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じいちゃんの過去

「それでは入学の手続きはこちらで済ませておこう。一週間後にはシン君は晴れて我が校の生徒になる。それまでの間はゆっくりと観光でもして王都に慣れるといい」

「ありがとうございます、学院長」

「なに、気にするな。ところで宿泊先は決めているのかな? 特に決まっていないようならこちらで手配するが」

「いえ! じいちゃんから貰った銀貨があるので大丈夫……あれ?」


 魔法鞄マジックバッグの中を漁るが全く銀貨を入れていたはずの袋が見当たらない。まさか失くすようなことなんて――。


「あ……」


 そういえば王都に来る直前に河で水浴びをしていた時、魔法鞄マジックバッグの中身を野生の猪に漁られて干し肉やパンを持っていかれたが、まさかあの時に……。


「その……お世話になります……」

「気にすることはない。それじゃあ後で案内の者を送るからそれまでは学院の中を見て周るといい」

「何から何までありがとうございます」


 僕が頭を下げてお礼を言うと学院長は驚いたような顔を浮かべたかと思うと、面白そうに笑みを浮かべた。


「ムラマサに似ず素直な良い子でほっとしたよ。後のことは悪いがクロエ君に任せても構わないか? 私もこう見えて多忙でね」

「はい、お任せください。それでは失礼します」


 そう言ってクロエさんは僕の手を引いて学院長室を後にした。

 学院長室から退出し、扉を閉めると、「ふぅ」と息を吐いてクロエさんが僕にジト目を向けた。


「まさかシンが、かの焔の鍛冶師のお孫さんだったなんてね」

「その、さっきから気になってたんですけどじいちゃんってそんなに有名な人だったんですか?」

「そうね……それじゃあ学院の案内を兼ねて図書館に行きましょう。あそこなら多分君のおじいさんの資料もあるはずだから」


「こっちよ」と手を引かれ、学院長室に来た方向とは反対側の廊下を進んでいく。廊下をクロエさんと共に歩いていると頻繁に学院生のお姉さん達から物珍しそうな視線を向けられたが僕の手を引いているのがクロエさんだと分かると皆がそそくさと距離を取っていた。

 ただ、遠巻きからも僕達のことを見てヒソヒソと話している姿が見えて少しむずむずとした。


 そんな僕の様子に気が付いたのかクロエさんが振り返って少し困ったように笑みを浮かべた。


「ごめんなさいね、ただでさえシンは男の子だからここだと目立つのに私と歩いているせいで注目を集めさせてしまって。あまり人からの視線に慣れていないんでしょう?」

「う、はい……。元々僕とじいちゃんが暮らしてた村は人が凄く少なかったし、住んでる人の大半がじいちゃんと同じくらいのじいちゃんばあちゃんばっかりだったから、僕と歳の近い人達って初めてで……」


 僕の住んでた村は王都からかなり離れた田舎で、商人なんかの往来も少なかったから、村の外部の人と関わる機会というのもこれまでなかった。


 それにしても、クロエさんの言った「私と歩いているせいで注目を集める」っていうのはどういう意味なんだろうか?


 そんなことを考えていると不意に思い出したようにあっ、とクロエさんが口を開いた。


「ところでシンって今何歳なの?」

「えっと今は12歳で、今年で13歳になります」

「ということは……私の五つ下か。これからよろしくね、後輩君?」

「よ、よろしくお願いしますクロエ先輩……」


 悪戯っぽく笑うクロエさんに思わずたじたじになりながら答えると「冗談よ」とクスクスと笑みを浮かべた。


「ごめんなさい、なんだかシンの反応って面白いから少し意地悪したくなっちゃうのよね」

「うぅ……やめてくださいよほんと……。それと、さっきからずっと言おうと思ってたんですけど……」

「何かしら?」

「その……恥ずかしいから手を繋ぐのやめてほしいなぁ……なんて」


 気恥ずかしさから目を逸らして僕の少し前を歩くクロエさんにそう言ったら、突然クロエさんが歩を止めたのでどうしたのかとクロエさんの顔を見上げた。

 すると少し吃驚したような表情を浮かべたかと思うと、すぐにまたあの悪戯っぽい笑みに戻ってしまった。


「ふ~ん、シンはそんな風に思ってたんだ?」

「はい……。これまで女の子とこんなに話したり、て、手を繋いだこととか無かったから……」

「なるほどね? 私はまた君がうちの生徒に囲まれちゃったり迷子になったら困るんじゃないかなって思ってただけなんだけど」


 結局その後もなんやかんやでクロエさんに手を引かれたまま校舎と一本の渡り廊下で繋がる大きな図書館まで歩いて行った。


 図書館の中は端から端までびっしりと本が陳列された本棚が一面に見え、入口付近のロビーから見ただけでも建物三階分の高さまで本棚が積み上げられている。

 手入れが行き届いているためか図書館だからと埃っぽいこともなく、ちらほらと見かける生徒達は静かに本に視線を落としている。


 天井がガラス張りになっているため自然に入り込む太陽の光によって図書館は程よい明るさを保ち、陽の当らない所には暖色の間接照明が設置され本のタイトルがはっきりと見えるようになっていた。


 クロエさんは僕の手を引き奥へ奥へと進んでいき、奥へと進むにつれて人気も少なくなっていった。


「確かこの辺りが偉人に関する蔵書の棚だったと思ったんだけど……」


 ぱらぱらとページを捲りながらクロエさんは何冊か本を手に取ると、近くの机に懐に抱え込んだ数冊の本を置き、椅子に座るよう僕に促した。

 促されるまま席につくと僕の隣にクロエさんが腰を下ろした。


「それじゃあまずは何から話そうかしら。そうね……五十年前の魔神を十二英傑ラウンドが討った魔神大戦の話は知ってる?」

「それなら知ってます」


 魔神大戦。それは古から存在したと言われる魔の者、魔神による人界への侵攻をきっかけに起こった人類史、果てはこの世界における最大の闘い。種の存続を賭けたこの大戦が始まったのは今から百五十年以上昔の話。そして百余年に渡る長き大戦に終止符を打ったのが十二英傑ラウンドと呼ばれる十二人の女騎士達の登場だった。

 十二英傑ラウンドの登場によって亜人種を含む人類が一気に攻勢へと出て、見事魔神を討ち、それから五十年が経つ今まで世界の安寧が保たれている。


 これが僕の知っている魔神大戦での出来事の全てだ。


「そうね、概ねシンの知っている通りよ。ただ、君の知っている魔神大戦は全容の半分ってところかしら」

「その残りの半分というのがもしかして……」

「ええ、君のおじい様、センジ・ムラマサの存在よ」


 クロエさんは数冊の本から一冊の赤い表紙の本を手に取り、ぱらぱらとページを捲った。


「これを見て」


 クロエさんが指差したのは本の中に描かれた剣の絵。そしてそれを見て、それを生まれてから十二年、一番近くで見てきた僕には分かった。


「村正だ……間違いない、これはじいちゃんの打った剣だ」

「そう、これは君のおじい様が打った魔剣、銘を月陰村正アルテミス。このアルテミス皇国に伝わる国宝。そして、十二英傑ラウンドの一人が使った魔剣よ」


 クロエさんが指差した一振りの剣に見入る。

 しなやかな刀身とこの形状。そして何よりも鍔の上に彫り込まれた村正の文字。

 間違いなくこれは俺のじいちゃんが打った剣だ。


「でもどうしてじいちゃんの剣がこの国の国宝なんて凄いものに?」

「圧倒的なその力で魔神大戦を終結させた十二英傑ラウンドだけど、確かに彼女達の実力も圧倒的だったわ。でも、彼女達のその圧倒的な力をさらに引き上げあの大戦を終わらせたのは間違いなくセンジ・ムラマサ様が十二英傑ラウンド全員に与えた十二本の魔剣による力だと誰もが口を揃えて言ったそうよ」

「じいちゃんの打った剣が……」


 確かにじいちゃんの打った剣は凄い。でも、まさかじいちゃんがそんなに凄い人だったなんて……。


「その功績を称えられ、君のおじい様に対して世界中の国々から褒賞や叙爵の話が持ち上がったそうだけど、誰からもどの国からも何も貰うことはなくそれどころか何も言わずに姿を眩ませてしまったと私は聞いてるわ。それでもセンジ・ムラマサは十二英傑ラウンドに並ぶ大戦の英雄として今でも語り継がれいるの。女の子は十二英傑ラウンドに、男の子はセンジ・ムラマサ様に一度は憧れるものよ」


 そう、か……。

 僕はそんなにも凄い人の孫だったのか。

 頑固で手先は器用なのに感情を伝えるのが不器用で、それでもたくさん僕のことを愛してくれたじいちゃん。

 ごつごつとしたあの掌でぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれた。


「どうしたの? 大丈夫、シン?」

「え?」


 気が付けば視界が歪んでいて、鼻が詰まり、息がしづらかった。

 頬を伝う冷たさが僕に教えてくれる。


「どうして泣いているの? 何か私言ってはいけないことを言ってしまった……?」


 とても申し訳なさそうに、僕のことを心配した優しい声音でクロエさんが背中をさすってくれる。

 僕は勢いよく手を振りながら、溢れてくる涙を堪える。


「い、いえ! そういうわけじゃないんです。ただ、少し思い出してしまって……」

「……さっき学院長室で君のおじい様の話を聞いてからずっと気になってた。言いにくかったら答えなくてもいい。どうして、シンはおじい様と暮らしていた村を出て、この王都、アルテミス騎士学院を訪れたの?」

「……二週間前のある日、突然じいちゃんがいなくなったんです。村中探してもいなくて、辺りの森を探しても見つからなかった。ただ一つ見つけたのはじいちゃんが愛用していたこの魔法鞄マジックバッグでした。中には僕宛ての一通の手紙と学院長宛ての手紙、一か月は暮らしていけるだけの資金とこの槌と……この一振りの剣でした」


 魔法鞄マジックバッグの中から一振りの剣を取り出す。

 刀身は錆び、柄巻はボロボロ、風化してしまった一振りの剣。辛うじて鍔の上に彫り込まれた村正の文字がじいちゃんの剣だと証明しているだけの天命を全うした剣。


「これは……。おじい様の手紙にはどんなことが?」


 僕は色褪せた手紙をクロエさんに手渡す。


 これをシンが読んでいるということは何かが起こったということじゃろう。もし儂が姿を消したら王都にある騎士学院の学院長を尋ねろ。ソイツにもう一通の手紙を見せればお前の面倒を見てくれるはずだ。

 当面の間は中に入れた金で何とかなると思うが早めに王都に行けよ。

 それと、これをお前が見ている時、儂とはもう会えないだろう。だから先にお前が昔からずっと欲しがってた物を入れといた。

 どうだ? 気に入ったか? 儂がお前専用に作った金槌だ。本当はお前が一人前になったら渡すつもりだったんだが、どうもそうはいかなかったみたいだ。

 刀はお前への最後の試験だ。その刀を自分一人で打ち直し、魂を吹き込み生き返らせてみろ。それが出来ればお前を一人前として認めてやる。

 シン、自由に生きろ。

 鍛冶職人として大成するもよし、冒険者になって世界中を旅して周ったっていい、良い女を囲って自分だけのハーレムを造るのもいいかもしれないな!

 儂はお前が幸せに生きてくれさえすればそれでいい。

 普段はこんなことこっ恥ずかしくて言えねえが、これが最後だ。

 シン、お前のことをじいちゃんは心の底から愛しているぞ。


「……? 手紙の裏にも何か書いてある?」

「あ、そっちは……」


 追伸 

 じいちゃんみたいに綺麗所ひっかけまくってもいいが後ろから刺されないよう上手く立ち回れよ! 儂は三回は刺された!


「……見なかったことにしましょう」

「はい……」

「まあこれでシンもあなたのおじい様の功績が分かったでしょう?」

「はい。僕はじいちゃんのこと知っているようで知らなかった。そんな知らなかったじいちゃんの一面を知ることが出来て良かったです」


 丁度その時だった。


「あ、こちらにいらっしゃったんですね」


 僕達の方に歩いてきたのは眼鏡を掛けたボブヘアのお姉さんだった。スーツをビシっと着ていて腕の中には幾つもの書類の束がある。


「学院長にシン様をこれから使うことになる寮へと案内してくれと指示を受けてきました、ラナ・フィルフィガーと申します。ラナとお呼びください」

「丁度キリもいいし今日はここまでにしておきましょう。それじゃあシン、またね」

「今日は一日色々とお世話になりました! またよろしくお願いします、クロエさん」

「ふふっ、ええ」


 微笑みながらひらひらと手を振るクロエさんに別れを告げ、ラナさんに連れられてやってきたのは騎士学院の敷地内に建つ巨大な建造物。内装は貴族の邸宅を思わせる豪奢さで辺りにある絵画や壺を割ってしまったらどうしようと考えると眩暈がしてきた。


「それとあのラナさん、僕のことは様をつけて呼ばなくて大丈夫ですよ。僕の方が年下ですし、僕平民ですから」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ。私は学院長からシン様を丁重に案内するよう指示されていますし、それにシン様はかのセンジ・ムラマサ様のお孫様だと伺っています。センジ・ムラマサ様のことは私も尊敬しておりますから、貴方に対しても敬意を払いたいのです」

「うう……でも、これまで様をつけられたことなんてなくて落ち着かないんです……」


 絢爛な調度品の数々が配置されたロビーを抜け、ようやく部屋の前につく頃には何故かへとへとになってしまっていた。着くまでの間に何度も呼ばれたが結局シン様と呼ばれることに慣れることはなかったです……。


「こちらがシン様の部屋です」


 案内された部屋は二階の角部屋で、丁度夕暮れ時ということもあり、陽の差し込まない部屋の中は暗くあまりよくは見えなかったが村で暮らしていた時の僕の家の中よりも広いことだけは確かだった。


「照明をお付けいたしましょうか?」

「あ、いえ大丈夫です。今日はもう疲れたのでこのまま寝ちゃいます」

「然様ですか。夕餉も必要ないでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「かしこまりました。それでは料理長にシン様の分の夕食はいらないと伝えておきますね。それではお疲れでしょうから私はこれで失礼します」

「あ! 案内してくれてありがとうございました!」


 閉まりかける扉に向かって慌てて僕がお礼を言うと、ラナさんは綺麗な会釈をして部屋を後にした。音を立てて閉まる扉を見送ると、僕は目に入ったベッドに倒れ込んだ。


 大きなベッドだなぁ……。ふかふかだぁ……。

 今日は一日いろんなことがあって疲れた。

 明日からはこの王都で暮らしていくのか。


 不安がないと言えば嘘になる。でも、新しい環境での新生活。

 目に入る何もかもが新鮮なこの状況に僕の心は踊っていた。


「でも……まずはぁ……」


 良い香りのする枕に顔を埋め、目を閉じると意識がどんどん沈んでいった。

 おやすみなさい、じいちゃん。


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