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塵芥のような矜持(6)

 その日から、蛇沢辰巳と竜胆恵稀の戦争は激化した。


 授業に出ないものが増えていった。勢力としては蛇沢と竜胆というより、蛇沢と反蛇沢と言った方が正しかった。蛇沢に支配されるより、竜胆の方がマシだと考えるものは少なくなかった。


 そうすると、竜胆は授業に出られなくなった。曲がりなりにも旗頭だからだ。竜胆が死ねば全てが終わる。蛇沢に逆らえる者がいなくなる。


 蛇沢は気楽なものだった。彼が授業に出ているから、竜胆派が少しずつ消えていったのだ。蛇沢に近付くと洗脳される危険がある。『人を操る程度の能力(パペット・マーケット)』はちょっとばかし強すぎる。


 最初の被害者、卯水凛花。


 彼女は家を勘当され、椿凛花と名前を変えた。裏で蛇沢家と卯水家でどんな取引がなされたのか知らない。一人娘を生贄に卯の家は何を得たのだろう。蛇沢は何を得たのだろう。


 どうでもよかったが、凛花の氷を操る力は、十全に蛇沢を守っていた。


 俺こと未紡愚はというと、平常運転だった。紬が何食わぬ顔で授業に出ているからだ。彼女がそう簡単にやられるとも思えないが、紡愚は姉を守らなければならなかった。生き延びるだけなら『未来を見る程度の能力(イマジナリ・トキシン)』は有能だ。


 教師もまた、平常運転。光ちゃんは規格外だ。蛇沢も手駒に加えたそうだったが、朝一でしっかりと釘を刺されていた。


「次に私に手を出そうとしたら、痛いくらいじゃ済まさないよ。思春期の竜人を纏める教師には、場合によっては殺害許可も出ている」


 正しい。規約にもある。竜人は時々力に呑まれる。竜角は膨張し、理性に歯止めが効かなくなり、ただ暴力を垂れ流すだけの廃人と化す。『竜に成る』、と呼ばれる事象だ。教師には、竜に成った生徒を鎮静する義務がある。


 誰もいない教室。俺と紬、蛇沢の三人を除いては。椿凛花も含め蛇沢派の生徒はいたが、彼らを人と呼んでいいものか? 自由意志はあるらしい。ただ蛇沢には逆らわない。洗脳の強度は幾ばくか、条件は何だ。全くもって俺にはわからなかった。


 嘘だ。異物が一匹、俺の隣にいやがった。


「なんでいるんだよ、クリム」


 クリム・ナーベリウム・ナーヴァ。真紅の長髪を靡かせる竜人は、当然の如く隣の机に座っていた。


「『万物の声を聞(オールライズ・)く程度の能力(リコレクション)』。記憶を読み取るなど容易い。介入こそできんがな」


 どうやって、ではない。なんで、だ。こいつもまた規格外の一柱。今更人の心象風景に参加してきた程度で驚かない。


「いやなに、話し相手になってやろうと思ってな。決戦を前に律儀に情報を洗い出そうというのだろう? 勤勉が過ぎるが、一人でやるのは苦痛だろう」


 ノイズ以外の何者でもなかった。あと心の声に勝手に返事をするな。


 介入できない、というのは本当らしい。俺に忍び寄る影は、クリムのことを認識していないようだった。


 忍び寄る影。すなわち蛇沢辰巳。


 今この教室でそんなことができるのはこいつを除いて存在しない。


「未家の長男。単刀直入に言うが、お前はどっちにつく? この学園で何を為す」


 蛇沢は、多分、厨二病ってやつなのだろう。たまに意味のわからないことを言う。幼くして異能を身につけてしまった弊害だ。俺は生暖かい目を向けた。


「いや、多分違うぞ」


 クリムの声もまた、蛇沢には届いていないようだった。


「授業中に席を立ってんじゃねぇよ。光ちゃんに怒られるぞ?」

「問題ないさ。椿が立体映像を貼っている。光ちゃんからは、俺たちが真面目に授業を受けているように見えているはずだ。何よりお前、休み時間は教室にいないじゃないか」

「不良生徒だな」


 氷って便利だな。光学迷彩だと? あとクリムはちょっと黙っててくれ。


 光ちゃんが気付いていないとは思えなかったが、干渉する気もないらしかった。彼女はいつものようにぼーっとした顔で黒板に字を書き連ねている。


 俺はため息をついて会話に応じた。


「別に、どちらにも。強いて言えば早く終わって欲しいくらいだな」

「だろうなぁ。しかしお前たちには意思がある。何者にも変えられない確固たる目的が、ある。この学園で何を為す。()()()()()()()()()()()()()()?」


 ぴくり、と俺の瞼が動いたのがわかった。動揺するな、未紡愚。これはただの記憶だ。


「……てめぇ、どこまで知ってやがる」

「ふ、ふふ。やはりくだらんな。お前たちは俺の手駒に加えるまでもない。未家を──干支の家を一つ潰した奴らがいると聞いていたが、こんなくだらない結末を迎える家も家か。子供の反乱、と言う時点で期待はしていなかったが」


 蛇沢はやたらと大仰な話し方をする。まるで舞台俳優だ。身振り手振りをつけながら、よく通る声で演説するように。


 この辺りで俺も蛇沢の力にアテがついてきた。肩肘をついて面倒くさそうに言った。


「そうかよ。そういうお前はどうなんだ? 少し派手にやりすぎちゃいないか?」


 蛇の者とはいえまだ一年生だ。あまり大事にすると上級生が出張ってくる。


 蛇沢は大袈裟に首を振ってため息をついた。イラつく仕草だ。こちらに落ち度はないのに無知を指摘されたみたいだ。


「俺が派手にやっているというのなら、それだけ竜胆が上手くやっているということだ。混沌は通過点に過ぎない。俺の求めているモノはその先にある」


 つまりだ、と蛇沢は声を潜めて言った。


「蛇の目指すところは、人類の幸福だ。競争のない、皆が皆自分の天命を全うすることができる世界。未はどうだったのだ? お前たちが滅ぼした家が何を目指していたか教えてやろうか? 時間からの脱却だよ。いわゆる不老不死だ。それを、お前たちが、くだらない感傷で潰した。俺はお前たちを軽蔑している」


 捲し立てるとも、怒鳴り散らすでもない。蛇沢の声はよく響く。静かに怒りを燃やしている様は嘘には見えなかった。


 これは、宣戦布告だ。俺はちらりと紬を見た。紬は、やはり興味なさげに、しかししっかりとこちらを見ていた。


「竜胆の次はお前たちだ。今のままではお前はともかく姉君には勝てん。いくぞ、椿」

「はい、蛇沢様」


 言い捨てて、蛇沢と椿は去っていった。


 俺はため息をついた。こんなこともあったなあと。蛇沢はいちいち心にクる言葉を残すのだ。仕草か、表情か発声か。静かに心を削られる。爪痕を残される。毒か、薬か。そんな異様な雰囲気が彼にはあった。それが先天的なものか後天的なものかは置いておいて。


 俺は再度ちらりと紬を見た。紬は少しばかり不服そうだった。


「お前たち、だって……私は別に、兄さんと仲間、ってわけでも、ないのに……」


相変わらずだった。このコミュ障め。


「そうだな。だが俺にはお前が必要で、お前には俺が必要だ。違うか?」

「……違わない……癪だけど……そうでなかったら、殺してる……」


 怖いことを言うな。実際にお前は俺を難なく殺せるんだから。


「それで良いのか? 蛇沢を放置しておいて」


 くすり、と紬は笑った。愚問だったようだ。返答はなかった。


 今はまだ、だって。戯言を抜かすな。蛇沢辰巳なんて紬の敵ではない。


 紬を殺せるってんなら殺してみて欲しいもんだ。止めないのかって? 止めるわけがない。


 それこそが、俺と紬の悲願なのだから。


「……心象風景の具現化。未来を見る? 過去を変える? ()()()()()()()()()()。お前たちが当たり前にやっているこの()()は明らかに竜人の域を超えている……」


 クリムが何か言っているが、聞こえないフリをした。


 俺は記憶を思い出す時、心の中で当時を再現することができる。風景や匂い、教室の隅に舞う埃の一欠片まで。


 できる、というか。この程度竜災でもなんでもない。誰でもできるもののハズだ。俺がたまたま、人間の限界を引き出せるってだけであって。

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