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狼騎士

 初めての教室。

 集会が終わり、案内された教室は扇状に机が並び、教室の後ろに行くにつれて段が高くなっていく形状をしていた。

 余談だが僕のクラスはクロエさんとは違うクラスだった。そもそも僕は一年生として編入することになったので二年生のクロエさんと同じクラスになるわけがないのだが。


 僕の席は初回の授業ということもあってか、分かりやすいようにとの配慮で一番前の机。それも教卓の正面という特等席だった。

 授業中に後ろから視線を感じるような気もしたが、一番前の席なのだから気のせいだろうと思っていたのだが……。


「シン君って言うんだよね? どこから来たの?」

「今幾つなのー?」

「魔力を使えるってほんとなの!」

「うぅ……」


 授業が終わるや否や教室中からわらわらとお姉さん達が僕の席の周りに集まってきてあれやこれやと質問を投げかけてきた。どうやら僕が授業中に感じていた視線は気のせいでも何でもなくクラスの皆から実際に注目されていたようだ。


 次々と投げかけられる質問と雪崩のように押し寄せる大勢のお姉さん達の勢いにどうしていいものか困惑していると、その人波を掻き分けるように一人、僕の方へ悠然と歩み寄ってきて、そのまま僕の隣に座ったかと思うとそのまま机に突っ伏してしまった。すると、あんなにもはしゃいでいたお姉さん達の勢いが嘘のようにパタリとおさまり誰もがその人波を割った人物に視線を向けていた。

 釣られるように僕もその人に視線を向ける。


 黒色の長髪に所々に混ざる赤いメッシュ。そしてその長髪を掻き分けるようにしてピンと頭から立ったふさふさの狼のような耳。スカートからは同色の尻尾が揺れている。


 間違いない、人の特徴と獣の特徴を併せ持つ存在。亜人種の一つ、獣人族の中でも希少とされる狼人族。


 獣人族の人は王都に来てから度々見かけていたが狼人族の人は初めて目にした。

 僕がじっと見ていることに気が付いたのかのそりと上体を起こしたその人と目が合った。きりりとした鋭く凛々しい眼差し。長い睫毛とその大きな蒼眼に思わず惹きこまれる。


「そんなにジロジロと見てなんだ?」

「あ、その……」


 咄嗟に言葉が続かずあたふたとしてしまうと彼女は僕に対する興味を失ったのか鼻を鳴らすと再び机に顔を伏せてしまった。結局そのまま僕の隣で机に突っ伏したまま次の授業が終わるまでその人が起きることはなかった。


 ♢


 ここまでの午前中の授業はあくまでも座学を教えるもので簡単な騎士シュヴァリエや世界の歴史について軽く触れたりする極普通のありふれたものだった。

 ただ、午後からの授業は座学ではなく実習。この騎士学院のメインとなる授業だ。

 そして実習ということもあり、僕達生徒は支給される運動着に着替えるのだが……。


 当然のように実習の前になるとおもむろにお姉さん達が制服を脱ぎ、シャツのボタンに手を掛けてその場で服を脱ぎ始めた。突然のことに僕が驚いていると、そんな僕に気が付いたのかお姉さん達が「あっ、そういえば今日からはシン君がいるんだったね。普段は女子しかいないから気づかなかった」と言っているの聞こえたような気がする。

 ただ、僕はお姉さん達が次に何かを言う前に慌てて運動着を持って教室を飛び出していた。


 咄嗟に教室を飛び出したはいいものの、どこで着替えようかと考えていると第二資料室の文字が見えた。

 少し教室の連なるところから離れた場所にあった教室の中を覗くと、薄暗く人の気配のない名前の通り大量の資料が丁寧に収納された部屋だった。ぱっと見た所誰も人がいなさそうだったので、静かに部屋に入ると僕は制服を脱ぎ、運動着に着替え始めようとした時だった。


 突然手を背後に引っ張られ、首元に光を反射する何かを突き付けられた。

 いきなりのことに何事かと振り返ると、そこには僕の首元に剣の切っ先を突きつける黒い下着姿のあの狼人族のお姉さんの姿があった。


「お前は……何故この教室に?」

「す、すいません! まさかここで着替えてる人がいるなんて思わなくて!! 教室で他の人達が着替え始めてしまって着替える所を探していたらたまたま――」

「……そうか」


 それだけ言うと剣を鞘に納め、狼人族のお姉さんは何食わぬ顔で運動着に着替えると何も言わずに第二資料室を出て行ってしまった。

 彼女が出て行った瞬間に身体の緊張が抜け、僕はその場にへたり込んでしまった。少しぼーっとしていると授業の開始を告げるチャイムが聞こえてきて我に返った。

 急いで運動着に着替えると全速力で実習が行われる第三訓練場へと向かった。


 ♢


「――それで、あら? シン君今までどこにいたの? もう実習は始まってるわよ」

「す、すいません! 実習のある第三訓練場の場所が分からなくて道に迷ってしまっていました」

「そう。今度から場所が分からない内は誰かクラスの生徒と一緒に来るように」


「はい!」と返事をして、先生の話を聞く生徒達の中に僕も混ざる。


「丁度シン君も来たことだからもう一度説明するわね。今日の実習は簡単な打ち込みなどの基礎を行っていくわ。ただ、まずは全員のレベルが知りたいから軽い試合形式でやってもらおうかしら」


 実習の先生、名前は確かエヴァ先生といったか。エヴァ先生はてきぱきと生徒の組み合わせを決めると同時に三組の生徒同士の模擬戦をチェックしていった。

 傍から見ているだけでも分かる、全員レベルが高い。ちゃんと剣術の基礎が出来ているし、その技の節々から研鑽の後が見える。


「よし、では次」


 遂に僕の番か。僕は手渡された剣を持って驚いた。遠目から見ているだけだと分からなかったがどうやらこれは本物の真剣に見えるだけの木剣のようだ。考えてみればそうか、真剣で模擬戦を行っていたら万が一の場合生死に関わる。

 そんな危険な授業を貴族の令嬢も通うこの学院で行える訳がない。

 それにしても木剣か……困ったな……。


「あの、先生」

「ん? どうかしたか?」

「真剣を使うことは出来ませんか?」

「……馬鹿な事を言わないで。君が稀有な魔力を扱える男だとしても特別扱いは出来ない。もしどうしても真剣を使った鍛錬がしたいというならこの模擬戦で結果を出してからにしなさい」

「すいません……」


 手渡された木剣を握り、集中し、耳を澄ます。

 ……《《やっぱり何も聞こえない》》。

 そうこうしている内に模擬戦の開始の笛が鳴った。


 木剣を正中に構えた相手が合図と同時に飛び出してきた。鋭い斬撃だ。僕は何とかその一撃を木剣で受け止めたが、勢いが腕を伝って体に衝撃が走り抜ける。


「くっ……!」


 やっぱり一撃が重い……!

 流石は騎士学院の生徒、魔力を扱えるとは言え鍛冶師の僕が普通に戦って勝てる相手じゃない。

 そして続く二撃目。流れるように僕の胴体目掛けて横一線に振るわれた一太刀をどうにか避けたと思ったら気が付くと僕の手首に強い衝撃が走った。


「いっ――」


 手首に響く鈍い痛みと同時に僕の木剣が砂埃を立てながら地面に落ち、試合は僕の負けで幕を閉じた。

 僕の試合の相手だったお姉さんからは軽く打ったつもりだけど大丈夫だったかと心配をされたが「大丈夫です」と返しておいた。

 やっぱり鍛冶師の僕が学院生とは言え騎士シュヴァリエに正面から正攻法で勝つのは無理がある。


 自分の試合を終え、あとは他の生徒の模擬戦を観戦していようと思っていた時だった。端の組で先生と何か揉めている様子が見えた。

 遠目でしか状況が分からないので何とも言えないが、どうやら揉め事の渦中にいるのはあの狼人族のお姉さんのようだった。何を言ったのか渋々と言った様子で試合を始めたお姉さんは試合開始と同時に剣を地面に捨て両手を挙げすたすたと他の生徒達が待つ列へと戻ってしまった。


 そんなハプニングはあったが生徒同士の模擬戦は終了し実力ごとにAからEまでの班に別れた。僕はE班。ちなみに実力順にAが一番上でEが一番下だ。

 同じE班は僕ともう一人。


「えっと、よろしくお願いします」

「ああ」


 ふんっ、と鼻を鳴らし応えたのはあの狼人族のお姉さんだった。


「それでは班ごとに今日は軽く打ち込みの練習を行い、互いに教え合いながらどうしても分からない所は私を呼ぶように」


 そう指示を出すとエヴァ先生は端の方に移動し、同時に各班の面々が動き出した。


「それじゃあ僕達も――」

「お前、さっき先生に真剣で戦ってもいいかと聞いていたな」

「え? は、はい」

「何故だ?」

「それは……」


 じっと強い瞳が僕を見つめる。


「……真剣は僕の声に応えてくれるから、です」

「……そうか」


 それだけ聞くと、彼女は壁に寄り掛かり、腕を組んで目を瞑ってしまった。

 このままではいけないと思い、僕は咄嗟に声をかけた。


「あの、僕はシンといいます。お姉さんの名前は……?」

「リディアだ」

「リディアさんはさっきどうして試合をわざと負けたんですか?」


 僕の質問にぴくっ、と僅かに耳を動かすと閉じていた瞳の片側だけが開き、僕の方を向いた。


「意味がないからだ。こんなおもちゃでの試合なんて実戦では何の役にも立たない。だから真剣での勝負を求めたらお前と同じように断られた。……もういいだろう? これ以上私に関わらない方が良い、お前のためだ」

「え、それはどういう――」


 僕がその言葉の意味を聞こうとした時だった。

 背後からあがる悲鳴。

 そして、リディアさんが運動着の腰に差した鞘に手を触れたと思った瞬間、一瞬太陽の光を反射する刀身が煌めいたと思ったら突風が凪いだ。何事かと振り返ると、両断されたように二つに折れた木剣が僕の背後に落ちている。

 何が起きたのかと目を白黒とさせていると周囲のお姉さん達が僕の元に駆け寄ってきた。


「大丈夫!? ケガはない……みたいだね」

「ごめんなさい!! 私の不注意のせいで……」

「え? え?」


 何がどうなっているのかと疑問に思っていると、その一部始終を見ていたという人が教えてくれた。

 僕達の近くで試合形式の鍛錬を行っていたA班の生徒が魔力を込め、強化した木剣で打ち合っていたところ打ち合った木剣の片方が手を離れ僕の方目掛けて凄い勢いで吹き飛んでしまったらしい。

 そしてそれをリディアさんが切り払い、僕のことを助けてくれたらしい。


「本当に無事でよかったよ。訓練用の木剣とはいえ魔力を込めた木剣を生身で受けたら本当に危ないから。くることが分かっていれば咄嗟に魔力で身体を守ることも出来るけど不意だとそれも間に合わなかっただろうし……」


 お礼を言おうとリディアさんに声を掛けようとしたらそこにはリディアさんの姿が既になかった。辺りを見回すと第三訓練場を去ろうとするリディアさんの後ろ姿が見える。僕は僕のことを囲むお姉さん達の間を割って急いでその後ろ姿を追いかけた。


「リディアさん……!」


 切らせた息を整えながら大きな声で遠ざかるその背中に呼びかける。


「またお前か……。今度は何の用だ」

「さっきは助けてくれてありがとうございました!」

「……それだけか? なら私はもう行く」

「あ、待ってください!」


 僕が呼び止めるとリディアさんは怪訝そうにこちらに振り返った。


「僕に剣術を教えてくれませんか?」

「……どうして私に教えを請う? 剣術が教わりたいなら先生でも、他の生徒でもいくらでも教えてくれる奴はいるだろう」

「リディアさんの剣がいいんです」

「……」

「さっき一瞬見えたあなたの剣を見て、剣が教えてくれた。リディアさんの剣は強く速くしなやかでいて魂が籠っていると。そして何よりも剣のことを大切にしてくれる優しい人だって」

「何を言ってる……?」

「僕には剣の声が聞こえます。だから、あなたの剣が知りたいんです。お願いします……!」


 頭を下げきゅっと目を瞑って僕はリディアさんの返事を待った。

 その間は数秒にも数十分に感じられた。長い長い沈黙の末に、溜息が聞こえてきた。


「……分かった。お前に剣を教えてやる。だけど私の剣は我流だし、生きる為の剣だ。貴族のお嬢様達が学んできた型に嵌った綺麗な剣じゃない。本当にそれでもいいんだな?」

「はい!! ありがとうございます!」

「はぁ……。シン、だったよな」

「はい!」


 んっ、と差し出された手を握り返す。

 女性特有の柔らかさと、それでいて剣を持つために堅さを持つ、剣士の手だ。

 リディアさんの高い体温が握手した手を介して伝わってくる。


「これからよろしくお願いします」

「ああ。鍛錬は明日からだ」

「はい!」

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