2話 その女、まさに(2)
今日は課外活動の時間です。もちろんただの遠足とかじゃあない。ここ賀竜学園は超能力者の集まるイかれた学校だ。
職務は街の見回り。給料も出る真っ当な仕事である。上級生も含めたクラスが持ち回りで行っているので、月に3、4回はある恒例行事だ。
「この辺、治安良くないからね〜」
賀竜学園がある手前、この街──賀竜市には竜人が多い。卒業生にしろ一般人にしろ、この街は何かと竜人に融通を利かせてくれる。……まあ、危険人物を一箇所に留めておきたい政府の思惑もあるだろうが。強力な竜人は国防の要であると共に、犯罪者予備軍でもある。
「英が俺に構うってことは、今日も竜胆は休みか」
「うん。いつものことだけど」
イかれた女ことクリム・ナーヴァが来てから早くも一週間が経過していた。そして竜胆恵稀は学校に来る方が珍しいくらいの不良生徒。クリムのことはスパッと諦めたらしい。まあ、あれは無理だろな。
特に竜胆のことを心配している様子もない英水樹は、お気楽に俺の前を歩いている。さらにその先には噂のクリム・ナーヴァがクラスメイト(竜胆派ではない)に囲まれていて、その先には引率の教師がいる。
「俺に構っても良いことないぜ。あいつらみたいに今のうちにクリムと仲良くしとけよ。それか、傷心の竜胆を慰めてやったらどうだ?」
「だから、さあ……」
英は諦めたようにため息を吐いた。あからさまに、呆れてますよ〜と全身で表現しながら。
「竜胆くんはそんなに弱くないよ。そういう未くんこそクリムちゃんのことどう思ってるの? あの子──かわいいし、背も低いし、女の子って感じだし……」
「あんな厄ネタにわざわざ絡むかよ馬鹿が。確かに顔は可愛いけどなぁ」
「かわっ!!」
未くん、可愛いとか普通に人に言うんだ……へぇ〜ふぅ〜んほぉ〜ん?
とか何とか言ってる英がにやにやした目を向けてくる。聞かれてないつもりか? あと俺を何だと思ってる。前見て歩けや前。
「っていうか、なんか向こうが俺を避けてる気するんだよな。まあ俺なんかに構う物好きは多くないってことだろうよ」
「……」
なぜ黙る英水樹。フードを目深に被った後ろ姿からは表情が見えない。こいついっつもパーカー着てんな。
「……教室での未くん、『話しかけるなオーラ』すごいからね。そういう能力?」
悲しすぎるだろ、それ。あと地味に探りを入れるな。
「にしても──毎回思うんだが、この見回りって人員過多だよな。暴徒の鎮圧なんて、それこそ英一人で事足りるっつうのに」
それに教師もいるしな。賀竜学園は教師も竜人だ。うちの担任もぼーっとしているように見えるが、それでも俺たち化け物に逆らわれないくらいには強い。
「ま〜相性があるからねぇ。私が竜胆くんには逆立ちしても勝てないみたいに。私たち竜人は『竜角』を抜かれたら負けちゃうし、人数は多くて損はないよ。授業もさぼれるし!」
竜角。竜人の頭部に生えている角だ。竜人の証でもあり、これが脳波を読み取ることで竜人は『竜災』を使うことができるとか。莫大なエネルギーを有しているらしく、金に困った親が子供の竜角を売り払うなんてのは貧民街ではありふれた話だ。
「英が言うと洒落になんねぇな。俺が英なら、剥き出しの弱点なんて常に水で覆って──」
キン、という金属質の音がした気がした。
前を歩いていたはずの英水樹はふらりと俺の方へ倒れてきて、あわてて俺は受け止める。
だから、それで両手が塞がってしまったから、傍を駆け出す人影を抑止することができなかった。
仮面で顔を隠した人影の右手には純白に光る結晶──竜角が、握られていて。
抱き止めた英のフードを慌てて脱がすと──綺麗な顔が血に塗れていて──額の少し上にあるはずの角が、姿を消していて。
気付いた時にはもう、仮面の人影は俺の力の射程範囲外だった。
ま、ま、ま──
「またかよぉぉーーー!!!」
──俺は叫んだ。
そう、馬鹿女こと宝の持ち腐れこと英水樹が竜角を奪われるのは、これが二度目なのである。
○
一度目は、地獄のような入学初月の真っ只中であった。
学園は生徒同士のいざこざなど考慮しない。それは俺たちのクラスが初めて街の見回りを任された日だ。何人かはボイコットし、何人かは構わず勢力争いを続け、真面目に仕事をしていたのは俺くらいだった。
今思えば珍しく、竜胆が見回り参加を表明したのが事の発端だ。竜胆が参加するならと、敵対派閥のやつらも参加し、どちらがより良く街の見回りを遂行できるかどうか騒々しく競っていた。当然の如くむしろ奴らが治安を乱していたが。
競争は次第に激化し、教師も我関せず、俺も関わりたくないと最後尾を歩いていた。だから狙われたんだろう。
「危ないッ!」
見知らぬ女が、俺を突き飛ばした──
○
嫌なこと思い出しちまったぜ。俺を守る必要なんて全くこれっぽっちも全然1パーセントもなかったのに余計な手出しをされた苦い記憶だ。早口になんてなっていない。要は自分一人守れないで他人を守ろうとするなよお人好しという話だ。
俺は意識を失った英水樹を抱えて前へ走った。仮面の人影は既にどこかへ消えている。俺の力の射程外だ。仕方ない。
意識を失った人間とかいう重石を腕に、クリムたちを押し退け俺は担任の目の前に躍り出た。
「おい光ちゃん! 英の竜角が抜かれた! 犯人は狐の仮面を被った黒いフードの男だ。まだ近くにいるはずなんだ!」
クソ教師──光ちゃんと呼ばないと馬鹿みたいにキレる──は、いつもの無表情を崩さずに言った。
「……それで?」
透き通った碧眼には、まるでこちらの全てを見通すかのような圧がある。
それは一度目の時と同じ反応だった。教師は、学園は、生徒のいざこざに関わらない。
「……ちぃっ、紬は借りるぞ。紬の護衛にもう一人も。構わないよな?」
光ちゃんは肩をすくめた。金髪碧眼の、まるで精巧な西洋人形のような美しさを持つ教師だが、相変わらず性格が終わってやがる。
「私の仕事は規定のルート通りに歩くだけ。生徒が一般人に迷惑かけるなら止めるけど、それ以外の仕事はしない、よ」
関与しないということは、邪魔もしないということだ。
これは光ちゃんなりの優しさ──と言うわけではない。許諾を出したことに変わりはないが、この女は単純に面倒ごとが嫌いなだけだ。
「十七時の門限までには寮に戻るように。私を疲れさせないでね」
タイムリミットは十七時。あと二時間程度か。まあ光ちゃんに捕まって懲罰房送りになるくらいだから、最悪オーバーしても良い。
俺は一応礼を言って、クリムたちの方に向き直った。
「話は聞いていたな、紬。英を頼む」
その中の一人──未紬に、無造作に英の身体を預けた。うわぁっ、と大袈裟に慌てながら、小柄な少女が英を受け止める。
「い、良い、けど、紡愚兄さんは、どうするの」
「英の竜角を取り返す。お前の『竜災』でも、現物が無ければ治療できないだろう」
「そ、れは、そうだけど……でも、無謀だよ。兄さんの力は、索敵には向いていない……この間のは、運が良かっただけ……」
俺は肩をすくめた。向いていないだけだ。凄まじく疲れるが、できないことはない。
紬は昔から心配性なんだ。微笑んで昔のように頭を撫でようとすると、パシィッと凄まじい力で叩かれた。こじんまりとした身体からは想像も付かないパワーだ……反抗期かな?
「そういうことなら私が行こう」
凛とした声は、紬の後ろから聞こえた。
「私の『万物の声を聞く能力』であれば、簡単に賊を見つけられよう──」
「ちょちょちょ、ちょっと待て! そんな簡単に能力を明かすなよ! ったくリテラシーがなってねぇな……」
クリム・ナーヴァ。恐ろしい事をしでかそうとした竜人は、不思議そうに小首を傾げた。
「? しかし彼女らは能力を隠す必要などないと……」
「ほーん? そんでそいつらは自分の能力を教えてくれたのか?」
俺が睨みつけると、後ろにいる女二人は気まずそうに視線を逸らした。やっぱりか。
俺は大体を察して愚姉に問いかける。
「……紬?」
「……私は、黙って話、聞いてた、だけ……それに、簡単に明かす方も、明かす方じゃない……?」
「ふむ。一理ある」
未くん横暴ーだの、妹にだけ甘いーだの、さっきの人殺しみたいな目だったよね〜だの野次が飛ぶ。うるせぇな。クリムが悪いってのに納得しただけだ。
今はそんなことはどうでもいいんだった。
「よしわかった。じゃあクリムに案内を頼もう。お前らは紬に傷一つでも付けてみろ。……いや無理か」
シスコンきも〜いだとか、私たちのこと舐め過ぎ〜とか、言われなくてもやるし〜だとか野次が飛ぶ。黙ってやれよとか、あと紬を傷付けるなっていうのはお前らのためを思って言ってるんだぞとか、口には出さないでおいた。
「承ろう。実は私も思うところがあったので『目印付け』しておいたのだ。接敵は存外早いかもしれぬぞ」
クリムは覚悟を問うかのように俺の目を覗き込む。だから、自分の能力のことそんなにペラペラ喋るなよ……
俺はあまりにも可哀想になったので、少しだけサービスしてやることにした。
「クリム。お前には、後で紬の『竜災』を教えてやろう」
「!?」
紬が涙目になって目で俺を非難してくるが無視する。これは罰だ。それにお前は俺と違ってバレても大して問題無いだろーが。
理解できない様子で小首を傾げる姿が尚哀れになって、優しく頭を撫でてやると、クリムは少しだけ気持ちよさそうに身を捩らせた。