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“黒狼”と家族

 ラビディアの森についた。

 標準的な高さの木が疎らに群生した林の中を進んでいく。この辺りはまだ森に入ってすぐの浅い場所なので夕方とはいえ木々の隙間から夕陽が差し込み十分な明るさを確保していた。


「今回私が受けた依頼は鉄級アイアンの討伐依頼。内容は一角兎ホーンラビット五匹の討伐だ」

「その鉄級アイアンっていうのは何ですか?」

「冒険者協会から発行される依頼にはそれぞれ難易度や危険度に応じてランクが振り分けられる。下から石級ストーン鉄級アイアン銅級カッパー銀級シルバー金級ゴールド白金級プラチナ金剛級アダマンタイトの七つのランクにな。同様に冒険者にも依頼の難易度と同じ七つのランク分けがされていて自分のランク以下の依頼と自分のランクより一つ上のランクまでの依頼が受けられる」


 リディアさんの冒険者ランクは上から三番目の金級ゴールドで、今日冒険者登録を終わらせたばかりの僕は石級ストーンらしい。

 冒険者ランクは依頼の達成率やこなした依頼の数に応じて協会が審査してランクを上げるらしい。ランクの高い冒険者になるほど様々な優待が受けられるようになるのだという。


「私が騎士学院に入った理由の一つも金級ゴールド冒険者の場合学費が無償になるっていう話があったからだしな」


 リディアさんから冒険者や依頼の話を聞いていると何かに気が付いた様子でリディアさんが息を潜め僕の口元を手で覆った。


「シっ……。そこの木の奥、見えるか」


 リディアさんの視線の先、少し開けた空間に二匹の白い兎の姿があった。

 額から長い一本の角を生やし、宝石のように赤い瞳を持っている。

 その特徴的な見た目からすぐにそれらが目標の一角兎ホーンラビットであることに気が付いた。


「いいか、これは訓練じゃなく実戦だ。躊躇えば傷を負うのはお前だし、怪我をしたからと言って相手は待ってくれない。だからどんな相手にも全力でかかれ。いいな?」


 こくりと頷く。差し出された片手剣を受け取ると、音をたてないようにそっと鞘から抜き放ち、僕は息を殺して感知されるぎりぎりの茂みまで近寄った。

 柄を握る手に力が籠る。

 初めての実戦だ。ふぅ、と息を吐くと茂みの裏から飛び出した。


 敏捷強化ハイ・アジリティ

 魔力を両脚に集中させ、一歩で数メートルの距離を一気に詰め寄ると一角兎ホーンラビットが僕を視界に入れるよりも速く剣を振りかぶった。切っ先は正確に首筋を裂き、魔物の鮮血が地面を濡らす。


 先ずは一匹。

 もう一匹の一角兎ホーンラビットは完全に僕の存在に気付き、警戒しながら威嚇するように低く唸り声をあげた。


「キュルルルルル……!」


 すると一角兎ホーンラビットが地面を蹴った。

 速い……!

 初速から凄まじい速さで攪乱するように動き、僕の背後に回り込んだ瞬間に力いっぱいに僕の背中目掛けて角を突き出し飛び込んできた。

 確かに速いが、リディアさんの方が数段速い!


「はあぁぁぁっ!」


 振り返りながら身体を捩じり、その勢いと共に飛び掛かる一角兎の頭を刎ねた。

 ぼとり、と音を立てて地面に落ちると完全に動きを停止した。

 静まり返る空間には僕の息遣いと僅かに香る血の匂いが残された。


 刀身に付着した血糊を払い、鞘に剣を戻すと木陰から様子を窺っていたリディアさんがこちらに歩いてきた。


「初めての実戦、どうだった?」

「何というか……実感が湧きませんでした。もっと怖いものなのかと思っていたのに実際は怖さなんて感じなくて、あっけなく終わって……」

「そうか。そう感じられたならこの一週間の鍛錬は無駄じゃなかったってことだ。さっ、もうすぐ陽が沈む。その前にさっさと残り三匹討伐して依頼を終わらせるぞ」

「あの、魔物の死体はこのままにしておくんですか?」

「いや、まず討伐の証として一角兎ホーンラビットの場合その角を回収していく。残った死体も持ちかえれば換金できる素材だが仕方ない。今日は時間も無いしアンデッド化しないように燃やしていく」


 手慣れた手つきで二本の角を切り落とすと、リディアさんは刀身に炎を纏わせ僕が討伐した二匹の死体を刺すと一瞬でその炎が燃え広がりあっという間に灰塵へと変わった。


 あれがリディアさんの魔法。確かリディアさんの赤の魔力の特質は炎と強化。あんな風に剣に炎を纏わせたりもできるのか。


「ほら、ボーっとしてないでさっさと行くぞ」

「あ、す、すいません!」


 すたすたと森の奥へと進んでいくリディアさんの背中を僕は小走りで追いかけた。


 ♢


「――はい、それではこれで依頼完了ですね。お疲れさまでした」


 カウンターに討伐証として五本の一角兎ホーンラビットの角を提出し、追加でもう三本の角も渡すと追加報酬として銀貨一枚がもらえた。


「王都近郊のラビディアの森での依頼だとしてもこんなに早く依頼を完了させるとは思いませんでしたよ。やっぱりリディアさんは頼りになりますね」


 ニコニコと先程僕達を担当してくれたのと同じお姉さんが笑みを浮かべる。それを聞いたリディアさんは鼻を鳴らした。


「いや、今回私は何もしてない。依頼の五匹と追加で三匹。全部コイツが狩った」

「え、シンさんがですか!? 凄いですねぇ……登録初日に、しかもその年で一角兎ホーンラビットを八匹もこんなに短時間で討伐してきてしまうなんて」

「そ、そんなことないですよ」


 そんな風に褒められると照れてしまう。少し顔が赤くなるのを感じていると受付のお姉さんがクスリと少し笑った。しかしその視線は僕ではなく、僕の後ろへと向かっていた。


「褒められてシンさんが照れるのは分かりますけど、どうしてリディアさんがそんなに嬉しそうなんですか?」

「ばっ……! 別にいいだろう……」

「リディアさん、これまでどんなに難しい依頼をこなした時も、二つ名を貰った時だってそんな風に嬉しそうにしてたことなかったのに」


 くすくすと笑う受付のお姉さんと対照的にリディアさんの顔は少し赤く目がその場を泳いでいた。


「そんなことない……。ほら、シンもう行くぞ」

「え!? 引っ張らないでくださいよリディアさん!」


 僕の腕を引っ張りながらリディアさんは一直線に協会の出口へと向かっていく。

 受付のお姉さんが手を口元に当てて少し大きな声で話しかけてきた。


「私のことはエマって気軽に呼んでくださいね、シンさん! 今後ともよろしくお願いします!」


 遠ざかる中、僕もエマさんに声が届くよう少し声を張り上げる。


「僕のことはシンでいいです! これからよろしくお願いしますエマさん!」


 ずいずいと出口へ僕のことを引っ張りながら進むリディアさんの前に三人の冒険者が立ちふさがった。ガタイの良い身体。傷のある強面の顔。少し離れていても分かる酒の匂い。


 リディアさんの知り合いだという確かダンさんとヘンリーさんとシドさんだったか。


「おい、リディア今のエマちゃんとの話聞いてたぞぉ。その坊主、初依頼無事に達成したんだって?」

「だったらなんなんだ?」

「リディア、お前依頼行く前に言ったこと、覚えてるよな? お前、はいはいって頷いたよなぁ?」

「クソ、なんでそういう記憶だけは持ってんだこの酔っ払い……」


 機嫌悪そうに答えるリディアさんとは対照的にけらけらとダンさんは笑っている。


「そうとなりゃあやることは決まってるよな?」

「おう!」

「祝い酒じゃあぁぁぁぁぁ!!」


 シドさんの叫びに、どっ、と協会全体が湧きたち空気が揺れるのを感じた。突然のことに辺りをキョロキョロと見回していると隣で額を手で抑えながらリディアさんが溜息を吐いた。


「やっぱりこうなったか……」

「え、え? どういうことですか?」


 訳も分からず混乱しているとダンさんとヘンリーさんが僕達の背中を押し、空いている席に座るように促した。


「今日はリディアが戻ってきた記念と、リディアの男が初依頼を達成した祝いだぁ! 俺が代金全部持つからお前ら好きなだけ飲めぇぇぇぇぇ!!」

「「「うおおおおおおおおお!!」」」

「だからシンは私の男じゃねえって言ってるだろ!」


 そこからはもうどんちゃん騒ぎだ。僕が依頼に出る前よりも人で賑わう協会のロビー内で全員が酒を酌み交わし大声ではしゃぎ、各々が楽しそうにこの時間を謳歌していた。


 そして僕はというとダンさん達にお酒を勧められたがまだ成人していないのでと断り、代わりにとエマさんに入れてもらった林檎の果実水を飲んでいた。

 そんな僕の元には代わる代わる冒険者の人達がやってきて「初依頼達成おめでとう!」と乾杯しにやってきたり、学院でのリディアさんの様子を聞いてきたりと人の波が途絶えなかった。


 一方リディアさんは――。


「お! いい飲みっぷりだなリディア! 流石は“黒狼”、いや“燎剣”のリディアだな!!」

「それで坊主とはどういう関係なんだぁ?」

「だからぁ、シンとはそういう関係じゃないって言ってんだろぉ!? あいつが私に剣を教えてくれって言ってきたから教えてやってるんだ!」

「ほお、坊主がリディアにねえ。それでお前は坊主のことどう思ってるんだ?」

「あ~? どう思ってるかだぁ? そんなの可愛いに決まってるだろうがぁ!」

「がはははっ! そうかそうか可愛いか! どんなところが可愛いんだぁ?」

「そりゃ――」


 十五歳の成人を満たしてるリディアさんはダンさん達と飲み比べ対決を始めたかと思うと一杯目からべろべろに酔っ払い、そこからは何故か僕のことを話し始めそれを面白がったダンさん達が酔っぱらってふにゃふにゃになったリディアさんに質問し続けていた。


「ぎゃははははっ! おい聞いたか坊主!? さっきお前が俺らから庇おうとした時かっこよかったってよ!」

「なんだぁヘンリーぃ? お前シンのこと馬鹿にしてんのかぁ? あぁ?」

「おいおいリディア落ち着けって! おらぁおめえの愛しのシンのこと馬鹿にしてねえって!!」

「愛しの……だからそんなんじゃねえ!」

「うごうぅっ!?」


 鳩尾目掛けて繰り出されたリディアさんの拳がヘンリーさんの急所にクリーンヒットし、床に頭をこすりつけながらヘンリーさんが痛みに悶絶している。

 酔っぱらっていても恐ろしいパンチ。流石リディアさん……。

 変なことに感心しているとダンさんが「ふぅ」と息を吐き、リディアさんに肩を貸して立ち上がらせると僕の方に歩いてきた。


「おい坊主、そろそろお子様は帰る時間だ。リディアのこと連れて帰れるか?」

「え? は、はい」

「よし。男なんだからしっかり女の一人くらい部屋まで送ってやれよ! じゃあまたいつでも来い!」


 がははと豪快な笑い声をあげながらダンさんに見送られ、僕はふらふらとおぼつかない足取りのリディアさんに肩を貸し学院へと戻ろうとしたが僕とリディアさんだと身長差があって千鳥足のリディアさんにつられて僕までふらふらとしてしまう。


「おいシンぅ、私はまだ飲めるぞ……」

「もう、いつまでそんなこと言ってるんですか」


 このままだと埒が明かないので身体強化フィジカルブーストを行い、リディアさんのことを背中におぶった。魔力で身体を強化すれば身長差がある僕でも何とかリディアさんのことをおぶれる。


 もうすっかり辺りは暗くなり、街中は星晶石の街灯が照らす明かりと夜空に浮かぶ月明かりに照らされている。この時間は酒場が賑わい、街道を行き交う人々も昼間とは違った活気を見せていた。


「シン……」

「はい、なんですか?」


 背中からリディアさんの声が聞こえてきた。

 いつもよりも小さく、優しく、しっとりとした声。


「あいつらは……ダン達、協会の冒険者は悪い奴等じゃないんだ……」

「はい」


 分かってます。ダンさん達が僕達のことを気遣ってくれているのをひしひしと感じた。不器用だけどとっても優しい。似たような人と僕は生まれた時からずっと一緒だったから。


「冒険者は常に危険と隣り合わせだ。いつ死んでもおかしくない……。だから冒険者の初依頼っていうのは死亡率も高いんだ……」

「……」


 もし僕がリディアさんと出会うことなく冒険者になり、一角兎ホーンラビット達に挑んでしまっていたらどうなっていたんだろうか。分からない、もしもの話だ。


「あいつら……不器用だけどさ、私が小さい時からずっと一緒でさ……。口も悪いし酒癖も悪いけど、私にとっては家族みたいなもんなんだ」

「……はい」


 家族……。

 僕にとってのじいちゃんが、リディアさんにとってはダンさん達やあそこにいた冒険者の人達なんだ。


「あいつらと上手くやっていけそうか?」

「はい。皆さんとっても良い人達でしたから」

「そうか……」


 言いたいことを言えて満足したのだろうか。

 リディアさんはすぅすぅと寝息を立てて僕の背中で眠ってしまった。

 学院の前に着き、衛兵に二人分の外出許可証を見せ寮へと急ぐ。リディアさんの部屋には一度だけ水筒を受け渡しに行ったことがあったので部屋の場所は分かる。


 外から見た寮の窓からは殆ど光が見えない。殆ど皆もう寝静まってしまったのだろう。中に入るとロビーには光が灯っていたが、廊下は暗く、僅かに間接照明が足元を照らすばかりだ。


 リディアさんの部屋のドアノブを回すと不用心にも扉が開いていたので部屋の中にすんなりと入ることが出来た。リディアさんをおぶったまま中に入ると、ベッドの上にゆっくりと下ろした。

 すると目が覚めたのか少し、目を開けるとおもむろに制服を脱ぎだし、下着だけになるとそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 幸いと言うべきか部屋の中が暗かったため刺激的なその光景を目に焼き付けることなく、僕は顔を赤くしながらもほっと胸を撫でおろした。


「おやすみなさい、リディアさん」


 掛け布団を掛け、静かに部屋を去ろうとすると、ベッドの中からすっと伸びたリディアさんの手が僕の手首を掴みベッドへ引き寄せた。


「へ……?」


 無理やり引き込まれた豊満な胸の中から顔を出すと、ぼんやりとして普段からは想像もつかない蕩けた表情のリディアさんと目が合う。


「……どこにも行くな。側にいろ……」

「え、あのリディアさん……?」


 すぅ……すぅ……、と落ち着いた寝息を立てるリディアさんに声を掛けても反応がない。その時無常にも開きっ放しにしていた扉からキィと音が聞こえた。

 恐る恐る視線だけ扉の方に向けると、扉の隙間からこちらを覗く明かりを持った二人の女子生徒と目が合った。


「「「あ……」」」


 僕が声を上げるよりも先に二人はバタンと扉を閉める。タッタッタという足音だけが扉越しからも聞こえてきた。


 窓に掛けたシースルーを越えて、青い月明かりが僕達の姿を照らす。

 リディアさんの陽に焼けた健康的な褐色の肌。日々の鍛錬で鍛えられ引き締まった腹筋。リディアさんの髪と同じ漆黒の下着から零れ落ちそうな豊満な胸。

 そしてそんなリディアさんに抱きしめられ、その胸元に顔を押し付ける僕。


 ああ……。この姿をあのお姉さん達に見られたのか……。

 終わった……。

 確実に僕の学院生活が短くも終わったと僕は心の底から確信した。

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