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塵芥のような矜持(12)

 前の世界線において、俺は竜胆と蛇沢の結末を見届けていない。


 とある課外活動の時だった。三回目か、四度目か。


 結論から言うと、蛇沢は退学になった。


 噂話ならいくらでもある。竜胆に殺されたとか、上級生に消されたとか、光ちゃんに抹殺されたなんてのもある。


 疑いようのない事実として、蛇沢は多数の民間人に被害を出した。抗争の末か、もとから何か計画してたか。


 つまり何が言いたいのかというとだ。


 俺は蛇沢と竜胆が本気で戦った時に、どちらが勝つのかわからない。


「蛇沢ァ!!」


 竜胆が蛇沢に殴りかかる。神速と言っていい速度だった。雷で頭髪が逆立っている。


「相変わらず獣のような獰猛さだなぁ、竜胆恵稀ぇ!!!」


 対する蛇沢はというと、先ほどから避けてばかりだ。人間の身体能力で捌き切れるとは思えないが、蛇沢の竜災は直接戦闘能力があるわけではない。だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、きなくさい。


 俺はというと、クリムと楽しくお喋りだった。


「手助けしないのか?」


 まるでクリムの転校初日を思い出す。俺はいつだって傍観者よ。英よろしくクリムの問いかけに俺は面倒だなと思った。


「お前を自由にするなってのが竜胆の言いつけだ。ところでクリム、正気か?」


 ふむ、とクリムは少し思案する。この女は他人の心の声を聞けるくせに、自分のこととなるとわからないのか。人の機微に疎いのは超常の存在の性か。


 竜神。クリム・ナーベリウム・ナーヴァ。あまり関わりたくなかった女だが、時たま俺は、自分がなぜ賀竜学園にいるのか忘れてしまう。


 いつまでも逃げてはいられないのに。


 辿々しくも、クリムは返答してくれた。


「正気だ、と思う……。蛇沢の竜災は、おおむね紡愚の予想と違わない。完全な洗脳ではない。私は」クリムは背後の研究室を指差した。「この部屋を傷つけられることになると、身体が反射的に動く。この身を挺してまでもな。先ほどの電撃は私が全て肩代わりした」


 そんなことは見ればわかる。クリムの制服は全く焦げていた。貧相な身体付きのくせに妙な色気があるから目のやり場に困る。


 戦場は蛇沢の寝室だ。流れ弾こと電撃が時々飛んでくるが、確かにクリムは研究室を守っている。


 俺は研究室に足を踏み入れた。クリムは反応しない。ただ、様子は伺っている。


 懐からナイフを取り出す。クリムは反応しない。


 部屋の中は存外広かった。よく分からん器具やらフラスコやらがいくつかある。収納棚も無数にあって、何がどこに入っているのかは見当もつかない。部屋の奥に机と椅子があり、中央には足の低いテーブルがある。


 適当にナイフを振るう。クリムは反応しない。やはりクリムが守っているのは研究室ではない。この部屋の中にある、特定の()()()だ。


 そう、竜角(エッジ)。部屋をのぞいてまず目に入るのが、大量に散乱する竜角の破片だ。足の踏み場もないほど、と言えば大袈裟だが、机とテーブルの上には、溢れかえるくらいそれはあった。


 俺が、竜角をナイフで傷付けようとした時。


「っ!?」


 ぐしゃり、と俺の手の中でナイフが潰れた。文字通り、ただの鉄塊に成り果てたのだ。まるで紙か果実でも丸めるように、何の抵抗もなく。


「おいおい、これ安物じゃないんだぜ」


「……すまない……が、次はないぞ、と言っておく……凄いな、ここまで深く精神に潜られたのは久しぶりだ。今でも、私は紡愚を殺したくてたまらない……!」


「どういう感情の顔なんだ、それ」


 クリムは凄まじい顔をしていた。現役引退した元世界最強の剣士が久しぶりに弟子と手合わせして、まあ負けないだろうと思っていたらあっさり負けてプライドが引き裂かれたような顔だ。よく分からんよな、俺もそう思う。


 苦渋をそのまま鋳型にしたような引き笑いのまま、クリムはぎぎぎと目線を蛇沢の方に戻した。


「きっと……私が蛇沢に共感したからだ……動機を与えるだけなんだ、蛇沢の竜災(ディトラ)は……私は、蛇沢の野望が成就すれば良いと、心のどこかで思っている……だから、この部屋は守りたい……」


 共感。動機を与えるだけ。


「だが、まだ部屋だけだ……蛇沢が竜胆に殺される分には、別に何も感じない……。いや、少し不快だな。時間経過か……? 会えば会うほど……先ほどまでより洗脳が濃い……?」


 早めに決着をつけた方が良さそうだ。


 寝室はもうぐちゃぐちゃだった。狭くはない。調度品やら寝具なんかが竜胆に焼き払われて、鬼ごっこくらいならできそうだ。


 蛇沢は、やはり逃げ回っているだけだが、とても人間とは思えない動きをしていた。一言でいえば速すぎる。竜胆のように能力を使っている様子もない。


 業を煮やした竜胆が吠える。


「逃げてるだけで俺に勝てると思ってんのかァ? 『人を操る程度の能力』! 俺を操ってみろよォ〜椿()の方がまだ骨があったぜッ!」


 挑発ににやりと笑って、蛇沢がポケットに手を忍ばせた。パキリ、と何かが折れる音がした。


「じゃあそうしようか、な!」


 パッ、と。


 竜胆と蛇沢の位置が入れ替わる。


「!?」


 標的を見失った竜胆が一瞬硬直した。その隙に、蛇沢が竜胆の首根っこをぶん殴る。吹き飛ばされた竜胆は壁に衝突、壁を突き破って廊下に転がる。反対じゃなくて良かったな。外に落とされたら目も当てられない。ここは二階だ。


「ふん、外れたか」


 ふらり、と竜胆が血を吐いて立ち上がる。意識の混濁はない。当たりどころが良かったのだろう。


「……人を操るんじゃ、なかったのかよ……なんだァ? このパワー……」


「身体強化なんて竜災(ディトラ)に通じていれば初歩の初歩だ。竜角(エッジ)が秘める力は無限の可能性を秘めている」


 聞いたことがない。竜角は確かに外付けの燃料機関だが……。


 研究室に散乱する竜角。

 蛇沢の突出した身体能力。

 先ほどの位置入れ替え。


 入れ替えというと──透照光? 身体強化……人狼の、西条茜。


 辻褄が、あう。あってしまう。


「まさか……そんなことが、本当にありうるのか?」


 知らず、声が漏れる。身体強化だけならまだ良い。良くはないが、納得できる。しかし入れ替えというと、竜災以外に考えられない。そして蛇沢の竜災は精神操作のはずだ。事実クリムは精神に異常をきたしている。


「お前は……蛇沢、他人の竜災を使えるというのか?」


 問いかけに、蛇沢はクヒリと笑った。端正な顔が、歪む。竜胆から目を逸らし、首だけを俺に向けてくる。


 爬虫類じみた目が、暗い部屋の中で赤く光った。


「黙っていれば良いものを……正解だ、未紡愚。これで生かして返すわけにはいかなくなったわけだが……俺の竜災は『竜角を操る程度の能力(エッジランナーズ)』! 他人の竜角に干渉し、竜災を使ったり、脳波に特定の指向を持たせたりすることができる……」


 つまり、だ。


 人を操るのではなく。


 竜人を、操る。


「そして、こうして竜角を持ち歩けば」


 蛇沢がポケットから半分に折られた竜角を取り出して、俺の目の前で握り潰した。


 瞬間、蛇沢の姿が消える。いや、違う! 俺が移動したんだ! いつのまにか部屋の中央に移動している。左は壁、右に竜胆。とすると蛇沢は──


「この場にいない他者の竜角も使えるってわけだ!」


 ──背後! 俺は振り向きながら後退し、両手で顔を守った。殴られたのは腹だった。


「ぐぶっ!」


 そのまま吹き飛ばされて壁にぶつかる。くそ、ぬかった! 状況の把握に能力が追いつかなかった! 入れ替えを見るのは四度目なのに!


「英嬢に加えて紬嬢も敵に回すのはまだ早いが、まあ良いか。こっちにはクリムがいる。お前たちを殺して竜角を調べれば、龍崎と未の秘奥も覗けることだし」


 強すぎる。竜胆はどうやってこれに勝ったんだ?


 俺はふらふらと立ち上がった。くそ、余裕綽々で見逃しやがって……


 俺はいつだって傍観者のつもりだった。人が死ぬのは寝覚めがわるいから、西条たちは眠らせただけだし、竜胆の手助けもそこまでしなかった。きっと竜胆が相手なら西条や透は殺されていただろう。


 しかし、だ。ここまで来て傍観者ってのも違うよな。それはわかってる。現実逃避だ。仮に蛇沢が竜胆に勝ってたらどうしてたんだ、未紡愚。その時はその時だよ、全力で離脱する。逃げ延びるのだけは得意だけどさぁ〜。


「馬鹿にしやがって……俺は紬の金魚の糞かぁ〜? てめぇ、竜角を砕いてるな……無限に、ってわけじゃあねぇんだろうが」


 少しだけ、だ。


 突入前に考えていた結末など吹き飛んだ。冷静さを欠いている? 違うな。別に俺は蛇沢が勝とうが竜胆が勝とうがどっちでも良かった。どっちも気に食わないからだ。理由は強いから。


 それが、少しだけ竜胆に傾いた。醜い嫉妬だってのはわかってる。でも。


 この竜人社会にて、きっと誰よりも恵まれた蛇沢を、泣かしてやりたくなった。


「この俺に喧嘩を売ったこと……今更後悔しても知らねぇぜ!」


 先に喧嘩を売ったのは間違いなく不法侵入の俺なのだが、そんなことは俺の頭の中から消え失せた。だって俺が傍観気味なの多分蛇沢も気付いていたし。


 蛇沢が、パキリ、と竜角を折る。


 二度目の狼煙は、そうして上がった。

勝手に不法侵入して勝手に傍観者を気取って殴られたら殴り返す狂人こと未紡愚

基本的に戦いたがらないくせに常に最適解を選べるからこいつを戦わせるのにワンクッション挟まないといけなくなってる

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