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よろしくお願いしましゅ!!

 僕が王都にやってきてもう三日が経った。

 学院長の厚意でこの三日間僕は王都の観光をしたり、学院の中を見学したりしながらゆっくりと過ごすことができ徐々にここでの生活にも慣れ始めてきた。

 ただ、未だに慣れないことがある。


「ふわぁ~……」


 王都に来てからは疲れなのかベッドが気持ちよすぎるためなのか、それとも別の原因か……。いつもこうして自然と朝早くに目が覚めるようになった。

 目覚めと共に一番最初に僕がこの三日間感じているのは甘い良い香りと、包み込むような柔らかな感触だった。


「く、クロエさん……! 僕のことを抱き枕代わりにするのやめてって何度も言ったじゃないですか!!」

「んぅ……? おはよう……シン。私はまだ眠いから……もう少し寝てるわ……」

「あ、おやすみなさ――。じゃないですよ! 僕に抱き着いたまま二度寝しようとしないでください……!」


 学院長曰く初日は急な出来事だったため僕はクロエさんと同じ、この巨大なベッドで一緒に寝ることになってしまったが二日目からはこの部屋にもう一つベッドが設置される……予定だったらしい。

 ただ、学院長のその話を聞いたクロエさんがもう一つベッドを部屋に置くと部屋が狭くなるし、元々ベッドが大きすぎてスペースが余っていたからベッドは今のまま一つで構わないと僕の知らぬ間に学院長と取り決めてしまったらしく僕が知った時には既に遅かった。


 それからというもの寝る時に何故かクロエさんが僕のことを抱き枕のようにして眠るものだから緊張して初めの内は中々寝付くことができなかった。

 当然僕は抵抗したのだが幾らクロエさんが女の子といっても十二歳の僕の力と騎士学院に通う騎士シュヴァリエの卵である十七歳のクロエさんの力が勝負になるはずもなく僕はされるがままとなってしまっていた。


「うぅ……」


 目の前には半開きになったシャツから覗くたわわに実った二つの果実。クロエさんは僕のことを抱きしめてくるので身長差的に僕の顔に柔らかな感触が押し付けられる。

 僕と同じ石鹸を使っているはずなのにどうしてこうも良い匂いがするのか。甘い香りと柔らかな弾力に頭がくらくらとさせられる。


「ひぇっ!?」


 すると突然僕の足に何かが絡みついてきた。

 視線を下に向けるとそこには僕の脚にクロエさんの脚が蔦のように絡みついていた。


「ちょ、ちょっとクロエさん!?」

「んぅ……あったかい」


 駄目だ完全に寝惚けてる!?

 ちょ、どうにかして抜け出さなければ……!

 とはいえ僕の背中をクロエさんの両手ががっちりと掴んでいるし、脚はクロエさんの足が絡みついていて思うように動かせない。おまけに息をしようにもクロエさんの胸元の甘い香りに頭をくらくらとさせられる。

 え、僕どうすればいいの?


 ♢


「ふぁあぁ……。なんだか気持ちよく眠れたわ……。おはよう、シン――って、あら……?」

「きゅぅ……」


 朝、目を覚ましたクロエの胸元には顔を茹蛸のように赤くさせたシンが力なく横たわっていたらしい。


 ♢


「まったく……! 酷い目に遭いましたよ!!」

「ごめんなさいって、許して? お願い、ね?」

「可愛く言っても駄目です」

「私も悪気があったわけでは……ないこともないけど」

「そこははっきり否定しましょうよ!?」


 結局僕にはあの状況をどうすることも出来ず、ただなされるがままクロエさんが目を覚ますのを待つ他なかった。本当に危ない目に遭った。クロエさんのあの甘い匂いは危険すぎる。


「でも、シンだって心の底から嫌だったってわけではないでしょう?」

「……そんなことは……ないです」

「嘘、だってちょっと顔がにやけてるもの」

「うぇっ!?」


 慌てて近くの鏡で自分の顔を確認するが別に普段通りだった。

 振り返ると、クロエさんがニマニマとした笑みを浮かべている。やられた、完全にしてやられた、と痛感させられる。


「やっぱりそうだったんだ。シンのエッチ」

「~~!!」


 声にもならない叫び声が僕の心の中で響いていた。


 ♢


 朝から色々あって疲れたが今日はついに僕がこのアルテミス騎士学院に入学する日だ。初めて取り出した制服に袖を通す。

 鏡の前で恰好を確認するが少し袖も裾も丈が長いような気がする。若干服に着られているような感覚が否めない。


「どう? 制服に着替えられたかしら」

「はい、大丈夫です」

「どれどれ。うん、よく似合ってるわ」

「そうですか……?」


 僕が着ているのはクロエさんが来ている騎士服――アルテミス騎士学院の制服なのだが――と同じ色合いの男物版だ。強いて違いがあるとすればクロエさんはスカートで僕はズボンというくらいの差しかないが、クロエさんは身長が高くてこの制服を着こなしているが僕は逆に子供が大人の服を無理やり着ているような違和感を感じざるを得なかった。


「ええ、可愛いわよ」

「可愛いなんて言われても嬉しくないです……」


 どこか上機嫌なクロエさんはいつものように僕の手を引き、僕達は学院長室へと向かっていた。


「お、来たね。おはよう二人共。似合ってるじゃないか、シン君。ただ、少し丈が長いかな? まだ集会までには時間があるからラナに頼んで丈を合わせてもらうといい」

「はい……」

「おや? クロエ君にまた揶揄われでもしたのかな、何だか不満げな顔をしているが」


 ふふっ、と笑みを浮かべる学院長に見透かされたことに驚く。

 そんなに僕って顔に出やすいのかな……?


「ええ、顔に出やすいわよ」

「っ!?」


 く、クロエさんは僕の心の声でも聞こえるんだろうか?

 迂闊なことは考えないようにしよう……。


 ラナさんが僕の制服の丈を合わせてくれている間に僕達は軽い朝食を摘まみながら、学院長の話を聞いていた。


「今日から君も晴れて我が校の生徒となるわけだが、予め伝えていた通り今日の集会で君の編入について発表する。君は極めて稀有な魔力を扱える男性であり、私の友人の紹介でこの学院に入ることになった……という話で進めていく。二人は間違ってもシン君がセンジ・ムラマサの孫であるという事実は学院の生徒に口外しないよう注意してくれ」

「「はい」」

「うん、良い返事だ。今日まではシン君はうちの生徒ではなかったからこの学院長室で食事やらをとってもらっていたが、今日からは他の生徒と同じようにこの学院の規則に従って行動してくれ。細かいことはクロエ君が君に教えてくれるだろうから安心しなさい。何といっても彼女は優等生だからね」


 優等生……優等生かぁ……。


「そうよ? 全くそんな顔をされるなんて心外だわ」

「え? そんな顔してましたか?」

「あら、やっぱり何か心外なことを考えてたのね」

「あっ」


 何て言うか、うん。クロエさんには逆らえないな……。

 いつも僕の心をドキリとさせる笑みが今は違った意味で僕の心を締め付けているように感じ、これ以上このことを考えるのはやめようと思った。


 ♢


「それじゃあまた後でね」

「は、はい」

「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても。少し挨拶するだけだから」


 クロエさんはそう言うが僕の緊張は解れなかった。

 これから始まる集会。学院長が僕を紹介した後、僕に軽く挨拶をしてほしいと頼まれたのだが相手はこのアルテミス騎士学院の全校生徒だ。ようやく王都にも慣れ、街中で大勢の人が行き交っているのに慣れてきたというのにいきなり数百人の前で挨拶というのは僕にはレベルが高すぎる。


 もう数分したら集会が始まるというところで、僕の緊張はピークに達していた。

 変な汗が出るし、何となく落ち着かなくて先程から垂れ幕の裏をうろうろと歩き回っていた。


「まったくもう。シン、ちょっとこっちに来て?」

「え? はい――!?」


 言われるがままクロエさんの側に近づくと急にクロエさんの身体が密着してきて、僕の頭が胸元に抱え込まれた。突然のことに目を白黒とさせていると、僕の背中を優しい手つきでクロエさんが撫でた。


「大丈夫。確かにこんなに大勢の前で話す経験なんてないから怖いのかもしれないけど、君なら出来るわ」

「クロエさん……」

「さあ、もうそろそろ時間だから私は行くわね」


 そっと僕の背中から手を離すと暗幕の外へクロエさんは歩いて行ってしまった。

 それと同時に壇上に学院長が登壇し、集会の開始を告げる。

 挨拶に始まり、諸々の話をした後、今回の集会の目的として学院長が話を始めた。


「――さて、今日君達に集まってもらったのは一人、この学院に編入生を迎えることとしたからだ。ただ、普通に編入生を迎えるだけならばこのように集会を開くようなこともないのだが今回は事情が特殊でね。シン君、来てもらえるかな?」


 学院長が垂れ幕の中で待っていた僕に声を掛け目配せをした。

 その合図を確認して僕は垂れ幕の影を抜け、光の集まる壇上に姿を出した。僕の姿を見た生徒達が騒めく声がここからでも聞こえた。

 いざ壇上に立つとそこからの光景に息を呑んだ。かなりの広さがあると思っていたホールの端から端まで席で埋まり、生徒がずらりと並んでいる。その大勢の生徒達からの視線を一身に受けていると思うと立ち眩みを起こしそうになるほどだ。


「すまない、話を続けてもいいかな?」


 その学院長の一声を持って先程までの騒めきが嘘のように静まった。場が静まるのを確認して学院長は続ける。


「彼は私の友人の知り合いでね。極めて稀有な魔力を扱うことの出来る男だ。君達も知っているだろうが通常魔力を扱うことが出来るのは女だけ、極一部の例外を除いて男に魔力を扱うことは出来ない。彼はそんな極一部の例外というわけだ。そんな彼の希少性を加味して、私は友人に頼まれて彼を預かることとなった。彼には今日から此処、皇立アルテミス騎士学院の生徒として君達と共に励んでもらうこととなる。それじゃあ彼の方から軽い挨拶をしてもらおうか」


 ん、と目配せを僕へとした学院長は一歩下がり演台をあけると僕へと譲った。

 一歩、演台に上がる。緊張で胸が張り裂けそうだった。

 その時、大勢の生徒の中に一人の姿を見た。勝手知ったるその人はいつもの僕をドキリとさせる笑みを浮かべていた。


「よし……」


 僕なら出来ると自分に言い聞かせ、拡声器を両手で持つと口元に近づけた。


「僕はシン・ム……」


 その時背後から肩を学院長にちょいちょいと突かれて朝のやり取りを思い出し慌てて口を塞いだ。そんな僕の様子に席に着いた生徒のお姉さん達は怪訝な顔を見せる。


「……シンです。つい数日前に王都に来たばかりで分からないことや至らないことがたくさんあると思いますがこれからよろしくお願いしましゅ!!」


 嚙んじゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 一瞬の静寂を挟んで誰かの拍手が聞こえたと思うと、連鎖的に拍手が起き僕はそのまま演台を学院長に譲った。自分の顔を見れないのが幸いした。きっと僕の顔はそれはそれは真っ赤に染まっているだろうから。


 その後は何事もなかったように学院長が進行してつつがなく集会は終わり、生徒達は解散した。


 学院生活初日、これが僕のこれからの学院生活の始まりだった。

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