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2 ヒロインと王子の出会い


「ステラ様の奇跡の力ってすごいのよ。人や動物、植物とか生きているものは無理だけど、それ以外だったら大体何でも動かせちゃうの」


 あれから、ヒロインの観察をしたい私は、大神殿から出てくることのない彼女に会いたくて、大神殿に通い詰めていた。

 隣国に嫁ぐ私はきっと、この世界のモブの一人だけど、あわよくばヒロインの友達くらいにはなりたい。


 ステラは私と同じ十四歳で、近くで見ると本当に可愛かった。

 そう大きくない私よりも更に小柄で、くりっくりの目を輝かせて見上げる姿は、小動物にも似た愛らしさだ。これは誰が相手でもイチコロに違いないわ。

「女の私だって絆されそうだもの。もう、抱きしめちゃいたい……」と顔を赤らめて語る私に、「いやもう絆されてるよね」とウィリアムが呆れ顔でよく言う。


 私が面会に行ったとて、ステラ様の奇跡の力を披露してくれるわけではない。差し入れを持って足繁く通う私に、大神官が特別に、訓練の見学を許可してくれたのだ。そこで、彼女の教育係を務める神官に、奇跡の力の内容を聞いた。


 その都度、ウィリアムに報告していたら、一か月後にはさすがの天使ウィリアムも、少々うんざりしているような顔になった。

 あれ? 私、弟の顰め面とか呆れ顔しか紹介できてないけど、可愛い弟の天使っぷりは伝わっているかしら。もっとも、十三歳ともなるとさすがに天使のような愛らしさとかって表現も、多少似合わなくなってくる場面も増えるのだけど。


「動くなって言ったでしょ。何で通ってるの」


 大神殿からの帰り、廊下で呼び止めたところ、溜息混じりにそう呟くとウィリアムは、私の後ろにいた侍女のミアが差し出すノートを取って、ぱらぱらと捲った。

 ていうか、ちょっと、それ、私の書き綴ったヒロイン観察日記なんですけど……。何で勝手に見せてるの。ウィリアムも既に三十頁を超す日記を見て、「えっ、怖……」とか言ってるし。

 ミアを睨むと、「姫様が話されるより、お早いかと思いまして」としれっと答えた。


 ミアはこうしてもう二年、私の侍女を務めてくれているけれど、れっきとした貴族でブラウン子爵家の令嬢だ。四女である彼女は、学費が高額な王立学園には通わずに王宮内の侍女育成施設を経て、私の侍女の一人となった。

 十七歳ながら、淡々と仕事を熟し、時に私の思惑を先回りして動いてもくれる、非常に優秀な侍女なのだ。時に私の意志がこうして軽んじられることもあるけれど……。




「へぇ……、アイリーンは聖女候補と仲良くなったのかな」


 不意に私の背後から現れて、ウィリアムの持つ私の日記を覗き込んできたのは、兄のレオナルドだった。


 兄は王太子として、私やウィリアムよりも遥かに多くの執務を抱えている。また、王立学園の副生徒会長でもあり、非常に多忙な日々を過ごしているため、同じ王宮内で生活しながらも、私やウィリアムと顔を合わせることが少ない。


 そのため、兄と距離が近い時には、兄妹なのに何故かちょっと緊張してしまう。

 

 兄が通う王立学園には、十五歳から十九歳までの四年間、基本的に全ての貴族子女が通う。学費が高額なので、ミアのように入学しない者もいる。


「お兄様」

 久し振りに見る兄の顔は、元気そうで安心した。


 アイリーンと同じ、キャラメルブロンドの髪に、鮮やかな青い瞳を持ち、彫像のように美しく整った顔と体躯の兄。多忙な中でも努力を怠らず、学園の成績は常にトップ。剣術や馬術にも優れ、すでにいくつかの施策の指揮も執る、お父様も世間も期待の王太子だ。

 これまた、うってつけのヒーロー像。背景に薔薇が見えるわ。こんな完璧な彼が持つ密かな悩みに、ヒロインが優しく寄り添う展開が瞼の裏に浮かぶようだ。


 兄は、すらっと伸びた長身から、これまたすらっと伸びた手で、ウィリアムの手からノートを取ると、いくつかの頁を斜め読みしている。


「これは……。随分ステラ嬢に心酔しているようだね。友達にでもなりたいのかい?」

 ん? 何故かお兄様も引き気味な気がするけど。それより……、


「ステラ様とお友達に……! 素敵ですわ。そうね、そうなれたら嬉しいです!」


 ヒロインの一番近くで、ヒロインの恋の行方を見守ることができるなんて。時にはヒロインから恋の相談とか受けたりして、その揺れ動く想いに直に触れることができるなんて。

 なんて素敵なのかしら!


「えー……、そこまでするー……?」とウィリアムが、今日も隣にいるカイルに耳打ちをしたのが聞こえた気もするけれど、そんなの些事だ。


「そんなにアイリーンが惚れ込む人なら、私も気になるな。今度、私も一緒に行こうかな」


 そしてそこから、ヒロインと運命の相手候補の出会いへ! 漸く物語が動き始めたんだわ。

「はいっ」と前のめりになって返事をすると、私は早速、兄の予定と私の予定が合う直近の日を確認して、兄に約束を取り付けた。




  * * *


 そしてやってきた運命の日。

 レオナルドは、護衛として騎士団長の息子オスカーを連れて、大神殿を訪れた。


「わざわざ王太子殿下に足をお運びいただき光栄です。本日は、聖女訓練の視察とお伺いしておりますが……」

「こちらこそ、ステラ嬢の貴重なお時間を割いていただき有り難く思う。今日は奇跡の力に見えることを、心から楽しみにしている」


 うーん? 何か思ってたのと違う?


 上京初日、謁見の間でぷるぷる震えていたのが懐かしいくらい、ステラは王太子の訪問に落ち着いて対応していた。

 対する兄のレオナルドは、いつも通りのよそ行きの顔で、穏やかに微笑んでいる。これぞ絵に描いた理想の王子様が、崩れる兆しもない。


 いつもはその理想の王子様スマイルが、夜会でも公務でも人々の心を惹き付けて止まないのだが、ステラを見ると、特別レオナルドに目を奪われる、ということもない。

 それどころか、あまり目を合わせる素振りもない。相手は王太子なのだから、真正面から無遠慮に見据えるのも不敬かと思うのかもしれないな。


 ふと視線をずらすと、護衛でついてきたオスカーが、白い衣に身を包み清らかに佇むステラに見惚れて、頬を赤くしている様子。ああ、こっちかー。


 でもまだまだ。

 これから、レオナルドもオスカーも、ステラの特訓風景を見る。奇跡の力を使うステラは、琥珀色の瞳が金色に光り、全身にきらきらと七色の光の粒が煌めき、大層神々しい。

 そんなステラの姿を見たら、お兄様も魅了されてしまうのかもしれない……。



 と、思ったら。

 見学を終えた後も、レオナルドの王子様面は変わることなく。見送るステラの落ち着いた様子も変わりなく。

 あ、オスカーはより一層、ステラに熱を上げているようだった。ステラを見つめる目が、さっきよりも潤んで熱っぽい。ステラは、そんなオスカーが一切眼中に無いようだったけど。


 今日のステラも綺麗だった。

 奇跡の力の訓練中の、あのきらきらに包まれた神々しい姿も美しいし、訓練後のふっと気を緩めた優しい表情も可愛らしい。

 オスカーじゃなくても、私だって感動して目が潤んでしまう。


 でもこの反応。ステラの恋の相手はレオナルドでもオスカーでもないということ……?

 お兄様に聞いてみたら、一応、「奇跡の光は大変美しかったね。聖女候補のステラ嬢も、聖女に相応しい人柄のようだ。アイリーンが夢中になる気持ちも理解できるよ」と言っていたが。顔はあの、上っ面のよく出来た王子スマイルだった。


 ミアと一緒に部屋に帰ってからも、うーん、と首を捻って考えてみたが、どうも王太子ルートはなさそう。


「だとしたら、ウィリアムか、カイルか……」


 ゲームだと宰相子息アランルートもあるけれど、小説とかだと彼のポジションは、ヒロインに好意を抱きながらも王太子とヒロインを援護する取り巻き、というイメージだ。オスカーも然り、ゲームだったらメイン攻略対象なのに扱いはモブ、みたいな。


「………………」


 うん。脳内だけとはいえ、ちょっと失礼すぎたな。


 取り敢えず、今日の出会いについても、一応日記に書いておこう。




  * * *


 ステラと兄の恋模様は見れそうになかったけど、私はやはりヒロイン然としたステラに魅せられて、相変わらず大神殿に通っていた。


 差し入れのお菓子や飲み物を持って行っては、時にはステラと一緒にお茶することもあった。うん、所謂茶飲み友達くらいにはなれたのではないだろうか。

 もちろん、聖女候補が口にすることを禁じられているものがないか、ステラの指導係の神官に確認済みである。

 聖女もしくは聖女候補は、珈琲、紅茶、チョコレート類を摂取することを禁じられているそうだ。つまり、カフェインが奇跡の力にとって悪影響なのかな。


 厨房が比較的暇な時間に、クッキーやカステラ、プリンなんかを作って持って行った。

 ちなみに、プリンはこの国になかったが、どうしても食べたくなって、記憶を頼りに作った。なので、この世界でプリンを発明したのは私、ということになっている。ああ、もっと料理上手ならシフォンケーキとかマカロンとか食べたかったのに……。


 飲み物は専らハーブティーだ。


「ご機嫌よう、ステラ様。今日はパンケーキとレモングラスをお持ちしましたの」

「ご機嫌麗しゅうございます、姫様。いつも勿体ないお心遣い、恐縮です。あの、レモングラスとは……?」


 ステラも、貴族らしい言葉遣いにだんだん慣れてきた。私なんかにそんなに馬鹿丁寧にならなくてもいいのに、って思うけど、そうもいかないか。一応王女だもんね、私。


「ふふ、ただの草に見えるでしょう。でも立派なハーブなの。レモンみたいないい香りがするのよ」

「わぁ、本当ですね! 爽やかな香りがします」


 乾燥させておいたレモングラスを、ステラの顔に近付けると、その香りを嗅いだステラが、ふわっと花が咲いたように笑う。

 あー、可愛い。兄みたいな超大物じゃなくていいから、いつか誰かとステラが幸せになれますように。


 こうして通いながら、ヒロインであるステラと親交を重ねていった私だけど、いくら経てども、恋の兆しは見当たらなかった。


 ウィリアムは、

「そもそも、姉さんの言うヒロインとかいうのが間違っていたんじゃないの? どう考えても変でしょ」

 とか言い出すし、カイルに至っては、

「そんなことより、課題が遅れているとカーター先生がぼやいてたぞ」

 と最早、そんなこと扱いである。ていうか、平民出身のステラがあんなに丁寧に話すのに、公爵令息が王女にこの口の利き方ってどうなの。しかも一応歳上なんですけど。


 うーん……。外見も背景も、ステータスだって、これ以上ないくらいのヒロインなんだけどなぁ。


 でも、私はまだ希望を捨てちゃいない。

 

 私達は、十五歳になったら王立学校に入学する。身分は平民のステラも、聖女となれば貴族社会で生きていくことになるため、特待生扱いで入学することになっている。


 ほら、物語の本番は学園入学から、が定番でしょう?

 今はまだ、そのプロローグに過ぎないかもしれないのよ。というか、多分そう。

 だから、本番に向け、今はヒロインを一番近くで見守ることができる、友達ポジションを固めるのみ。




 ところが、入学を前にどこからともなく、聖女候補に関するこんな噂が、実しやかに囁かれつつあった。


「次期聖女は、大神殿にいながらにして、王太子とその側近達を魅了し、彼らは彼女目当てに、頻繁に大神殿に通っているらしい」


 え? あんなにお互い無関心だったのに?







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