕えるように。


 誰もが動きを止めた。明らかな異常事態だからだ。


 一面の雪景色。薄氷の雪原。冷気舞うこの寝室には、空白の一帯がある。『触れたものを透明にする』存在が、そこにいる。


「身体が、動かない……冷気? こ、れは……椿か!? あ、の、女……ッ!」

「竜胆!」

「わかってる!」


 竜胆が蛇沢に飛び掛かる。しかし、至近距離まで近づいたところで、ぼとり、と力無く倒れ伏した。


「あ"あ"?」


 おっと、竜胆には悪いことをしたな。


 こつり、と足音がする。


 女の怒りは、止まるところを知らないみたいだった。まあ俺が焚き付けたんだが。


 新たに寝室に足を踏み入れたのは、女。極北を思わせる冷涼な目鼻立ちに、銀髪。それでいて氷を操るとなれば一人しかいない。


 椿凛花。もしくは、卯水凛花。『矜持』の理念を持つ干支の名家にして、蛇沢辰巳の第一の被害者。


「……すまない。その男は、私の獲物だ。周囲を絶対零度で覆っている」


 竜災の強さは、意思の強さだ。


 その身の奥に朽ち果てたはずの願望を、顕現するための器が竜角だ。呪いをその身に宿して余りある憎悪こそが俺たちの本質だ。


 感情により出力が左右される竜災は多い。特に基本的な、元素を操る竜災には。


「蛇沢、様。感謝は、しないでもないのです。確かに私は強くなれた。だが弱くもなった。心の芯から望まなければ、竜が応えてくれるわけもなし。『矜持』を折られたままの私が先へ進める道理はありませんでした」


 俺は女──卯水凛花の夢を知っている。


 幼稚な夢だ。この世で一番強くなりたい。目的など問わず、意味もなく、ただ強く。


 スペックは上がったのだろう。いつのまにか双角(ダブル)にもなってたし。だが余りにも自分と向き合う機会を奪われていた。意思を、目的を、感情を喪失していた。


 俺は少し手助けしてやっただけだ。俺たちが成長しようと思ったならば、ただ己の胸に問い掛ければ良い。


 ただ、強く。


 例えそれが塵芥のような矜持であっても。


 蛇沢の理想と比べれば余りにスケールの小さな夢だとしても。


 奪われたものは奪い返さなければならない。


「つば、き……」


「卯水です。さようなら、蛇沢様。貴方の屍を超えて、私はまた強くなる」


 卯水が刃を突き立てる。もはや身動きが取れなくなった蛇沢の喉元に。


 絶対零度の銀世界の中で、真白い女は大層美しく見えた。例えこれが感情の爆発による一時的な覚醒だとしても、俺にはとても神秘的なものに見えた。


 これは儀式だ。奪われたものを奪い返す。失った矜持を取り戻す。


 さくり、と。簡単な料理でもこなすように、卯水の心の楔は解き放たれた。


「なんせお前は──飼い猫一匹、満足に飼えないんだから」


 人を、竜人を操る能力。それが俺如きに破られた時点で、既に勝敗は決まっていた。

未来改変と現在否定について

大前提として、紡愚は五秒先くらいの『正史』を常に観測し続けています。(四話参照)

未来改変は『未来視で見えた望まざる未来から、望む未来に観測し直す』行為。

現在否定は『望む未来を観測し、副次的にもう起きてしまった現在を否定(改変)する』行為。

 正史からかけ離れる程体力を消耗します。基本的に現在否定の方が疲れますね

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