ジャネット
アタシの名前はジャネット。
今日もアタシはいつものように、鉱山で護石を探していたッス。
昨日はひさしぶりに、外から来た人と話したな。
ナガトたちのキラキラした装備が、なんだかとても羨ましかった。
はあ……アタシも早く【女神の護石】を見つけて、外の世界に冒険に行きたいッス。
アタシがこの鉱山に来たのは、冒険者になって割とすぐのことだ。
そのときアタシは最強の武闘家を目指してた。
……でもすぐに気づいてしまったんだ。武闘家として最強のスキル構成を実現するには、女神の護石が必要だってことに。
妥協なんてしたくなかったから、アタシはすぐに鉱山にこもるようになって、それで何年たったッスかね……ああ駄目だ、もうよく思い出せないや。
アタシはいったい何のために最強を目指していたのか……こうやって毎日毎日ピッケルを振るうたびにだんだん分からなくなっていったッス。
朝起きた時……今日は鉱山はお休みして、外で冒険しようかって思うこともあるけど、それは叶わぬ望みッス。
なんでかって、もしお休みした今日がアタシが女神の護石に会えるはずだった日かもって考えたら……怖くてそんなことはとてもできないッス。
ここにいると、気が楽ッス。毎日ピッケルを振ること以外、考えなくていいから。
『副産物』の鉱石を売れば、食べていくにも困らない。そう……別に悪いことじゃないッス。アタシがずっとここで石を掘っていても、誰にも何にも言われるわけじゃないんすから……
「……それにしても、グレッグ。なんでまだ鉱山にいるッスか?」
「あはは……なんか長年の癖で、朝起きたらピッケルを振らないと落ち着かないんだ。でも、本当に今日が最後さ。昼には荷物を持って、この鉱山を出ていくよ」
「そっか。最後に一緒に採掘ができてよかったッス」
アタシの隣でピッケルを振ってるのはグレッグ。この鉱山で、ずっと一緒に護石を掘ってた鉱夫仲間ッス。
グレッグとはアタシがこの鉱山に来た頃からの付き合いで、集めた護石を自慢したり、されたりしたけど……それも今日で終わり。グレッグは女神の護石を手に入れたから『卒業』して出ていくッス。
少し寂しいけど、仕方ないッスよね。
――その時だった。
鉱山の奥から、悲鳴のような声が聞こえてきたッス……!
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
な、なんすか今の声?
アタシはグレッグと顔を見合わせていたッス。
すると坑道の奥から何人もの鉱夫たちが慌てた様子で走ってきた。
彼らはアタシらに言ったッス。
「た、大変だっ。ハイオークの群れだ!」
「坑道が、ハイオークの巣穴に繋がっちまったらしい! もう、すぐそこまで来てるぞ!!」
男たちはそう言って走っていったッス。
「ど、どうしようジャネット。俺たち、今はピッケルくらいしか武器がないよ……」
グレッグがアタシのとなりで不安そうに声を上げたッス。
アタシは自分の中で、ちょっと考えていたッス。
そういえば……アタシはなんであんなに最強を目指していたんだっけ?
ピッケルを振ってる内に、もう忘れてしまったッス。
でも、たしか……なにか理由があったような……ああ、もう。駄目だ。なにも思い出せないッス。
アタシはグレッグに言ったッス。
「グレッグ、アンタは逃げるッス。ここはアタシが食い止めるッス!」
「ジャネット!? でも、それじゃ君が」
「心配ないッス。アタシは鍛えてるし、武闘家だから武器が無くても戦えるッス。オークの相手くらい余裕っすよ」
「……だったら、俺も戦う。武器がなくったってジャネットと一緒に戦うよ」
「グレッグ、今は無茶は駄目っス。グレッグはようやく、女神の護石に会えたんスから。グレッグには冒険者で成功して、ハーレムを作るって夢があるんだから。ここはアタシにまかせておくっすよ」
「ジャネット……」
「大丈夫。オークを足止めしたらすぐにアタシも合流するッス。……さあグレッグ、早く行くっスよ」
「……必ず、助けを呼んでくる。ジャネット、待っててくれ」
グレッグは後ろに走って行ったッス。
ふう……よかった。あとはアタシが頑張るだけっすね。
「「ブヒュルウウウ!!」」
暗闇の先から、うなり声が聞こえてきたッス。
アタシはこぶしを構えて、そっちを睨む。
なぁに、オークならそんなに大した相手じゃないッス。
問題ない、やれるハズっす。アタシならこれくらい……
ぴちゃ……ぴちゃ……
どこかで水の跳ねる音が聴こえる。
アタシは冷たい地面の感覚で目を覚ましたッス。あれ、ここはどこ……?
たしかアタシはオークと戦っていて、それから……。
くっ……駄目だ、よく思い出せないな。アタシはいったいどうなったッスか。グレッグは……?
「あれ?」
じゃらり……
立ち上がろうとすると、アタシの片足に鎖で繋がれた枷がはめられているのに気付いたッス。
よく見ると、ここはどこかの洞窟の中みたいだ。洞窟の中は鉄格子で仕切られてて、かび臭い空気が立ち込めてる……なんか、まるで牢屋みたいッス。
これって、もしかしてオークの……
なんだかすごく嫌な予感がして、アタシはぞっと寒気がしたッス。
――その時だった。
ズシン……ズシン……
洞窟の向こうからなにかの足音が聞こえてきたっす。遅れて聞こえてくる荒い鼻息のような音。
獣のような鼻をつく臭いが、だんだん強くなってきた。
「ブヒィイイッ!!」
「ひ、ひええっ!」
暗闇の中からぬうっとあらわれたのは、見上げるほど大きなオークだったッス。
ぬらりとした灰色の肌が、かがり火に照らされている。
で、でかい……。二メートル以上あるッスね……。
オークは、舌なめずりしながら笑っているように見えたッス。
やばい。どうやらアタシは、しくじったみたいっす。
まさかオークに捕まっちゃうなんて……。
オークが牢屋のとびらを開けて、アタシに近づいてくる。
ど、どうしよう。ああ、えっと、そうだ!
アタシは、勢いよく立ち上がって拳を構えたッス。
片足を縛られてたって戦えるッス。こいつを倒して、ここから脱出しないと。
アタシは拳に力を込めて、武闘家のスキル【正拳突き】を繰り出したッス……!
「せぇっ! やあぁぁッ!!」
ズドン!!
アタシは渾身の力を込めた正拳突きをオークに打ち込んだッス。
だけどオークは平然と立っていた。う、嘘……効いてない!?
そんな……オークならこれで倒せるハズなのに。
「ブヒュー!」
「わぁぁっ! い、嫌あっ!」
迫ってくるオークに、アタシはおもわず後ずさる。
……ま、まずい。後ろは壁で逃げ場がない。
もしかして普通のオークじゃないんスか?
こいつ、すごいパワーっす。くっ……押し返せない……!
アタシは必死になってもがく。けど、オークはその太い腕でアタシの両手を壁に押さえつけ、顔を近づけてくる。牙の生えた大きな口から、荒く息が漏れてたッス。
オークはべろりと舌なめずりしながら、まるで品定めでもするようにアタシを見ていた。
や、やばい……こいつまさかアタシを食べるつもりっスか?
そ、そんなぁ。まだアタシは【女神の護石】にも会えてないのに……
「だ、誰か助けてぇ……!」
――アタシがおもわず叫んだ、その時だった。
キィン……ズバァン!!
どこかから飛んできた、真っ赤な閃光がオークの体を貫いていったッス。
「ブ、ヒュ……!?」
オークは短い断末魔を上げて、ばたりと横に倒れたっす。
な、なにが起きたッスか……?
アタシは走って来る二人を見た。――黒いコートの、その姿にアタシは見覚えがあったッス。あれは……昨日の……
気が付いたらアタシは、なんだか泣いていたッス。
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