表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

塵芥のような矜持(8)

 さてどうするか。


 俺はとりあえず驚いてみた。


「うわあっ! ここはどこだ!? 竜胆(りんどう)、クリム! どこに行った!?」


 静寂。なんとも言えない時間が流れる。


「いや、無理でしょ。(あかね)ちゃんが転移後の隙を付けないことなんか滅多にないよ」

「馬鹿なんじゃないの?」


 二人して冷たい。渾身の冗句(ジョーク)だったのだが。


 というか、これはもしやアタリなのではないか? おそらくクリムは蛇沢(へびさわ)、竜胆は椿(つばき)の相手をしている。こいつらは──


「……俺、巻き込まれただけなんだよ。事が済むまでお茶でもしてないか?」


 ──竜角(エッジ)を見ればそいつの強さがわかる。強い奴ほどどこか禍々しい気を放っているし、形状が変わる。例えば英の竜角はすらりと細く、竜胆のは野太い。規格外ことクリムに至っては双角(ダブル)だ。双角なんて干支出身でも滅多に見ねぇよ。


 西条(さいじょう)茜が戦意を見せない俺にぶー垂れた。


「普通に不法侵入なんだけど。正当防衛で〜す」

「何を言う。お前らの家は学園の寮だろ。たまたま俺たちが立ち寄った廃墟にお前らがいるんだ」

「治外法権極まり過ぎでしょ……蛇沢の別邸だよ、ここ。裁判したら負けるのは、君」


 (とおる)照光(あきみつ)も中々面白い話し方をする。友達になりたい。

 こいつらの竜角(エッジ)は俺と同じ。つまり平々凡々の一本角(シングル)だ。額の中央、透明に光る竜角。透明ってのは、まだ完全に本人の力に染まってないってことだ。純粋なエネルギーの塊。売っぱらうならこれが一番高値がつく。


 このレベルの相手をしときゃいいんだろ? 旨すぎる。時間いっぱい適当にいなしてのらりくらりしてよう。


「私、弱いものいじめは嫌〜い。ね〜どうやったらやる気出してくれるの? 久しぶりの夜襲なのに」


「そうだなあ。西条が一晩嘘をつかなかったら相手をしてあげるよ。嘘つきは泥棒の始まりだから」


「楽勝じゃん! ……って、一晩経ったら意味ないじゃん!」


 何この子かわいい! 特段目を引く容姿ではないが愛嬌のある顔つきだ。表情がころころ変わる。前髪パッツンなのも可憐に見えてきた。


「というかもう無理だよ。殺し合い好きじゃないって嘘つくんじゃないよ。君はもう泥棒だ」


「泥棒はそっちでしょ! ふ、不法侵入! これは事実だからね!」


 賢い。可愛い。愛くるしい。三拍子揃ってる! 大丈夫か英水樹! 全然系統は違うのに好敵手(ライバル)っぽいのがいるぞ!


「あんまり意地悪するのはやめてくれるかな、未くん。茜ちゃん、揶揄(からか)われてるだけだよ」


 見かねた透照光が仲裁に入った。入ったが、もう戦う雰囲気ではなくなってしまった。恐らく西条茜の竜災(ディトラ)は感情に出力が左右されるタイプのモノだ。こういう手合は能力(チカラ)制御(コントロール)を覚える過程で戦闘に高揚を求めるようになる。手っ取り早いが欠点として、興が乗らないと実力を発揮できなくなる。


 今も西条は微妙な表情をして歯をカチカチ鳴らしていた。唸り声でも聞こえてきそうだ。


「じゃあ、戦わないから何か面白いことしてよ」


 ない頭で懸命に考えたのだろう。凄い無茶振りだ。


「今失礼なこと考えたでしょ!」


「言いがかりだ! 西条は賢いなって。そうやってテンションが上がったら竜災の調子(ボルテージ)も上がるってか?」


「え、なんでわかるの。凄いね」


 やっぱり阿保の子だ! 透照光もあちゃ〜と手で顔を押さえている。なんだか親近感が湧くな。


「でもダメだよ。もう戦わないって言ったからね。俺、嘘をつく子とは戦ってあげないことにしてるの」


「ねえねえ透、もしかしてこいつ、私を揶揄(からか)ってるだけ?」


「だからそう言ってるよ、僕。一応干支の家ってのも言ったね。見た目より強いかもよ、彼」


「ん〜、ちょっとだけやる気出てきたかも」


 時間稼ぎはここまでか。逃げっちまっても良いんだが透照光の竜災(ディトラ)が厄介だな。あいつがいる限りどこへ逃げようともこの遊戯室に連れ戻されるだろう。透は西条と違って用心深そうだ。違和感はピアノくらいか。ミスリードだろうな〜。


 俺が透照光をどうにかして逃げようと考えていると、西条茜が蹲った。四つん這いになって身体を震わせている。


 違和感といえば、一つだけあった。


『って、一晩経ったら意味ないじゃん!』と。


 意味がない。遅いでも蛇沢を守れないでもなく、意味がない。気にならないといえば気にならない言葉遊びだ。


 深く考える必要はなかった。


 次の瞬間、西条茜の身体が変態したからだ。


 牙が生え、身体は赤茶色の毛皮で覆われ、大きな耳が生える。やけにゆったりとしていた服が手早く捨てられ、身体が一回り大きくなる。


 俺も未だかつて見た事がなかった。それは、月夜の下でしか姿を見せない幻獣。竜と並んで語られることもある太古の異物にして、遺物。原初帰り。


 俺が西条の力を知らないのも納得だ。昼の学校では、彼女は無能力者に等しい。


「……人狼(ウェアウルフ)かよ……!」


 慄いてナイフを構える俺の目の前で。


 アォォォーン──


 遠吠え一つ、西条茜は嬉しそうに身体を震わせた。





 一呼吸だけ。


「蛇沢はどこだ」


 男の問いに。


「答えると思うか」


 女は応じない。


 支配者たちにそれ以上の言葉はいらなかった。


 ガキィンッ! と雷の剣と氷の剣が鍔迫り合う。力は竜胆恵稀(めぐまれ)の方が上。技術では椿(つばき)凛花(りんか)が勝る。キリィィィ、と竜胆の剣が受け流され、体勢が崩れたところにもう一閃。


「っ!?」


 竜胆は一度雷剣を消した。雷に実体はない。こういう芸当もできる。左手軸に持ち替えて、下から振り上げる様に椿の氷剣を迎撃する。


 意表をつかれて椿の判断が遅れた。ガキッ、と剣と剣とが打ち合わされ、下がらせられるのは椿凛花。


 吹き飛ばされた椿は地面に剣を突き立てて転倒を回避する。息が切れている様子もない。流石は卯の家の才女だ。


(氷の剣だよな……? 俺の雷で溶けないのか。一万度はあるんだが──これは、(ひつじ)紡愚(つむぐ)もただの法螺吹(ほらふ)きじゃあねェってコトか)


 雷に熱された空気は最大で三万度にも昇る。竜胆は剣として扱う上で安全性を高めるために少し出力を調整していたが、とても氷が耐えられる温度ではない。


「私たちの竜災(ディトラ)の弱点は」


 椿がだらりと剣を構える。


 五大元素を操る竜災。ぱっと見弱点などない様に見える、万能とも言える能力。基本のキを突き詰めた一種の完成形。


「身体から離れるほどに出力を落とすこと。無から有を生み出すことはできないこと。特に雷──静電気を操るのだったか。氷に覆われ、人の少ないここはさぞかし戦いづらかろう」


 静電気は湿度20°以下、気温25°以下で発生しやすくなる。気温はともかく、この修練場は湿度が高すぎる。人がいなければ摩擦も発生しない。


 これは口撃だ。下手に会話を続けたがるのは椿がまだ竜胆の底を見透かせていない証拠! さてどう返したものか。


「私たち、ってェのは面白い冗句だなァ〜」


 ぴくり、と椿のこめかみが疼いた。それだけで竜胆には十分だった。


 失態に気付いた椿がちぃっ、と舌打ちを一つ。


「『氷を操る』ってぇと、お前は氷を生み出しているのか? どこから?」


 今度は椿も表情を変えなかった。


 無から有を生み出すことはできない。事実だ。竜胆の使える電荷には限りがある。初手に雷撃を飛ばしたのは失敗だったか。


 しかしそれは椿も同じなのだ。本当に椿の能力が『氷を操る程度の能力』ならば。


 竜人の戦闘は敵の心を折る戦いだ。竜災の出力は当人のテンションに左右される。故に強い奴ほど、傲岸不遜の戦闘狂。


「どこで聞いたか知らないが、小癪な。力を見せた記憶はない……未家か。過去を遡る能力。別の世界線の私が下手を打ったか」


 選択肢の筆頭はそれだろう。未の妹は竜胆からしても底が知れない。


「認めよう。私の竜災は『温度を操る程度の能力(アイサーモメーター)』。卯の家の才女と言われようとも、私はただの竜人に過ぎん。これで条件は対等だな、雷を操る竜胆恵稀」


 これでようやく対等、ねぇ。


 負けず嫌いここに極まれりってな。心を折る戦いっていうのは、まあそういうことだ。まだ椿凛花の闘志は消えちゃいない。


 どころか、能力を隠す必要がなくなった。今まで『氷を操る』だけだった椿凛花の周囲が歪みだす。蜃気楼のような、視界が朦朧としたような。竜胆は目を擦った。


 椿の様子に、漏れるは歓喜の声。


「雰囲気変わったな……後先考えて戦ってない。今この瞬間を全力で──これでこそ竜人ってな! 龍崎への恨み辛みは耐えねぇが、この感覚は何にも変え難い……! これだけは感謝してやってもいい……!」


 竜胆もまた、調子(ボルテージ)を上げる。


 結局、何処まで行ってもその男は竜人で。恵まれた才能を遺憾なく発揮する戦闘狂で。


「私には三つの選択肢がある。触れた物体の温度を上げる、温度を固定する、そして温度を下げる」


 竜であることを捨てたかった女は、何かに抗うように、苦渋でも舐めしゃぶった表情で。お飾りの氷剣など放り捨てて。


「決して私に触れられるなよ。死にたくなければな」


 周囲の地形が変わる。ゴゴゴゴゴ、と椿凛花の周りには氷山が立ち並び、さながら氷の女王のようだ。さもあらん、温度を操るというのならそういう芸当も可能だろう。


 視界が埋まる。逃げ道が塞がる。氷の迷宮に囚われる。椿と竜胆とを結ぶ直線だけが、残される。彼我の距離は十メートルもない。これが最後の差し合いになると、直感が二人に知らせた。


「舐めるなよ、この竜胆恵稀をッ!」


 邂逅は一瞬。


 それで全てが決した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ