7 ドレスは誰が切り裂いたのか
結果から言うと、親睦会は大いに盛り上がり、大成功のうちに幕を閉じた。
最後は、昨年好評だった花火だったけど、参加者全員で見上げながら、一発一発に歓声が湧いた。私個人としては、昔夏祭りで見上げた花火の方が、迫力も風情もあって好きだけど。
ステラはあの後、泣きじゃくるばかりで私の弁解なんか聞ける状態じゃなかった。
丁度その時、王宮から代わりのドレスが届いたので、ミアや何人かの侍女見習いが手伝って、別室で急遽、ステラのドレス合わせと準備を行った。
私のドレスというと嫌がりそうな気がしたから、ウィリアムが機転を利かせた事にして、彼からステラに説明してもらった。
その間、侍女見習いが足りなくなった控室で、ばたばたと準備が行われる中、何故か私も、見様見真似でヘアアレンジなんかを手伝ったりして。
妹の髪なら結んであげてたけど、小学生だったしなぁ……、と思いながら、ハーフアップにしてくるりんぱとかしてみたら、案外好評だった。
そして静かに入場口に向かうと、思いっきり顔を不快そうに歪めたウィリアムがいた。
「姉さんが動くと、碌なことがない」
と、溜息をつかれたが、会場内の飲食スペースにに生チョコが準備されていることを知ると、割と簡単に機嫌が直った。
心配していたステラは、黄色のドレスに身を包み、先程までの涙はどこへやら、弾けんばかりの笑顔で、クラスメイトや、時に兄やその側近たちと談笑していた。
彼女が無事親睦会に参加できて良かった、と胸を撫で下ろす。
ウィリアムは、その様子を真剣な面持ちでじーっと見ていたかと思うと、何やら考え込むように視線を外したり……。
もしや、初めて間近でステラに会って、彼女のことが気になっちゃったとか!?
と、半ば興奮してウィリアムを見ると、何か察したのか、
「違うよ。やめてよね、僕を姉さんの妄想に巻き込むの」
と思いっきり顰めっ面を返された。
赤いドレスの令嬢は、すぐに見つかった。
マイラ・カーティス伯爵令嬢だ。
ただ、代わりのドレスを着て現れたステラに、驚くでもなく、苛立つでもなく、あくまでその場では、無関係のように澄まし顔でいた。
マイラがやったにしてはあの反応……、と違和感が拭えない。
状況的に彼女が怪しいと思うだけで、マイラがやったという決定的な証拠はない。それこそ、髪をアップした赤いドレスの令嬢なんて、一人や二人ではないのだ。
親睦会は大成功だったが、私には人知れぬもやもやした思いが残った。
* * *
親睦会が終わると、学園は約二か月の夏季休暇に入る。
親睦会から数日経ったある日、私室でコルド語の勉強をしていると、兄が突然やって来て、妙な事を言い始めた。
「先日の親睦会、アイリーンのドレス姿は可愛かったね」
「……はい、ありがとうございます」
何だ何だ。滅多にやって来ない兄が急にやって来て、私を褒め始めるとか、不自然以外の何物でもない。
「ただ、同じ色でも、ディテールが違えば全く違うドレスだと思うんだ」
「……そうですね。私もそう思いますわ」
え? 何の話?
兄と女性のドレスについて語り合う趣味はないんだけど。
「あと、着る人が違えばまた違う魅力になる。アイリーンはアイリーンで、大変魅力的なのだから、他を気にすることないんだよ」
「……そうですか。それはどうもありがとうございます……?」
んん? 結局何の話だった?
他を気にすることはない、ってあれか? 親睦会開始前に、控室に準備を覗きに行ったことか? あれは単純に、侍女さん達の技術を見に行っていただけなんだけど。
いやむしろ、あの状況なら、私がいて多少役にも立っていたはず……。良かった。ただの邪魔者にならなくて。
「兄上、それでは姉上には伝わりませんよ」
部屋の入口の扉が開いて、そこにウィリアムが立っていた。今日はウィリアム一人だ。
「ウィリアム、感心しないな、立ち聞きなんて」
「僕もそんなつもりはなかったのですが、どうしても聞き捨てならない内容だったので」
ウィリアムはそう言いながら、部屋の中に入ってくる。いや、許可してないんだけど。ていうか、なんか不機嫌?
「そもそも、姉上には身に覚えのないことだ。そんな遠回しに言ったって、皆目見当もつかないでしょうよ」
「いやしかし、ステラが実際に見たと言っているのだぞ」
「見たのは、姉上が控室にいるのと、既に破られたドレスです。姉上が到着した時には既に破られていた後だということは、そこのミアも、養成所の侍女見習いも知っています」
そこまで聞いて、やっと話が繋がった。
兄は、私が同じ色のドレスを着るステラに嫉妬して、ドレスを傷付けたと思っているのだ。
「大体、用事がないはずの控室にアイリーンがいること自体、おかしな話だろう」
「それは……」
そこを突かれると痛い。だって本当に用事はなかったから。
ウィリアムは、一瞬言葉に詰まって、それから私の顔を見て溜息をつくと、
「姉さんが意味不明な行動を取るのは、今に始まったことじゃないでしょう」
えっ? それじゃ何のフォローにもなってないんだけど。ていうか、畏まって姉上とか言っていたのに、いつもの姉さん呼びに戻ってるし。
「それはそうだが……」
ちょっと。お兄様まで納得しちゃってるんだけど。
「……何故、アイリーンは控室にいたんだ?」
兄も一つ溜息をつくと、先程までの奇妙な話し方が取れて、いつもの落ち着いた兄の口調で、そう聞いてきた。
「その……、侍女さん達が着付けたりヘアアレンジする様子を見たくて……。自分の時だと、後ろだから見えないし……」
その結果、見るどころか一緒に準備して、むしろ見せてきたんだけど。あのくるりんぱ、これまで捻って留めていたことを考えると簡単だとか言って、養成所でも王宮の侍女達の間でも話題なんだって。ミアが教えてくれた。
兄は、私の言葉を聞いて深く大きな溜息をつくと、
「とにかく、怪しまれるような行動は控えた方がいい。動き出す前に、一旦落ち着いて考えて動くことだ」
と言った。
「それは僕もそう思うよ」
ウィリアムは、ミアが出したアイスティーを飲みながら、兄に同調してみせた。本当に、最近生意気になってきたなぁ。
「たださ、兄上。あの場に姉さんがいたから、代わりのドレスを準備できたし、ステラ嬢は恥をかかないで済んだんだ。まあ、それすら折り込み済みで、姉さんがお下がりのドレスでマウンティングしてきた、と受け取られかねないけど……」
「ええー……、そんな風に言われてるの……?」
なんだか、良かれと思ってした行動に、全部けちを付けられそうで怖くなってきた。
あの、大神殿を度々訪れていた頃、私はステラとそれなりに仲良く過ごせていると思っていたから、何かショックだ。
あと私は、前世でも現世でも裁縫が好きだ。今はそう大した物は作れず、手芸といえば専ら刺繍だけど、作った物を台無しにされて胸が痛む気持ちは、多少分かる。
ドレスとなると、レベルが桁違いだけれど、あの時も作り手の事を思うと、遣り切れない切なさを感じた。それなのに……。
「いや! 彼女はそんなことは言っていない。ただ、彼女のドレスが切り裂かれて、あの場にいたのがアイリーンだったから、きっと気が動転して勘違いしたのだろう」
私が落ち込んだ様子が分かったのか、兄は慌てて宥めてきた。
でも、今はこうして私を宥めている兄だけど、ステラに泣かれた時には、きっと彼女の言い分を信じて私を疑ったのだろう。それも併せてショックだ。もう、泣きそう。
「とにかく、姉さんはステラ嬢のドレスを傷付けてなんていないよ。その辺りはしっかり弁解しておいて下さいね」
ウィリアムが、兄の顔をキッと見据えながら、いつになく強い口調でそう言い切った。
兄は、ウィリアムの剣幕に押し負けたのか、「分かった……」と小さく呟いて、私の部屋を後にした。
ウィリアムは、部屋から出ていく兄の背中を、横目にじっと見つめていた。「カイルがいなくて良かった……」とぼそっと呟いたが、私はそれが何故かなんて疑問に思う余裕もなかった。
* * *
僕は、ヒロインだの攻略対象だのと、姉に感化されている訳ではないが、それでも最近の兄の様子は気になるところだ。
もともと、何でも卒なく熟して、見目麗しい上に人柄もよく人望もあって、王太子として、または生徒会長としての決断力もある。そんな、リーダーとしての資質溢れる兄だった。
だが一方で、これまで順風満帆に来たが故に、王太子という立場にありながらも、人の悪意に触れることに慣れておらず、非常に素直で真っ直ぐな性格だった。
人の正義なんて、立場が違えば変わるはずなのに、そのいくつもの意見に振り回されているようにも見えた。
また、王太子として完璧を求められるあまり、その葛藤する様や、苦悩する様を、誰かに曝け出すことも許されなかった。
自分達弟妹が、近い立場で理解してあげれば良かったのかも知れないが、姉はいずれ国外に嫁ぐ身、自分は状況が変われば政敵ともなりうる身だ。あまり明け透けにも出来なかったのだろう。
そんな兄が、多忙な中三日と空けず会いに行く程入れ込んでいると噂される、平民出身で、姉に言わせれば念動力という奇跡の力を持つ聖女候補、ステラ・コリンズ。
先日の、王立学園学生親睦会で、最初の謁見以来初めて見たが、姉が言うように、また兄が入れ込むほど、さほど魅力的とは感じなかった。
確かに、可愛らしい顔立ちかもしれないが、およそ理知的とは思えない泣きっぷりと言い、初対面にも関わらず「ウィル様」と勝手に愛称で呼んでくる馴れ馴れしさと言い、ぞっとするの一言だった。
そもそも僕、愛称で呼ばれることないんだけど。
兄も姉も、この女の何をそんなに気に入っているのか、甚だ不思議でならない。
姉はともかく、あの兄が入れ込んでいるとまで言われる程の特別待遇ってどんなのだ。この夜会で見極めてきてやる。
……と思って、親睦会に臨んだのだが。
ステラが馴れ馴れしく兄や、オスカー、アラン達に接するのに対して、兄は、あくまでいつもの王太子然とした姿で応じていたのだ。
それは、決して色恋の熱を帯びた視線ではなく、かと言って一線を引いたにしては、やや近い距離感で。ただ、優しくステラに向かって微笑みかけていた。
周囲には彼女を特別扱いしているように見えるのかもしれないが、僕の目には、とても入れ込んでいる風には映らなかった。
その場では、兄なりに何か意図があってステラに近づいたのかとも思ったが、今日の姉への態度はあまりに浅はかに見える。
ああもう、兄の思惑なんてそんなこと知らないよ。面倒くさいなー。
「ウィリアム様。失礼致します」
「何だよ、敬語なんか遣って。気持ち悪いな」
やって来たのは、親友にして将来の側近最有力候補。
来るのがもう少し早かったら、兄の姉への態度を見て激怒していただろうな。まあ、こいつの激怒は、第三者には伝わり難いけど。
入れ込むとか、惚れ込むって、こういうのだろ。
「何か分かった?」
「まあ、読み通りと言えば読み通り」
「そう。証拠が見つかったんだね」
「件の令嬢のドレスに、ステラ嬢のドレスのものと思われる薄桃色の生地の切れ端が、複数付着していた」
「ふーん……」
これで、ドレスを切り裂いた犯人は、マイラ・カーティスで決まりだろう。
他にも、兄の入学祝いの購入元と購入内容に贈り先も調べが付いているし、オスカーがステラを誘って授業を抜け出して演劇を見に行った事も把握している。
でもまだまだ。
「そうだ。先程兄上が、ドレスを破ったのは姉さんじゃないのかって聞きに来たよ」
「は?」
うわ、怖い。ほらやっぱりだ。ただでさえ仏頂面なのに、更に眼光が鋭くなった気がする。その「は?」っていう声、およそ一国の王太子に向けられるトーンじゃないんだけど。本当に、兄本人の前じゃなくて良かった。
でも、こうしてカイルを焚き付けていれば、姉の為にカイルは必死で動く。
姉本人は気付かないけれど、こう見えてカイルは昔から、姉の為なら何でもする。僕の護衛も兼ねて付いているはずなのに、一緒に遊んでいたりすると、僕を差し置いて姉を優先して助けることもしばしばだった。
生まれながらの許嫁がいる姉の為に、どうしてそう必死になれるのかと呆れるけど、理屈じゃないんだろうな。僕にはよくわからないけど。
僕等には、こどもながらにそこそこの権力と財力がある。
僕の嫌な予感は、具体的にはまだ掴めないが、先日の親睦会で、あながち的外れでもないことが分かった。
とにかく、時間がある今のうちに、集められるだけの情報を集めておくことにする。




