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塵芥のような矜持(11)

 昔からずっと言われていたことだった。


「私たちは強さで成り上がった存在だ」


 竜人が市民権を得たのは最近の話だ。最近、と言っても歴史的に見ればの話だけれど。


 戦いにおいて数の力は絶対だった。群れる人に勝てない竜人は迫害以外の結末を持てなかった。下手に懐柔しようとすれば内側から喰われる。そのくらいの力があるのが、逆効果だった。


「束の間の平穏がいつまで続くとも知れない。政府が擁する『竜狩り』が抑止力となり、現在賀竜市は存続している。結局は、人に支配されているといっていい」


 『竜狩り』。純人の手先となって竜人を狩る竜人。龍崎を筆頭に干支のいくつかも竜狩りの家系だ。


 父は古い竜人だ。年齢とかじゃなくて考え方が。純人が覇権を握る前の、かつての王たちに夢を見ている。個の力が数に勝る──いや、個の力で数を従える時代を恋焦がれている。


 別に嫌いなわけでも、裏切ったわけでもない。強いっていうのは良いことだし、害されないってのは素晴らしいことだ。


 ただ私は少し父と合わなかった。私が『強く』なりたいというのは、ある種スポーツ感覚の、自身を高める意味合いが強い。単純に出来ることが増えるのは楽しいし、嬉しい。友達も欲しい。仲間と一緒に高め合えたら、そんなに幸せなことはない。


 父は、手段を選ばなかった。平気で他者を蹴落とすし、自分より弱いものに人権などないかのように振る舞った。誰よりも竜人の未来を思っているはずなのに、誰よりも竜人を軽んじた。特に弱者は。


 だから父は蛇沢と組んだ。


 私は反対した。あれの目指すところは『平和』でも何でもない。ただただ自分本位の、勝者総取りの世。数多の屍の上に立つ見せかけの理想郷。そして、その勝者の席には、きっと蛇しか座れない。


 きっと父はわかっていたと思う。理解していた上で、蛇沢を噛み切れると思っていたのだ。


 兎が蛇を、呑めると思っていたわけだ。


 いけない、いけない。この考えは、良くない。


『しかし必ずや、目にモノを見せてやります』


 誓いの言葉だ。いつか破滅に導かれることを予見しながら、ついぞ破綻しないことを望んでいた私の大切なあり様だ。


 誰よりも臆病に。誰よりも謙虚に。そして誰よりも強欲に。


 命を賭けなくとも良い。匙を投げなくとも良い。まして、矜持を曲げずとも良い。


 そんな在り方で良いと、私は私を肯定することを諦めてはならなかったはずだ。


「ふ、ふふ、ふふははは。卯水(うすい)。力が欲しいか? ならば与えよう。蛇の理念は『平和』だぁが……人もどきが我が物顔で太陽の下を歩いているのは、面白くない」


 でも、だめだ。蛇沢辰巳と会うたびに、思考の奥底のところが掻き乱されるのを自覚する。あいつの舞台に引きずり立たされる。


「そういう意味で、俺は卯水を評価していた。拍子抜けだったがなぁ……全く足りないよ! だがお前に限れば──悪くない。剣なんて振ってないで、お前がやるべきことはなんだ?」


 あいつと会ってはならない。もう、二度と。会えば会うだけ、私の大切なものがすり減っていく。


「そう、竜災(ディトラ)だ。竜人が竜人たる所以だよ。人もどきの真似事なんか辞めろ。俺たちは天賦の才を与えられている」


 それは、つまり。自分で認めてしまうのか、卯水凛花。


 私は、蛇沢には勝てないということを。





 西条茜(さいじょうあかね)透照光(とおるあきみつ)を降した後、俺は遊戯室を出た。


 このまま逃げ出しても良いな。もう十分仕事は果たしただろう。(ひつじ)の薬師は有能だ。あの二人、今晩は麻痺毒で動けないはずだ。


「げっ」


 そんなことを考えていると、階段下で竜胆(りんどう)と合流した。間の悪いことで。竜胆は少しだけ罰が悪そうだった。顔も青白い。


紡愚(つむぐ)くんじゃ〜ん。大丈夫だったか?」


 大丈夫そうだった。まだ冗談を言える余力がある。あとそんなに嫉妬深いならさっさと(はなぶさ)に告ったら良いんじゃないすかね?


「ああ。左腕は死んだが、二人やった。転移の竜人と人狼だ。蛇沢とクリムは二階だろうな」

「俺は椿だけだな。とすると、後は蛇沢だけか」


 クリムが言うには邸内に人間は四人だった。俺が二人、竜胆が椿を無力化したのなら、あとは蛇沢だけのはずだ。だが警戒するに越したことはない。


 俺と竜胆は慎重に階段を登る。邸内はやけに静かだった。戦闘が起こっているとは思えない。


 手持ちの武装はナイフと薬が少々。竜胆は身一つだ。強いってのは純粋に羨ましい。


「クリムはやられたと見ていいだろう」


 竜胆がボソリと言った。やはり頭は悪くない。常に最悪を思い描いている。


「まあ、だろうな。想定しておくならそっちだ」

「俺が蛇沢をやる。お前はクリムを抑えろ。やれるな?」


 俺は鼻で笑った。


 悪くはない案だが、少し俺を買い被り過ぎだな。あんな化け物を止められる訳ないだろ。


 俺は口の端を少しだけ持ち上げた。


「俺に考えがある。ま〜、クリムが蛇沢を縛り首にしてんのが一番楽なんだけどな」





 かちゃり、かちゃりと音がする。


 依然クリムの手足は動かない。『血を操る』竜人の時よりなお酷い。手足どころか、能力を使うこともできん。


 いや、実際には動かせる。理論上クリムは自由だ。だが、動かそうと思うことができない。もっと根本の──意思の部分から、クリムは蛇沢の術中にある。


「これが、貴様の竜災(ディトラ)か……」


 かちゃり、と。蛇沢が手を止めた。丹念に磨かれたメスが一刀、手袋をした蛇沢に握られている。


「……それは?」


「喋れるのか。まだ指示を出した覚えはないが……まあ、竜神ならば納得だ」


 寝室の奥、書斎だと思っていた場所は研究室だったらしい。クリムにはよく分からない器具がいくつもある。そして、特筆すべきは──


「別に誰かから奪い取った訳じゃない。きちんと対価を支払って手に入れたものだ」


 ──そう、竜角(エッジ)。大から小まで、異形のものも無数に取り揃えている。大半は透明だったが、色違いもある。削られたり切り落とされた痕跡のあるものも。


「どうだかな」


「おや、疑うかい。単純に金で買ったものもあるが──竜人の中にはね、()()()()()()()っていう変わり者もいるんだよ。私の頭の角を切り落としてくれってね。到底理解できない思想だが」


 嘘は言ってなさそうだ。私の権能はどこまで使える? 無論蛇沢の舞台に干渉しない範囲で、だろう。つまりこの程度、蛇沢にとっては些事たる情報なのだ。


 蛇沢がメスを持ってクリムに近づく。


「少し痛むかもしれないが、我慢してくれ。どうせすぐ再生するだろう」


 スッ、と蛇沢はクリムの竜角を少しだけ削いだ。粉微塵になった竜角の破片がシャーレの中に落とされる。


 竜角を集めて何をするのか。万物の声を聞くクリムが問いただす意味はない。意味はないが──そのあまりの悍ましさに、クリムは悶絶せざるを得なかった。


「人間の、竜人化だと……? 本当にそんなことが可能だと思っているのか?」


 フハッ、と蛇沢は笑った。


「流石は声の主。その通りさぁ。人為的な双角(ダブル)なんて蛇の目指すところの初歩の初歩でしかない。竜角(エッジ)ってのは、基本的に生まれてから持ち主の竜災を浴びて育つ。そのため特徴の近い竜人に移植するならともかく、人間に移植しようと思えば拒絶反応で大半が死に絶える──が、竜神の竜角(それ)ならば別だろう?」


 祖の竜の血を引くモノ。生まれいづる時よりの離反者たち。


 そう、竜神の血を引く、ということは。


 もとは人間だった、と言う意味なのだ。


 太古の昔、幻想の竜。ついぞ人に滅ぼされた最古の竜は、その死に際に呪いを残して死んだ。


 波長が合った人間の子供に、災いの種となる力が発現するようになったのだ。


 故に、竜災(ディトラ)


 最古の竜は、人という種を理解していた。ほんの僅かな差異であっても争わずにはいられぬモノ。それが超常の異能、竜の置き土産とあればさもあらん。竜の思惑通り、人と竜人は争い始めた。


 竜神とは、死に際にその竜が自らの力を授けた人間たちのことだ。祖の血を引いた、祖に祝福されたモノたち。呪詛から生まれた竜人とは根本から異なる存在。


「『平和』というのは。争いがないというのは」


 蛇沢が続ける。


「差異がない、ということだ。どちらか一方しか残れないというならば、俺は竜人を残そう。最古の竜の思惑通りってのも面白くないしなぁ」


「その過程で王になれるのならば、こんなに楽しいことはない、か。貴様、別に人が好きなわけでもあるまい。竜人の絶対数が増えるのならば人と竜人の力関係は逆転しよう。そして蛇しか人を竜人にできないとなれば、貴様らは竜人たちの王になれようて」


 ふっ、くくく、と蛇沢は笑い含める。クリムには隠し事をしても仕方がない。


「もちろん! そもそもからして人と竜人で竜人を選択しているのだからなぁ。人もどき共と仲良くなろうとは思わないさ。君には感謝しているんだよ、クリムぅ。正直行き詰まっていた。このままでは『白い月』の討伐に踏み切るところだった」


 白い月。竜の祖、その次女だ。滅多に表舞台に出ない竜神の中でもほとんど唯一所在が割れている女。竜の肺を授かった食わせもの。


 故に、と。


 蛇沢が雰囲気を改める。客人を歓待していた先ほどまでのそれから、侵入者を排除する冷徹なものへと。


「……些事は、早めに済ませようかな。英嬢は──いないだろうが、どちらでも構わないか。なんせここにはクリムがいる」


 ドゴォン! と爆撃。雷撃は寝室全体を爆発させた。


 クリムは反射的に研究室を守っていた。心の底からそうすべきだと思った。特に蛇沢には指示をされたわけでもないのに。


 爆撃と同時に部屋に押し入る影が一つ。あまりに早すぎる。人間が出して良い速度ではない。


 蛇沢辰巳が、にぃっ、と口角を持ち上げる。


「歓迎するよ、竜胆恵稀ぇ!!」


「なんにも嬉しくねぇがなァ、蛇沢ァ!!!」


 ばちばちと頭髪を逆撫でながら、竜胆恵稀が蛇沢に襲いかかった。


 誰が為に戦うのか。何が為に争うのか。


 『平和』とは。『矜持』とは。


 事ここに至っては、やはり、それらは些事と言って良いのだろう。

クリム視点でしか明かせない情報があるから必然的に増えちゃうという。

なんで蛇沢は知ってんすかね……

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