表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

塵芥のような矜持(5)

 これは、前の世界の記憶。


 別に俺こと(ひつじ)紡愚(つむぐ)が厨二病なわけではない。実際に俺は、愚姉未紬の奸計によって一度『過去を改変』し、新たな世界に降り立った。


 これは前の世界の、入学初日の話だ。


 賀竜学園は超能力者──竜人の集まる学舎だ。一般生徒も少なくない。が、派閥のトップともなると名のある家柄の者しか見なくなる。


 つまり、干支の名を冠する家だ。


 派閥ってぇのは、まあ同好会みたいなものだ。ただし強制加入。殺し殺され日常茶飯事、能力開発こそ至高にして絶対正義。そんな世界では、誰かに守ってもらうのが手っ取り早い。例えどんな代償を払うことになっても。


 うちのクラスには干支の家出身が四人いた。卯、未が二人、それから蛇。


 初日は荒れる。決めなければならないからだ。


 『誰がこのクラスの王か』を。


 ホームルームが終わって数分。もう今日は解散のはずだが、誰も席を立たなかった。嘘だ。愚姉こと未(つむぎ)がさっさと帰路に着いたが、誰も気付く者はいなかった。


 さて、この場には総勢29名の能力者がいるわけだが、最初に口を開いたのは女だった。


「……この学園について、説明は必要あるまい」


 女が席を立ち、教壇へと進む。銀髪を靡かせながら歩む一挙手一投足には品性があった。雰囲気があった。女は生まれながらの支配者だ。


「派閥ってぇのが、あるんだってなァ。俺たちは決めなきゃならねェんだ。誰がこのクラスを仕切るか」


 答える声もまた、傲岸不遜。金髪金眼、粗野な口調の青年もまた、人の上に立つべく生まれてきた。


「私は卯水(うすい)凛花(りんか)。発言するなら名を名乗れ、下郎」

「おいおい下郎ってェのは俺のことか? まだ初対面なのに随分と舐められたもんだなァ!」


 バチッと光が舞う。一瞬すぎてこの時の俺には何が何だかわからなかった。だが、卯水と名乗った女は身を屈めて避け切ったようだ。背後の黒板が硝煙を上げている。


「……チッ」

「あ〜いさつだ、キレんなよ。俺は竜胆(りんどう)恵稀(めぐまれ)。ところで……」竜胆は周囲を見渡した「おいおい拍子抜けだな。参戦するやつァ俺たちだけか? このまま始めっちまってもいいが、少しだけ待ってやろう。『王様』に立候補するやつがいたら名乗りを上げろ」


 しん、と一瞬場が静まり返り。


 次の瞬間、誰もが一斉に名乗りを上げようとして。


 声を上げた先から竜胆恵稀に撃ち落とされた。


「俺は渋沢えガハッ!!」

「私は松宮ちさキャッ!」

「俺は」

「私はっ」


 何度も見ると分かる。雷だ。竜胆恵稀の竜災(ディトラ)は『雷を操る程度の能力』! 凄まじい練度だった。威力もスピードも、見る限り燃費も良いらしい。


 卯水凛花が生まれながらのカリスマで人を支配するのなら。


「んっん〜」


 竜胆恵稀は生まれ持った恐怖で以って人の上に立つ。


「……あなた」


 鼻唄を歌いながら惨劇を繰り広げる竜胆に、見かねた卯水が声をかけた。


()()()()()()()()()()()


 切り捨てる言葉は、雷撃と同じ重さで以って卯水を黙らせた。


 そう、卯水凛花は神速の雷撃を、しかも初見で見切って見せたのだ。それも竜災による自動迎撃とかではなく、単純な身体能力で。


 不意打ちとは言え二度目三度目だ。今も竜胆は竜災(ディトラ)を見せびらかしているというに。


 この程度凌げなくては『王』足り得ない。


 10人も焦げたところで名乗り出る者はいなくなった。まだ一年生だ。竜胆恵稀は強すぎる。人生を賭けている。俺たちとは住む世界が、見えてる景色が違う。そのような気迫を、上機嫌に振る舞う竜胆からは感じた。


「雷、竜の系譜……思い出した。あなた、龍崎の拾い子ね。一体どれだけの修羅場を潜ったら、その歳でそれだけの力を……」

「お互い様だろ、卯の家の才女」


 バチッと再度電撃。卯水はまたも屈んで避けた。


 が、ぐいん! と雷の軌道が変わる。着弾の直前、まるで卯水に吸い込まれるように斜め下に曲がった。


「!?」


 目を見開いて卯水が手を翳す。着弾、轟音。煙が多い。雷が物を焦がしただけではこんなに蒸気が溢れない。


 何が蒸発したかっていうと。


「……氷か。奇遇だな」


 氷の礫が卯水の周りに漂っていた。蒸気は氷の盾が雷と相殺した結果のモノだったらしい。


 『氷を操る程度の能力』。流石卯の家の才女は洗練された竜災(ディトラ)を持っている。


「気が早いのね。私は何も今日この場で王を決めるつもりはなかった。一つのクラスに二人の王がいるところも珍しくないわ。簡単な自己紹介のつもりだったのだけれど──」

「言い訳か〜? 氷と雷は相性悪いもんなァ!?」

「──恐怖での統治は長くは続かないのよ!」


 構わず襲いかかる竜胆。挑発には乗らず、周囲を気にしながら応戦する卯水。


 いつのまにか、教室の真ん中に奇妙な(サークル)が出来ていた。誰もが巻き込まれたくはなく、机や椅子を破壊されてはたまらないから、一緒になって壁際に散ったのだ。


「長く続かないなんてェのは分かってンだよ! だが手っ取り早い! 上級生に掠め取られっちまうのが一番興醒めだろ!」

「私はっ! ただ、皆んながなるべく安全に過ごせるように──」

「安全のために何を支払う! 何を貪られる! 卯の家だったら分かるだろう? 俺たちがどれだけ弱者を弄び、自分のことしか考えてないかを!」

「──ッ!」


 卯水は言い返せない。当然だ。事実なのだから。


 未家は少々特殊なので何とも言えないが、能力開発は時に凄惨な犠牲を伴う。


 例えば『血』を操る場合は、臣下からは血を要求するだろう。当然だ。


 だが、安全のために血を差し出したら最後、『王』の気まぐれでいつでも全身の血管を爆散させられるようになり、都合の良い捨て駒として馬車馬の如く働かせられるようになったら、どうだろう。


 『血』のようにわかりやすい贄ならばまだ警戒の仕様がある。だが竜災というのは千変万化。聖人を気取る卯水もまた、今までどれだけの人間を氷漬けにしてきたのだろう。


 何故って? 竜災ってのは結局人殺しの道具だからだよ。これは人間に繁殖力に劣る竜人の──種としての進化の末に導かれた暴力の結晶だ。竜災は悉く他者を傷つけることに特化している。


「俺が王になった暁には! 守ってやる。慈しんでやる。ただ俺と敵対する奴は許さない! 俺ァ能力開発(じっけん)は龍崎の家で間に合ってるからなァ……何を要求するコトもねェよ。ただ、頭数が足りないんじゃ守りたいモノも守れない! 手の届く範囲を広げたい! 俺にはどうしても守りたい奴がいる……!」


 雷を体術を駆使し、そして意外にも円の外の人間には被害が出ないように卯水を追い立てながら竜胆が叫ぶ。


 だが、卯水もまた竜人。譲れぬ矜持の一つや二つくらいある。


 氷の礫が竜胆に向かう。何なく回避した矢先に卯水の右拳が迫る。これも上体を右に傾け回避した瞬間、卯水の右拳が開かれる。


 拳の中に隠してあったのは氷の礫だ。ぴゅん! と加速した礫が竜胆の眉間に直撃する。


「あがっ!」


 体勢を崩した竜胆にすかさず足払いを繰り出し転かす。流れのままに卯水は氷の剣を作り出し、大上段に振り下ろそうとしたところで──


「ちぃっ!」


 ──動きを止める。


 尻餅をつきながら、竜胆の右手が、銃を作るように卯水に向けられていた。


 互いに身動きが取れなくなった。果たして卯水が剣を振り下ろすのと、竜胆が雷を射出するの。どちらが速いのかは、恐らく両者にもわからない。


 膠着状態ってやつだ。


「……お前の守りたいモノとは何だ」


 口を開いたのは卯水だった。剣は下ろさない。返答によっては斬る。剣呑な目が告げていた。


「女だ」


 竜胆は即答した。卯水は苦虫を噛み潰すような、安堵するような微妙な表情をして。


 剣を放り捨てる。それから片膝を立てて、まるで臣下が王に忠誠を誓うように、竜胆の軍門に下った。


「……あいわかった。お前の目指す世界は私の理想と競合しない。私はせっかくの縁でクラスメイトになれた人たちに、平穏無事に過ごしてほしい。そのためならば、今いっとき、お前に王座を譲らないこともない」


 恐らく、竜胆の夢は王にならなければ叶えられなくて。


 卯水の理想は、別に王にならなくとも達成しうるものだったから。


 始めから、卯水の目的は竜胆の器を測ることだった。そして、竜胆は卯水の眼鏡に適った。口調こそ粗野だが話のわかる男だ、と。


 図らずとも始まった決闘は、決着のつかぬまま、卯水の納得によって終焉した。


 片膝を立てて首を垂れる卯水に、竜胆が満足げに微笑みながら立ち上がった。いまだ立ち上がらぬ卯水に竜胆が手を伸ばした時、だった。


 あっけらかんと。


「面白くないなぁ」


 呟かれた声は、不思議とよく響いた。


 ザシュ、と竜胆の腹に穴が開く。


「あ"?」

「竜胆くん!」


 女が前に出る。青髪のフードを被った女だ。女に半身を支えられながら竜胆が呟く。


「こ、れ……氷? 卯水、てめぇ……!」

「違う、私は──」


 血に塗れた手を目の前に翳しながら叫ぶ卯水。


「──え?」


 自分の手を見つめる卯水。そこでようやく気付いたようだ。出血は、卯水のものではない。身体に痛みはない。ならば何だ? 何が竜胆の腹を貫いている?

 血に塗れた世界に、理解が追いつく。


 氷の杭が、竜胆の腹を貫いている。


 人外の技術、すなわち竜災(ディトラ)。術者は一人しかいない。


「きゃああああああああああ!!!!」


 卯水は、発狂した。自分のしでかしたことに気が触れたのか、それとも頭を弄られたか。


 含み笑いが聞こえた。


 ふ。ふふ。ふふふふふハハハハハ


 まるで反響音のようによく響く。催眠にでも掛かっている気分だった。非現実味のある、そこは非日常だった。


 ふわんふわんと現実感のない舞台で、円の中心に進み出た男が謳う。


 中性的な男だ。金髪を長く伸ばしているから、後ろ姿だけだと男か女かわからない。にやけ面によく似合う気持ちの悪い声だった。


「俺の名前は蛇沢(へびさわ)辰巳(たつみ)。まったくどいつもこいつも平穏だの女だのとくだらないなぁ……竜人の本質は他者を傷付けることにある。知ってるかぁ? 原初の竜人は、ただ他の人間より身体能力が優れているだけだったようだ……」


 バチッと雷が舞う。竜胆恵稀だ。ただし当たらない。避けているのではなく、当たらない。蛇沢は何もしていないのに、竜胆の雷は悉く空振った。


「ちぃっ!」

「話の途中だ、手負いの獣よ。その様では満足に力も出せんだろう?」


 事実だったのか、竜胆も黙った。


「君の雷もそうだ。太古の竜人が人間の脳──電気信号に着目し、それを拡張することで至った境地だ……血や水なんかはもっとわかりやすく進化の系譜を辿っているな。とすると異質なのは過去や未来を操る概念系だが、干支の家は人外の最先鋭だ。きっと『蛇』の俺にはわからぬ道理が働いているのだろう……。つまり、何が言いたいのかというとだ」


 氷の槍が宙を舞う。蛇沢を守るように展開される数十本の槍は、次の瞬間、一斉に周囲に射出された。


「卯水ちゃん、なんで……」


 肩を貫かれた見知らぬ女が、どさっとそのまま倒れた。


「う、うわあああ! 何で俺をっ」

「ぐっ!」

「きゃああああああ!」


 そこから先は正に惨劇だった。卯水凛花は意識を失っている。間違いない。うつ伏せに倒れているから周囲が見えているハズもない。


 だというのに、無数に降り注ぐ氷の槍は正確無比に生徒を捉えている。遠からず反撃する生徒が現れ出した。氷を弾き、術者──蛇沢に反撃しようとする。


 雷が、水が、風が、原理もわからぬ不可視の斬撃が、全く蛇沢に届く様子がない。攻撃そのものが意思を持って避けているようだった。


 無数の竜災に晒されながら──蛇沢は舞うように踊った。


「……良い、良いね。混沌の戦争こそが俺の望むべくところだぁ……もっと俺に力を魅せろ。その後で、配下に加えるか否かを俺が選んでやろう。俺の竜災は──」


 曰く。


「──『人を操る程度の能力(パペット・マーケット)』」


 バチッと竜胆の頭が弾けた。竜胆も意図してない様子だった。腹の深傷は先ほどの少女が応急処置をしている。竜胆はもう戦線離脱したと言って良い。


 蛇沢が称賛するように言った。


「ふむ。やはり電気信号を御する貴様とは相性が悪いな。雷による自動迎撃──よく練り上げているが、傍らの女の方はどうかな?」

「てめぇ!」


 俺はここでそぉっと教室を抜け出した。紬よろしく、隠れ潜むことにおいて俺の右に出る者はいないからだ。これ以上ここにいても、得られる情報と危険度が釣り合っていない。


 こうして、竜胆恵稀と蛇沢辰巳の最初の戦争は、蛇沢の勝利で幕を閉じた。

『過去改変後』の入学初日では、英水樹が一人で(つまり1vs27(竜胆含む)(未2人を除く))蛇沢辰巳に勝利し事態は収束。

以後蛇沢は『混沌』のために暗躍しますが、英においそれと手出しできない状況に。

そのため、現在蛇沢を危険視しているのは竜胆くらいです。英さんいるし大丈夫でしょ、みたいな。竜胆だけは野生の勘でクリムには何かあると思い、先立って蛇沢を殺そうとしています。普通に虚仮にされたのが癪だっただけかも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ