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伝説の鍛冶師の孫、騎士学院を訪れる

 一面に広がる青空を背に、賑わいを見せる街道を進んでいく。

 ここは王都ルテティアの中でも最も盛んな中央通りだ。


 「凄く賑わってるなぁ……」


 思わず口からは感嘆の声が漏れてしまう。僕が住んでいた村にはこれほど多くの人もいなかったし、こんなにも多くの屋台や商店が立ち並んでいる光景など村にいる頃には想像も出来なかった。

 閑散とした田舎で生を受け育ってきた僕にとっては何もかもが新鮮で輝いて見えた。道を行き交う馬車に人。人を呼び込む香ばしい匂い。物珍しい品物を並べる露天商。


「はっ、いけないいけない……! 危うく目的を忘れるところだった」


 そう、僕が村を出て王都にやってきたのには理由がある。

 ただ、その目的地が分からなくて困っているのだが――。


「君、もしかして迷子?」

「え?」


 突然背後から声を掛けられ、驚いて振り返るとそこには白と青を基調とした騎士服を身に着けた長い黒髪のお姉さんが立っていた。


「えっとその……はい」


 自分では分かっていても他人に迷子であると思われていたと考えると少し気恥ずかしくて、小声で答えるとお姉さんはクスリと笑って僕の手を優しく引いた。


「大丈夫よ、私が案内してあげるわ。それでどこに向かおうとしていたの?」

「はい、ここなんですけど」


 ポケットの中からクシャクシャになった地図を取り出すとお姉さんに見せる。

 じいちゃんが地図に赤い塗料で丸をつけてくれた場所が目的地なのだが、初めての地で、しかも複雑に道が交錯するこの王都ではとても目的地に着くことが出来なくてかれこれ王都に着いてから二時間は歩き回っていた。


 「え、騎士学院に向かうところだったの?」


 僕が頷くとお姉さんは、僕の手を引いたまま歩き出した。


 「それなら簡単だわ。だって私、騎士学院の生徒だもの」


 ♢


「うわあぁ…おっきい……」

「でしょ?」


 お姉さんに連れられて歩くこと十分程で騎士学院に辿り着いた。

 正門から見たその光景は王都に着いてから一番驚いたかもしれない。王都で最も高い建物が王城であるとするならば、王都で最も広い建物はこの騎士学院だろう。

 広大な敷地内には幾つもの建物が立っており、辺りには鍛錬に勤しむ学生の姿が見える。


「お姉さん、あの建物は?」


 僕が指差したのは校舎に次ぐ大きさを持つ円蓋だ。


「あれは第一訓練場ね。他にも同じような建物があるでしょう? あれらは全て訓練場なの。試合を行う時なんかも使うわね」


「それと」と、お姉さんが立ち止まった。


「私の名前はクロエ。クロエ・ノワールよ。君の名前は?」

「僕はシンです。シンって呼んでください」

「分かったわシン。家名が無いってことはシンは平民なの?」

「えっと、一応あるんですけど、じいちゃんにあまり人前では言わない方がいいと言われてて……」

「そうだったのね。私は身分なんて気にしていないけど、学院の中にはそういうことを気にしている人もいるから気をつけてね?」


 広大な敷地を進んでいきようやく校舎に着いた。

 騎士学院というくらいだからきっと鍛錬する為にあれだけ広い訓練場やグラウンドが広がっているのだろう。それにしても正門から入って数分歩かないと校舎に着かないのは広すぎる気もするけど。


「それで、シンはどうして騎士学院に? シンは男の子だし、騎士シュヴァリエになりに来たって訳ではないでしょう?」

「僕もよく分かっていないんですけど、じいちゃんに騎士学院の学院長?って人にこの手紙を見せろとだけ言われてて」


魔法鞄マジックバッグの中から色褪せて少しよれた古めかしい手紙を取り出して見せる。


「それなら学院長室に向かわないとね。少しここで待っていてくれるかしら、先生方にお願いしてみるわ」

「はい、ありがとうございますクロエさん」


 廊下で待っていると通りかかった学院の生徒らしきお姉さん達が話しかけてきた。


「あれ? 君どうして学院にいるの?」

「もしかして誰かの弟さんかしら? それにしても可愛いね~」

「えっと、僕は……」


 突然複数人のお姉さんに質問されてどうすればいいのかと右往左往していると不意に両肩を掴まれ、背後に引っ張られると頭に柔らかい何かが当たった。


「く、クロエさん?」

「大丈夫? あなた達も学院で男の子を見るのが珍しいからと言ってあんまり質問したらシンが困っちゃってるでしょ」

「クロエさんだわ! えっとその子はクロエさんの弟さんなの?」

「いいえ、そういう訳ではないのだけど、たまたま道で迷子になっているところを見かけて今案内してるの」

「そうだったんだね、それじゃあ私達はこれで。またね君!」


 バイバイと笑顔で手を振ってくるお姉さん達に手を振り返す。お姉さん達の姿が見えなくなるとクロエさんが僕の両肩を掴んでいた手を離した。


「ありがとうございましたクロエさん。僕、大勢の人と話すのって経験が無くて……」

「いいえ、どういたしまして。少し残念な報せがあるのだけど……」


 クロエさんが先生方にお願いしてみたところ、事前に報せがなく学院長に面会することは難しいと断られてしまったそうだ。それを申し訳なさそうにクロエさんは伝えてくれた。


「そうですか……でもそうしたらどうしようかな」

「まあでも問題ないわ、学院長に会いに行きましょ?」

「え?? でも今、先生方にお願いしたら断られたって……」


 ふふっと唇に指を添えて笑みを浮かべると、クロエさんはちょいちょいと手招きをした。僕が顔を寄せると小声でこう言った。


「先生から許可を貰えなかったなら直接学院長に会いに行ってしまえばいいのよ」


 悪戯を思いついたような顔をクロエさんが浮かべると何だか妙に妖艶に思えてドキリとしてしまった。


「で、でもそんなのバレたら怒られるんじゃ……」

「大丈夫よ、学院長はそういうことを気にするような人じゃないし。さ、行きましょ」


 クロエさんに手を引かれるまま廊下を歩きだした。

 行き交う他の生徒達の視線を浴びながら進んでいくと、他の部屋よりも明らかに雰囲気の違う扉が目に入った。


「ここが学院長室。さ、入りましょう」


 コンコンと扉をノックすると、中から声が返ってきた。それを合図にクロエさんが扉を開け、学院長室の中に僕を連れて入った。


「おや? クロエ君じゃないか、特に面会の予定は無かったと思うが。その子は?」


 部屋の奥の椅子に腰掛け何かの書類に目を通しながら反応した彼女こそが学院長なのだろう。

 片目に眼帯をつけていて落ち着いた雰囲気のある人だ。


「はい。この子が街中で困っているようだったので声を掛けたところ、どうやら学院長に用事があるようだったので案内しました」

「ふむ……。君は私にどんな用事があるのかな?」

「あ、えっとこれを」


 僕は慌てて魔法鞄マジックバッグの中を漁ると、焦って探していたため魔法鞄マジックバッグの中にしまっていた槌を落としてしまった。


「す、すいません!!」

「いや、かまわな――」


 そこで、それまで書類に目を落としていた学院長の視線が僕の零れ落としてしまった鎚に固定された。


「その槌……少し見せてくれないか?」

「え? はい」


 僕の鎚を受け取り、様々な角度から吟味するとそれまで真剣だった表情が少し緩み、口元に笑みが浮かんだ。


「なるほど……。もしかして手紙か何か持ってるんじゃないかな?」

「どうしてそれを……。確かに学院長宛ての手紙をじいちゃんから受け取ってます」


 魔法鞄マジックバッグから色褪せた手紙を取り出すと学院長に手渡す。

 封を開くと学院長は手紙を開き、少し経つと再び口元を僅かに緩めた。


「なるほど……。君がそうだったのか」

「その……じいちゃんの手紙にはどんなことが書いてあったんですか?」

「君の面倒を見てやって欲しいとのことだったよ。私と君のおじいさんは旧知の仲でね。それと、君を騎士学院に入学させてやって欲しいとのことだった」

「え?」

「学院長、発言よろしいでしょうか?」


 すっと手を軽く上げるとクロエさんが一歩前に出た。学院長が頷くのを待ち、クロエさんが僕に視線を向けた。


「学院長が彼のおじい様と面識があって彼の面倒を見るというのは分かります。ですが、彼を騎士学院に入学させることは考え直した方が彼のためではないでしょうか」

「ほう? クロエ君は何故そう思うんだ?」

「学院長もご存知の通り、騎士学院では何よりもその強さが尊ばれ重視されます。そしてシンは、彼は《《男》》です」

「えっと、僕が男であることが何か問題なんですか……?」

「おじいさんから騎士シュヴァリエの話を聞いたことはないかい?」

「いえ……」


 特にじいちゃんから騎士シュヴァリエの話を聞いた覚えはない。強いて言えば小さい頃に寝る前に聞いた魔神を討つ十二人の剣士の話くらいだろうか。


「そう……。シン、騎士シュヴァリエにはね、《《女しかなれない》》のよ」

「え? どうしてですか?」

「クロエ君、その言い方には少し語弊があるよ。実際は《《例外を除いて》》女性にしか魔力を扱うことが出来ないからなんだ」


 ん? 女性にしか魔力を扱うことが出来ない?

 クロエさんと学院長は何を言ってるんだろうか?


「あの、魔力ってこの魔力ですよね?」


 僕は右手に魔力を集め、炎の形に具現化させる。


「なっ……」

「ふふふっ、そう、その魔力だよ」

「学院長これは!? こんなことあり得ない……一体どうしてシンに魔力が扱えるんですか!」

「それは彼が、魔神大戦の英雄、十二英傑ラウンドと共に戦った伝説の鍛冶師センジ・ムラマサの孫だからだよ」


 僕が右手の炎を掻き消すと、こちらを見てうっすらと笑みを浮かべる学院長と驚愕を隠し切れない表情を浮かべるクロエさんからの視線を受けて自然と冷や汗が浮かんだ。


「改めて、シン・ムラマサと言います。これからよろしくお願いします……」


 じいちゃん、僕はこれからちゃんと一人でやっていけるのか不安になってきました……。

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