塵芥のような矜持(3)
ホームルームが終わって後。教室から出ようとする少女を見咎めて、俺──未紡愚は詰め寄った。
「待てや。お前、何か俺に言うことはないか?」
少女──未紬。未家の最高傑作にして謀反者は、気だるそうに肩に置かれた手を払った。
「……何もないけど」
「馬鹿が。てめぇ……こうなることがわかって改変したのか……? 英の母親を生かしたのは善意か、気まぐれか? それは俺たちに本当に必要なことだったか?」
時旅の目的を俺は知らない。紬が賀竜市の治安維持なんかに興味がないことはわかっていた。大方能力の実験とか、過去改変の試行錯誤とかだろうと思っていた。
だが今回はだいぶ毛色が異なる。十年近く遡る時旅も初めてだったし、改変を──部分的にとはいえ──そのまま行ったこともそうだ。
少女は素知らぬ顔のまま。目を眇めて心底どうでも良さそうな顔をしていた。
「……あんまり、捲し立てないで……。私には未来は見えないわ。誰かさんと違って、ね……」
「だが兆候は見えたハズだ……! 英水樹の救済──覚醒は、竜胆と蛇沢の抗争を遅延させるだけだってな……!」
やはり、どうでも良さそうな顔で。
「そして、結果も違う、よね……。竜胆恵稀は、万全の態勢じゃない。本人の能力はともかく、動機も、人脈──派閥の大きさも、前回より劣っている……」
でも、と。
「私には、関係ないよね……? 私は死なない──デメリットなし、ノーリスク……ただ水樹ちゃんを助けただけ……」
俺は行きどころのない激情をどこにぶつければいいのか分からなくなった。道理を見出してしまったからだ。
それを自覚してしまった以上、これより先は意味のない言葉の羅列に成り果てる。
「ちぃっ……! お前はいつも言葉が足りないんだよ、ばか姉が! 俺が責めてんのは説明なしなトコロだ……ああくそ、八つ当たりだよ!」
英水樹は使える女だ。恩を売っておいて損はない……あの一件──母親を生き返らせたことで今後英は全面的に協力してくれるだろう。それは大きなメリットだ──危険度さえ度外視すれば。
そして、紬にとって危険度など無いに等しい。塵芥の夢。泡沫の現。こいつは今に生きているようで生きていない。ヒトの身で、紬はもはや夢魔の類と言って差し支えない存在に成りつつある。
つまり、俺だけが負債を背負っている状態ってわけだ。紬に当たったのは徒労だったな。冷静さを欠いている、のか……?
○
「残念だけど、私は動けないや。竜胆くん──めぐみに手を出すなって言われちゃったから。私、廃人みたいになってたことがあるって話したっけ? 前の世界線での話だけど、だから、その時助けてくれためぐみには感謝してるんだ」
遠い過去を思い返すような目で。
「……」
「毎日、反応も返さない私に会いにくるんだよ、めぐみ。だからその意思はなるべく尊重してあげたいんだけど──ただ、人死が出るのだけはダメ、だと思う」
そんな悲しいことを言うな。
「……元傍観主義者が随分と驕ったな。記憶のせいか? 随分と方針が変わったことで」
「変わってないよう。……大いなる力には、然るべき責任が伴うってだけ──私は昔から役目を探して生きている。果たすべき義務を、倣うべき道筋を辿ってるだけで、決して哀憐とかじゃあない──驕っていると言われれば、そうかもしれないね」
英水樹に真面目な話は似合わない。少なくとも俺と彼女の関係性の上では、そうだ。
やはり徒労に終わった会話に、俺はきちんと落胆を隠せていただろうか。
「果たすべき義務とか言うなら、英はさっさと伴侶を見つけて子供を作るべきだな」
「ふぇっ?」
「当たり前だろう。突然変異、歴史のない家柄だ──が、才能はある。絶やしてしまうには勿体無い。お前はいつまで他者を守るつもりだ? 一年か、十年か、それとも死ぬまでか? じゃあ英が死んだ後はどうする? 果たすべき義務と言ったな。思想ってのはそういうもんだろう」
「あっ、う、うぅ……私が言ったのは、力に相応しい責務をってこと! そこまで行ったら管轄外だよ、手に余る!」
「冗談だよ、冗談。でも嘘じゃあないぜ。この学園は干支の家にとっちゃ大規模なお見合いみたいなもんだからな──竜婚って知ってるか?」
「……し、知ってるけど、もう結婚の話やめようよぅ……」
「俺は死人を出さないのは無理だと思う」
「今度は切り替えが早すぎる!」
そんな感じに英と駄弁っていたところ、竜胆恵稀がやってきた。心なし不機嫌そうに見える。やはり蛇沢の件で虫の居所が悪いのだろう。
「てめぇ、何してる」
何、と言われても。こちとら生き残ることに必死なもんで、手段は選んでいられない。英の協力を得られたのならだいぶ楽だったのだが──そういえば、なんでこいつは縛りプレイで蛇沢とやり合おうってんだ?
「何って、別に、普通に話してただけだよ」
俺の返答は竜胆のお気に召さなかったらしい。口元が歪んで周囲に電気がパチパチ鳴っている。
教室の只中で能力を見せびらかすなんて、これだから恵まれた奴っていうのはいけない。俺は早々に退散することにした。
「待て」
だと言うのに呼び止められた。さてどうするかな。
俺は正直竜胆なんかと関わりたくない。強いってのは、それだけ面倒ってことだ。生徒同士のいざこざに教師は関与しない。死人が出ることもある。英は──まあ、成り行きだが、俺は竜胆の人間性な部分をよく知らない。関わらないに越したことはない。下手に仲良くなってからでは遅いのだ。
だが、俺はこの世界線の記憶が怪しい。いや、記憶自体はあるんだが、どこまでが正史でどこまでが前回の世界か、あやふやなところがある──すり合わせはどこかで行わなくちゃならない。現状は正確に把握しなければ。
というか、呼び止められた時点で関わらないのは無理だな。
「お前、干支の──未だったか。水樹とそんなに仲が良かったか……?」
あっ。
そうだ。俺は今まで、決して強いやつらと関わろうとしてこなかった。当然英水樹ともだ。
そんな俺が英と仲良く話してたら誰だって不自然に思う。
英と目が合った。英も英で、やっちまった〜みたいな顔してやがる。隠し事下手かよ!
しまった、と思って竜胆に視線を戻すが、一層不機嫌になった様子だった。英と視線で意思疎通──以心伝心ってやつだな。それが気に障ったらしい。
「いや、違うぞ、竜胆。お前は勘違いをしている」
「勘違いィ? おいおい……別に話すなとは言わねぇよ? クラスメイトだからなぁ〜。けど、だったら俺とも仲良くしてくれるんだろうなァ?」
怖い。怖すぎる。適当に茶化してさっさと逃げたい。おいおい嫉妬か〜男の嫉妬ほど醜いモノはないぜハッハッハ、的な。駄目だ殺される。
「違うの、私が相談してたの! めぐみ、私には手を出すなって言ってたでしょ。でも、勝算はあるの? 相手はあの蛇沢辰巳だよ」
ナイス! 流石に頭が回る! 綺麗に話を逸らしてる。流石は可愛い、賢い、可愛げがないの三拍子揃った天才少女だ!
「だから何でこいつなんだよ。せめて妹の方だろ」
だから姉だって。
「そ、れは〜、紡愚くん、結構強いから?」
言い訳が苦しすぎる……っ! このクラス俺より地味なやついねぇだろ! 英って地味にポンコツなんだよな……変なところで可愛げを出すな!
「紬愚くん、ね。随分と仲が良さそうだなァ?」
そんでまた地雷を踏んでやがる! なんで俺を睨むんだよ、失言したのは英だろ!
何とか。何とか話を逸さなくては。話題としては蛇沢辰巳との戦争が丸い。俺たちは入学初月の記憶を持っている。竜胆に的確なアドバイスができる……過去改変については黙秘するしかない。バレたら最悪政府に消されるレベルのことはやらかしてる……
過去改変について触れず、俺が戦争について知っている説得力を持たせる……無理難題。活路がない訳じゃあ、ない。だが諸刃の剣だ。
「竜胆、落ち着け。何も不思議なことじゃあない。俺が情報屋みたいなコトやってるのは知ってるか? まあ最近は滅多に営業してないが……」
「……ちっ。噂くらいは。大してアテにならないって話をなァ?」
情報屋。俺は一時、大法螺を吹いていた時期がある。目立たないに越したコトはない。だが悪目立ちってのは悪くはない。
この学園で生き残るコツ。見向きもされなければいい。大して脅威にもならないと判断されれば排除されるコトはなくなる。索敵系の能力で、それすら精度は高くない。見るからに弱者。そう誤認させることができれば。
「そう捨てたモンじゃねぇって話だよ。椿凛花の能力を知ってるか? クリム・ナーヴァの力は? 蛇沢派閥の勢力、勢力図、趣味嗜好──お前はどれだけ知っている?」
竜胆は、やや視線の質を変えた。今までの侵入者を見る目ではなく、値踏みをする目。やはり馬鹿ではない。だが少々真面目すぎるな。
「英と知り合ってたのはそっち側でだよ。英も大概索敵向きだからなぁ。でも今回は手を出すなって話なんだろ? 参謀役はいるのか? いねぇよな。最近まで一人でほっつき歩いてた奴が集められるのなんて、精々反蛇沢勢力くらいだ」
「……何が言いたい」
「それとなく助けてくれないか、って頼まれてたんだよ。まあバレちまったんなら仕方ない。どうする。正式に手を組むか? 大してアテにならない能力で良ければ、だけどな」
俺は、英水樹の差金である、と。
竜胆は英の手を借りたくないらしい。驕りか、誇りか。俺からすれば縛りプレイも良いところであるが、これを利用しない手はない。
英から依頼を受けた(という体の)俺の手を、竜胆恵稀は振り解くしかない──
「……良いぜ、気に入った」
「は?」
聞き間違えたみたいだ。俺は笑顔で手を出したまま固まった。
竜胆はにぃっ、と意地が悪そうに口角を吊り上げて。
ぱしぃっ、と俺の手を握った。
「水樹が出しゃばるとすぐに終わっちまうからなァ。正直情報には困ってたんだ……大して期待はしてねぇが、お望み通りこき使ってやるよ」
傲慢の方だったか──ッ! 女の子の前で格好つけたかったとか幼馴染の手を借りるのが癪だからとかいう誇りじゃあなく、文字通りの縛りプレイじゃねーか!
傲岸不遜。喧嘩上等の唯我独尊。己が手で敵をぶち殺したい。だがこれでこそ竜人。まんまステレオタイプじゃねーかよ、裏目った!
俺は口元を引き攣らせながら手を握り返した。お、おう、よろしくなぁ! とか言って。声は裏返っていた。
英は申し訳なさそうに手を合わせていた。だがにやけた口元を隠しきれていない。何笑ってんだよ、見せもんじゃねーぞ!




