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つるぎの声

 朝目覚めるとやっぱり僕はクロエさんの胸の中で目覚めた。寝起きそうそうに刺激が強すぎる……。

 ただ、今日は悠長にこのまま寝ている時間はないのでこっそりとクロエさんの腕の中からこっそり抜け出すと運動着に着替え、音が鳴らないようにそっと扉を開けて部屋を出た。


 早朝だがグラウンドにちらほらと鍛錬を行っている生徒の姿が見える。

 その横を走って僕は第三訓練場へと走った。


「……約束通り来たな」

「はい! ご指導よろしくお願いします!」


 そう、今朝はリディアさんに剣を教えてもらう初めての日だ。リディアさんは昨日の別れ際に明日の早朝から剣を教えると約束してくれた。


「まず、お前は剣を握ったことはあるのか?」

「はい。ただ、鍛冶師として剣の出来を確認するためにですけど……」

「そうか」


 頷くと、リディアさんは僕の方に鞘に入った剣を一本放り投げた。受け取ったそれを鞘から抜くと光を反射する鉄の刀身が姿を見せる。

 間違いない、真剣だ。


「この剣は?」

「私が以前使っていたものだ。古くなって買い換えたんだが……こんな風にして役に立つとはな」


 華美な装飾はなく、鋼の刀身と布を巻きつけただけの柄。無骨でとても簡素だが、手入れの行き届いたいい剣だ。

 古くなって買い換えたとリディアさんは言ったが今でもこの剣の手入れを欠かしていないのが分かる。


「まずはお前の熟練度を知らない事には教えることも教えられない。遠慮はするな、全力でかかってこい」


 鞘から剣を抜き放つとリディアさんは碌に剣を構えることもせず、僕が切り込んでくるのを待っていた。剣を構えることもしないその姿は見る人によっては傲慢に映るかもしれない。だけど、すぐに分かった。それが慢心でも何でもないことに。


「いきます」


 剣を鞘から抜き、正中に構えると僕はリディアさん目掛けて駆けだす。

 上段からの振り下ろし、突き、そして薙ぎ払い。真剣は昨日扱った木剣よりも遥かに重く、一撃振るうごとに身体の重心が剣に引っ張られてしまう。

 剣を振り回すのではなく、剣に振り回されながら僕は一心不乱にリディアさんに剣を打ち込み続ける。


 だが、その一撃一撃をリディアさんは最小の動きで避け、いなし、弾いた。

 どんなにお粗末な僕の一撃に対しても丁寧に最適解の動きで攻撃を防ぎ続ける。


 強い。ただ一言、僕の頭の中に浮かんだ思い。

 昨日の一件を見てリディアさんの技が卓越していることは分かっていた。いや、分かったつもりになっていただけだった。

 確かに剣を振るう素人の僕の一撃一撃を防ぐことなんて騎士学院に通う生徒ならば誰にとっても余裕だろう。ただ、リディアさんがやっているのと同じように出来るかと言われればそれは難しいと思う。


 僕の我武者羅の斬撃をリディアさんは最小限の動きで防ぎながら僕の攻撃を正しい打ち込み方をするよう誘導しているということに少し経ってから気が付いた。


「はぁっ……はぁっ……」

「なるほど、大体分かった。それじゃあ次はこっちから軽く打ち込む。お前はそれをどうにかして防いでみろ」

「はい……!」


 一転。攻守が逆転し、リディアさんがその剣を振るい始めた。

 リディアさんの動きは素早く、僕が追えるぎりぎりの速度で動きながら一撃を打ち込んでくる。さっきまでのように我武者羅に剣を振っているだけではリディアさんの攻撃は受けきれない。


「そうだ。ただ力任せに剣を振るっているだけでは駄目だ。私の剣を受け止めるためにはどう動けばいいのか。剣をどう扱えばいいのか。常に頭を使い、考えながら戦え」

「はい……!」


 もう打ち合い始めてどれくらい経ったろうか。

 息が苦しい。口の中に血の味が滲む。

 剣を振るう腕は鉛のように重く、身体を支え踏ん張り続けた脚は今にも崩れ落ちそうだった。

 それでもリディアさんの攻撃は終わらない。こんな状況でも斬撃を受けきるためには――。


 その時、自分が想像したよりも速く、身体がリディアさんの一撃を弾いた。

 なんだ、今の感覚。


「少し掴めたみたいだな」


 そう言うとリディアさんは剣を鞘に納め、どこからともなく取り出した水筒を僕に差し出してくれた。


「初日にしては上等だ」


 僕が差し出された水筒を受け取り、リディアさんの顔を仰ぐとその口元が僅かに緩んでいるように見えた。


「これまで誰かに剣を習ったことがあるのか?」

「えっと、じいちゃんに剣を試すための剣技を習ったことならあります」

「剣を試すための剣技……。お前はそれをさっきの打ち合いの中で使ったか?」

「いえ……。あれは少し問題があって……」


 僕が水を飲みながらそう返すと、リディアさんは少し考えるように俯いた。


「ふむ……。少しその技を見せてみろ」

「ええ!? でも……」

「さっきの打ち合いの中で妙な数舜の間が何度かあった。お前のレベルを見極めるためにも本気を見ない事には意味がない」

「ううん……分かりました」


 疲れで震える脚で立ち上がると重たい腕で何とか剣を構える。


「それじゃあ、行きます……!」


 集中し、耳を澄ます。

 すると、聞こえてきた。

 火花を弾くような、鉄を打つような、武骨で堅い剣の声。

 僕に君の力を貸してほしい。

 その僕の声に、剣の声が一言。甲高い金属を叩いたような声で応えた。


「……!」


 リディアさんが剣を初めて構えた。

 先程まであんなに重く感じた剣が嘘のように軽く感じる。

 剣の声が僕に教えてくれる。

 どこにどう打ち込めばいいのか。

 どうすれば早く斬りだせるのか。

 僕は声のままに、剣を振るった。


 村正流、一の太刀。


疾風はやて


 キン、と甲高い金属音と共に僕の両手に強い衝撃が伝わった。

 僕の一刀はリディアさんの剣によって弾き飛ばされ、僕の背後の地面に突き刺さっていた。

 そして、それと同時に僕が使っていた剣の刀身に幾つもの罅が走った。


「ああ、やっぱり……」


 僕の言葉が終わるよりも先に、剣の灯が消える。幾千にも入った罅から砕け、剣はその柄を残し粉々にその場に散った。


「今のがお前が祖父から習った剣技なのか?」

「はい。ただ、この技は剣を激しく摩耗させてしまいます。だから、本当に信頼のおける剣でしかあまり使いたくないんです……。この子はこうなることが分かっていながら僕に力を貸してくれたんです。それが剣としての本望だって」


 僕は粉々に散った剣の前にしゃがむと右手に魔力を集めた。

 砂と混じった刀身の欠片を魔力によって砂と分離させ一つの塊にし、刀身の形をイメージしながらそこに魔力の炎を流し込んだ。

 炎の光が消えると、そこには元通りの剣の姿があった。


「よかった。ごめんね、力を貸してくれてありがとう」


 剣に労いの言葉をかけるとそっと鞘に戻し、リディアさんの元へ持って行った。


「あの、この剣を貸してくれてありがとうございました。……? リディアさん?」


 返事のないリディアさんの顔を仰ぎ見ると目を僅かに見開いて驚かされたような顔をしていた。


「お前には剣の声が聞こえるのか? それにさっきの技や剣を瞬時に直した魔法……」

「はい?」

「気が変わった」


 面白そうに笑みを浮かべるとリディアさんは僕の差し出した剣を受け取った。


「今日お前の剣を見てみて才能が無いようなら剣の道は諦めた方がいいと言うつもりだったんが……。初心者にしては飲みこみが早い。それにさっきの技、初めて見る剣技だった。加えて面白い魔法も使えるらしい」

「えっと……」

「シン……だったな?」

「はい、そうです」


 二本の剣を持つとリディアさんは訓練場の出口へと歩いて行ってしまった。

 その去り際振り返ると僕の目を真っすぐに見つめて口を開いた。


「お前に興味が湧いたよ、シン」


 口元を僅かに緩めた笑みを浮かべたリディアさんはとても綺麗だった。

 思わずドキリとしてしまい咄嗟に黙ってしまった。その間にリディアさんは前に向き直ると颯爽と訓練場を去って行ってしまった。


 元々顔立ちの整った綺麗な人で、立っているだけでも絵になるような人だ。

 でも、これまでにリディアさんが笑っているところは見たことがなかったんだけど……。まさかこんなにも破壊力が高いとは……。


「あ」


 そこでリディアさんが僕に分けてくれた水筒を手に持ったままなことに気が付いた。

 後で洗って返さないとな。

 まだ学院の始業の時間には少し時間があるけど、鍛錬で掻いた汗を流して朝の身支度をしていたらあっという間に時間なんて過ぎてしまうだろう。

 先程までのリディアさんとの鍛錬で疲れている身体に鞭を打つと、僕は小走りで寮へと走った。


 ♢


「それで? どこに行ってたの、シン」

「いや、えっと、それはぁ……」


 部屋に戻るなり僕を待っていたのはいつの間にか起きて制服に着替え、椅子に座っていたクロエさんだった。


「朝目が覚めたらシンが急にいなくなってて心配したんだけどなー」

「それはその……急に何も言わずにいなくなってしまってすいません……」

「それじゃあどこに行って何をしていたのか教えてくれてもいいんじゃないのかしら」

「う……それは……」


 僕がどうしてリディアさんに稽古をつけてもらっていたのか言わないのには理由がある。それはリディアさんとの約束があるからだ。

 リディアさんが僕の剣を見てくれる条件として提示したのは毎日の鍛錬を欠かさないことと弱音を吐かないこと、そして僕がリディアさんに剣を教えてもらっているという事実を他の誰にも話さないことだ。


「……まあいいわ。それより早くシンも着替えなさい?」

「え? まだ始業の時間には余裕があるんじゃ……」

「何言ってるのよ? だって朝食がまだでしょう」

「あああああああ!! 忘れてた!」


 そうだった、今日からはもう騎士学院の生徒として食堂で他の生徒と同じように朝食を取るんだった……。

 しかも食堂は空いている時間が決まっているらしい。


「す、すいません! 急いで準備します!」

「はいはい。それじゃあ私は本を読んで待ってるから」


 即座にシャワーを浴び、制服に着替え、朝の身支度を整えると走ってクロエさんの元へ近寄る。


「はぁ……お、お待たせしました」

「もう、折角シャワーを浴びてもそんな風に走ったらまた汗掻いちゃうわよ?」


 クスクスと笑みを浮かべながらクロエさんは僕の方へ手をかざすと魔力を右手に集め、放った。

 すると風が僕の身体を取り巻き、冷風を服の中に送り込んでくれる。


「わぁ……。これは?」

「私の魔法。さ、それじゃあ行きましょう」

「はい!」


 ♢


「あら、そこは私達が先に席を取っていたのだけど」

「ん? ああ、すまない。あんまり遅いものだからてっきり別の席に移動しているものだと思っていた。ん? シンか。どうしてこんな奴と一緒にいるんだ?」

「私が遅い……? シン、この人と知り合いなのかしら?」

「ええっと~……」


 食堂で偶然、僕達と既に朝食をとっていたリディアさんが出会ったのだが……。

 どういうわけか二人は出会うや否や口論を始めてしまい、その矛先が何故か僕の方に向けられているような……。

 というかクロエさんはここの席いつの間に取っていたんですか。


「シン、そんな奴は放っておけ。ほらこっちに来て一緒に朝食をとろう」

「なんですって……? シン、こんな人無視してあっちで食べましょう」

「「……シン?」」

「ひぇっ……」


 鋭い二人の視線が同時に僕へと向き、とげとげしい声で名前を呼ばれ思わず声が漏れた。僕が答えを出すまできっと二人のこの鋭い視線が止むことはないだろう。かといって僕がどちらかを選べばその後が怖いし……。


「えっと……三人一緒に食べるというのは――」

「ありえないな」

「ありえないわね」

「そ、そうですか……。でもクロエさんこのままだと朝食を食べる時間も無くなっちゃいますし、それにほら! 周りの席も埋まっちゃってますし、ね?」

「むぅ仕方ないわね……」

「私はお前の同席を許した覚えはないが」

「はい? 私の聞き間違いかしら」

「り、リディアさん、お願いします……!」

「……シンの顔に免じて今日だけは許してやる」

「「ふんっ」」


 どうしてこの二人はこんなにも仲が悪いんだろうか……。

 それに心なしかさっきから周囲の視線も集まっていて居心地が悪い。

 その地獄のような空気のまま、食事が終わるまでクロエさんとリディアさんの二人が口を開くことは一度もなかった。


「シン? あの人には今後近寄らない方がいいわよ」

「シン、あまりあの女に近づきすぎない方がいい。襲われるぞ」

「ちょ、誰が襲うってのよ!」

「ま、まぁまぁ……。それじゃあクロエさんは二年生ですからここでお別れですね。また後で……」


 あ、あんなに感情的になっているクロエさんの姿は初めて見たかもしれない。

 階段を昇っていくクロエさんを見送ると僕はリディアさんと共に教室へと向かう。


「お前はなんであいつと一緒に食堂に?」

「えっと、クロエさんはこれまで僕のことを色々と助けてくれてて。今は部屋が同じなのでそれで一緒に朝食を食べに行ったんです」

「そうか」

「あの……二人は仲が良くないんですか?」

「……良くはないだろうな」

「何か理由が?」

「別に大した理由じゃないさ」


 そう言うとリディアさんは教室の扉を開け、昨日と同じように席に座ると机に突っ伏してしまった。


 まさか僕が学院に来て唯一関わった二人がこんなにも険悪な仲だったとは。

 この先僕は上手くやっていけるのでしょうか……。

 じいちゃん、僕はどうすればいいんでしょう。

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