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塵芥のような矜持(4)

 俺は逃げた。


「おいお〜いィどこ行こうってんだよォ。お前が言い出したことだろ、協力するって」


 しかし、竜胆恵稀からは逃げられない! 


 肩をがしっと掴まれて俺は震え上がることしかできない……


「……だ、大体話したハズだろ。ご期待には添えましたか〜ってな。これ以上何をしろってんだ。追加給金を要求するぞ」


 腕を払いのけ、振り向いた先には竜胆恵稀と──おや、珍しい顔だな。クリム・ナーヴァがいた。珍しいついでに俺は足を止めてやった。


「いや何、お前は想像以上に使える。流石は干支の家ってとこか。英とも話が合うだろう。あいつは──昔から、対等になれるやつを探してる。本人は責務だ道徳だ言ってるけどな」


 どこか遠い目をする竜胆。これは──諦観か? この男もこの男でだいぶ拗れた人生観を持ってるようだな……まあ、あんな天才が隣にいたら気も休まるまい。


「……そんな大層な能力を持ってはいないが──詮索はするな。俺が手伝うのはこれっきりだ。俺も人死が出るのは好きじゃない」

「嘘つきめ。だが嫌いじゃないぜ」

「うるっせぇな」


 勘がいいのが腹立つんだよな。粗野な見た目の癖にインテリぶってんじゃねぇよ。


 ここ数日竜胆と過ごしていくつか気付いたことがある。まあ、大体竜胆の人柄なワケだが──まず、英に負けず劣らず勘が良い。頭が回るというより、野生の本能のような。伊達に幼馴染をやっていない。


 そして、こいつは意外と感情に流されない。激情する時は意図的に──まあ、能力を増幅させるためだろう。


 俺が知ってる竜胆恵稀は、触れるもの全てを傷付けるような雰囲気を持っていた。やたらとピリピリしていて、それ故の怖さや危うさがあった。


 きっと、廃人となり生きる気力を無くした英を守るために気を張っていたのだ。明らかに人生を捧げていた。そうとしか思えない気迫があった。だから、今現在のフランクなこれが素の性格のように思えた。


 つまり、多少雑に扱っても問題ない。


「そういえば、聞きたかったことがないでもない。なあ竜胆、英を使わないのは何故だ?」


「……使う、ね」少し目を細めて「別に、特別な理由はねェよ。あいつが居ると蛇沢は手段を選ばなくなるだろう。そうなれば俺の手に負えるか怪しい」


 嘘つきはどっちだよ、と俺は思った。素直に巻き込みたくないと言えば良いのに。


 そういえば、前の世界でも特に英が何かした記憶はない。せいぜいが諜報くらいか。


「あとは、こいつだな」


 竜胆は側のクリムを親指で示した。クリムはきょとんとした顔をしている。


「蛇沢は控えめに言っても頭がおかしいが──こんな執着をみせたのは初めてだった。こいつには絶対に何かがある……これは勘だが……心当たりは本当にないんだな?」

「ないよ」


 クリムは親指をつんつんして遊びながら言った。


「蛇沢何某とは初対面だよ。だが──向こうにとってどうかは知らぬ。瞳を見ただけであれだけ読み取れるとは到底思えぬからな」


 そういえば、蛇沢、何か妙なコトを言っていた。クリムが人間じゃない、とか何とか。


 心を読める奴が何を不確かなコト言ってやがる。はっきりしやがれやとクリムを睨んでいると、


 ふ、と、クリムが笑った気がした。


「軽々に力を示すなと、教えてくれたのは貴殿だったかと思うが?」

「ちっ。プライバシーの侵害だ。勝手に返事をするな」


 大方、面倒な制約でもあるのだろう。心を読むためにも、声を聞かせるためにも。何らかの理由で蛇沢の心を覗けていない。


 それとも制約なんてなくて、黙っているだけか。情報を出し渋ってやがるのか? 前までのクリムでは想像もできない行為だ。


「おいおい、私たちこそ初対面だろう? 初めまして、未紡愚。前までの私、とやらはどんな性分だったのかな」


 意地悪く笑うクリム・ナーヴァ。


 だが──


「ああ、初めましてクリム・ナーヴァ。ところで、竜胆にはもう力を伝えてあるのか?」


 ──詰めが甘いな。俺たちの会話を聞いている竜胆恵稀という男は、恐ろしいほど勘が良い。


「おお、お前らは顔見知りだったか。今日は顔合わせのつもりだったがだったら話が早いな。ところで──クリム、お前は人の心でも読めるのか?」


 ほらな、大体全部を悟られてやがる。


「む、むぅ。概ね間違ってはいない。そうか、隠し事というのは難しいな……」


「間違ってはいない、か。正確でもないんだな? 心を読む……副次効果として、心に介入、侵入──蛇沢とおんなじこともできるのか?」


「む、むぅ……!」


 俺は爆笑した。睨むな睨むな。


 変な空気になった。俺が笑うのがそんなに珍しいか?


 咳払いを一つ。うぅんっ。


「クリムがいるならま〜英無しでもいけるだろ。というかそいつ一人で良くね?」


 竜胆がちらとクリムを見た。おお、ここからがやっと本題か。


 にやり、と笑って。


「蛇沢の根城が見つかった。お前の言葉通りに奇襲を行う。取り巻きなんか相手にしていられない。本丸を討つ。そして──奇襲ってのは早い方が良いよなァ? 戦える奴が少数で。これもお前が言った通りだ……」


「あ、ああ……」


 嫌な予感がした。話が見えない。


 話が見えないというより、話の着地点が見えない。この場を切り抜ける方法がわからない。俺が首を縦に振るとでも思っているのか? それとも何か別の妙案でもあるのか──


 ──いや、力尽くに決まっている。これ以上竜胆に喋らせてはいけない。俺は逃げた。


「おいおい、どこ行くんだよォ?」


 ガシィっ、と肩を組まれた。耳元で囁くニヤケ面が不快この上ない。


「正直、信用できる人間に困っていてな。蛇沢の護衛が椿一人とは思えない。三人は欲しい。未、お前は結構戦えるらしいじゃねェか?」

「断る!」


 俺は断固拒否した。ぱっと腕を振り解いて距離を取る。成り行きで竜胆に協力してこそいるが──直接蛇沢と対峙するとなると話が変わる。


 俺はそんな死地に好んで向かいたいわけじゃない。


「だろうなァ……だから、俺も手段を選ばないことにした」


 にまァ、と竜胆が笑う。蛙を睨む蛇のように。


「ここで俺らに殺されるか、従うか。まァ、好きな方を選べや」


 バチィッ、と飛来した電撃を。


 俺は紙一重で『否定』する。


「ってめぇ……!」


 放課後。校庭。周囲に人の目はない……ご丁寧に人払いを済ませてやがる。クリムの仕業か?


「私の要望でな。今一度、貴殿が本気で戦っているところを見てみたかった」


 信用できる奴、とは。


 蛇沢の能力に抵抗できる奴、という意味だろう。転校初日のクリムはもちろん──俺も、その条件には該当する。


「……本気で殺るぜ、構えろよ」


 竜胆の目は、好奇心と嗜虐欲に塗れていた。


 ああ、これでこそ竜人。


「……くそっ!」


 吐き捨てて、俺は逃亡を図った。





 しかし、竜胆恵稀からは逃げられない!


 冷静に考えて雷の速度で移動する奴から逃げられるワケはなかった。もうお前一人で良くね?


 竜胆は全身で発電しているみたいだった。髪は逆立って金髪になり、身体能力も格段に上昇しているらしい。


「手段をっ、選ばないとかいうならっ……英を使えよ!」


 四方八方から襲い来る竜胆。それを紙一重で捌きながら──時折飛来する雷撃を『否定』する。


「ハッハ──ッ! それができたら苦労しねェよ! あいつの意思は時に亀よりも固ェんだ! 一度こうと決めたら梃子でも動かねェ!」


 互いに徒手空拳。しかしジリ貧だ。身体能力で勝る竜胆に分がある。猿でもわかる簡単な道理だ。


 まだ俺が生きながらえているのは──単純に、能力のおかげだ。生き延びるコトに懸けては、俺の右に出る者はそうそういない。


不殺(ころさず)誓い(ギアス)、かっ……! 確かにあいつは──蛇沢であれ殺せないだろうな……! それがっ、被害を最小にする方法だと、分かっていても……!」


 もう2年生になるというのに、未だ蛇沢が放置されているのがその証拠だ。竜胆だったら一月でコトが済んでいる。


 一瞬だけ、竜胆の顔が綻んだ気がした。その隙に俺は『検索(ソート)』する。


 一瞬で、膨大な量の『並行世界(パラレル)』を観測する。未来というのは過去と違って一つではない。無数の選択肢と、結果が混在している。


 これが俺の『未来を見る程度の能力(イマジナリ・トキシン)』──


 見る、ということは。


 観測するということは。


 本来無数に存在する未来を、確定させるという行為だ。


「おろっ」


 たった一つだけ存在する未来を、掴む。


 俺という観測者の存在によって、本来何万分の一の確率で起きる未来を、確定させる。


 俺は竜胆の右ストレートを右に躱し、返す刀で足払い。重心がほんのちょっとでもズレたか、そのまま竜胆は転倒する。


 『未来改変(パラレルアウト)』。俺の力の一つ。ほんの少しでも可能性が存在するのなら──それを実現させる異能(ディトラ)


 すっ転んだ竜胆に構わず、俺は最速で背を向けた。逃亡だ。だがすぐに無意味だと分かった。


 いつのまにか目の前には竜胆恵稀が立ちはだかっていた。ついさっきまですっ転んでただろうがよぉ……!


 速度で圧倒的に負けている。俺が竜胆から逃げ延びる未来は──ない。


「……思ったよりやるな。格闘もできるのか」


 ちぃっ。だが会話でこの場が収まるなら、それに越したことはない……


「ズルしてるんだ。俺は小物だよ」


 そう。俺はできるコトを実現するだけで、できないコトはどう頑張ってもできない。


 俺の拙い格闘術で竜胆に喰らい付くことはできても、圧倒し、勝ち切ることは決してできない。


「この行為に何の意味もないって分かってんのか? お前は俺に協力して欲しい。なのに俺を殺すと言う。殺しちゃったら本末転倒だろ」


「ああ。だからこれは、お前の心を折る戦いだ。俺と蛇沢、どっちが怖いよ。俺に屈しないってコトは、蛇沢の方がお前にとっちゃ厄介ってコトか? つまり、俺はこのままでは蛇沢に勝てないか?」


 それを考えるのは俺の仕事ではない。俺は必要な情報を竜胆に渡した。それ以上でも以下でもない。


 だが、しかし。信用できる人間、か。


「……お前は俺を殺せない。損得計算でな。怖い怖くないとかの話じゃあないだろ」


 竜人が。狂った戦人(いくさびと)が。真に信じられるのは、己と己の拳だけだ。


 だから問う。竜胆は、己の信条に懸けて俺を測る。俺の真意を、見定めようとしている。


 すなわち。


「? だから言ってるだろ、本気で殺すって」

「イカレポンチがよぉ〜ッ!!」


 この俺を()()()に使うつもりだ、こいつ!


 どうしてこうなる。俺は今の今まで目立たず騒がず、影を潜めて暮らしてきたハズだ……!


「正直なァ〜、前から気になってはいたんだぜ? お前は──()()だった。無能力にも見える。俺も一匹狼やってたからわかるんだが……この学園で一人ってェのは、針の筵だ」


 殴打。また格闘か。俺と竜胆の技量差は殆どない。一方身体能力の差は歴然。


「普通なお前が、どの派閥にも属さず、無事で一年過ごしている。コレは十分異常なコトだ……」


 だが、戦いというのは攻め切る側が非常に難しい。圧倒的な実力差がない限り、そう簡単に決着はしない。


 そして、守りに徹するのであれば俺はいくらでも可能性を掴み取れる。攻防が破綻するまで──あと二分ちょっとか。


「お前とっ、俺ではっ、前提条件が違う! 俺は腐っても未家の人間だ……手を出そうにも出せないやつもいるだろう……!」


 蹴り。殴り。足払い。それを丁寧に捌きながら俺は反論した。一々殺意が高ぇ!


「俺ぁ大して強くねぇ〜んだよ! 目ぇ腐ってんのか、これだから幼馴染一人救えないやつは!」


「ハッハ──ッ! 今ならまだ許してやるぜ! それとも──やっぱり俺に殺されるより、蛇沢と戦う方が怖いのか?」


 違う。能力には相性がある。俺は底の見えた──『否定』しやすい相手にはめっぽう強い。竜胆は俺に力を見せすぎた。まあ防戦一方ではあるが……


 対して蛇沢だ。これがわからない。抵抗(レジスト)はできている。俺はいたって正常だ。だが、明確に能力を『否定』できた記憶はない。


 『人を操る程度の能力』──俺は、未だその全貌を把握できていない。何が発動条件(トリガー)かも分かっていない。最悪目と目を合わせたら一瞬でゲームセット、ってのもあり得る。


 一分、経った。竜胆が痺れをきらした。身体能力ごり押しじゃあ埒が開かないと判断したか、遠目の距離から雷を放つ。


「!?」


 驚愕に見開かれるは竜胆の瞳。


 雷は、俺の目の前で霧散した。まるで別の何かに──避雷針でもあったか──吸い寄せられたように。


 『現在否定(パラディオン)』──未来改変の応用だ。未来を観測し、それによって逆説的に現在を確定させる。


 たまたま、近くに雷を引き寄せられる物体があって。


 たまたま、竜胆は能力の制御を誤って。


 たまたま、俺は無事で済んでいる。


 ほんの少しでもその可能性がある限り、俺は現在(いま)否定す(生き)るコトができる。


「……か、ハ……!」


 雷が向かった先にいたのはクリムだった。直撃したのか、制服もろとも焼け焦げている。転校初日とおんなじだな。替えはあるのか?


 『万物の声を(オールライズ・)聞く能力(リコレクション)』──それは()()()すらも聞き届ける。


「おいおい、何しやがった。蛇沢に増して得体が知れねぇな」


 答えたのはクリムだった。ゆらり、と幽鬼のように立ち上がり、見た目はぼろぼろの状態でクリムが呟く。


 まるで体重を感じさせない動きは不気味だが、その口元は楽しげに口角を上げていた。


「……いや、()()()()()()()()()よ……本当に、何もしていない……」


 正解。俺は何もしていない。


 ただ運が良かっただけだ。偶然に偶然を重ねて、俺は生きながらえている。


「あっ、そ」


 もう一分、経った。


 興味なさげな声と共に、竜胆の顔から表情が消える。顔の血管(リミッター)切れる(外れる)音がした。


 激情する時は、意図的に──


「……『雷神(ゼウス)』か」


 ──そして、今の俺にコレを防ぐ術は、ない。


 俺は諦めて後ろに倒れ込んだ。大の字に寝て降伏を表明(アピール)する。


「降参だ! 俺の負け! 煮るなり焼くなり好きにしろ! だが覚えておけよ、今回だけだからな……!」


 この未来は、どうしても変えるコトができなかった。ここまで引き伸ばしたのは気まぐれというか──最後の抵抗みたいなモンだ。


 俺の力は、できないコトはとことんできない。普通の人間の手が届かないコトは、何も。


 常に最適解を選べるとはいえ、人外蔓延る魔境ことこの賀竜学園では、何とも頼りない能力だというに。


「……あー、分かった。お前の気持ちはよく分かった。だけど──」


 竜胆は、申し訳なさそうに言った。


「──雷神(コレ)、一度発動したら止められないんだよな」

「はあ〜〜?? ふざっけんなよ!!!」


 知ってたけどな! 未来視で!


 予定通り、クリムに何とかしてもらった。もうあの娘一人で良くないか? 

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