うずまくカリュブディス亭
サンドクラブの素材を回収し終えた俺たち。
どうやらジュノ海岸にいたサンドクラブたちはほとんど倒してしまったようだ。
アイテムポーチに詰められた大量の素材。
100体分は超えるだろう。これは相当の金額になりそうだ。
「ふう……だいぶ静かになったわね。ねえ、これで全部倒したかしら?」
「ああ、大部分は討伐できたみたいだね。これでここも安全になるさ」
それにしてもなぜこんなに数がいたのだろう。
何か理由があるのだろうか?
そんな事を考えているとルナリエが顔を赤くしながら言った。
「ねえナガト、蟹退治もひと段落したしちょっと疲れたわよね。どうかしら、どこかで少し休まない?」
「えっ? ああ、でもルナリエは三日三晩寝ずに戦っても平気なんじゃ……」
「そ、そんなわけないでしょ。まさかサノスの言った事本気にしてるの? 私はね、か弱い女の子なのよ。すぐに疲れてしまうの」
「そうか。なら休んだ方がいいね。どうだろう、どこかによさそうな場所は……」
「あーっ! 見てみてちょうどあそこによさそうな宿屋があるわ。ねえあそこで休みましょうよ」
「本当だ。こんなところに宿があるんだね。ラッキーだなあ!」
「ホント偶然よねぇ。たまたまこんな所に宿があるなんてちっとも知らなかったわ。じゃあ行きましょうか!」
ルナリエは俺の腕をぐいぐい引っ張りながらハイテンションで宿屋に向かっていく。
おかしいな、彼女は疲れているんだよな……
俺の頭に浮かぶ微かな違和感。
ルナリエが疲れているから宿でちょっと休むだけだ。
俺たちは同じパーティー。
そう、なにもおかしい事はないはずなんだが……
なんだろう、この胸騒ぎは。
俺はなにか越えてはならない一線を越えようとしているような。
だがその違和感の正体がわからないまま、俺たちは宿の前までやってきてしまった。
「へえ、近くで見ると立派な宿屋だなあ」
「そうでしょ? ここは部屋から海がよく見えて、お風呂も温泉が有名だわ。カップルにとても人気の宿屋なのよ」
「えっ? ルナリエはこの宿のこと知ってたの?」
「い、いえいえ全然知らないわ。たぶんそうなんじゃないかなって、そう思っただけよ」
「そうなんだ。じゃあ入るとするか!」
「ええ、そうしましょ」
俺はルナリエを連れて宿屋の門をくぐった。
宿屋の看板には『うずまくカリュブディス亭』と書かれていた。
ジュノ海岸の宿屋を訪れた俺たち。
しかし宿の中は、まるで地獄のような惨状だった。
「ぐわああああ!! 痛てええええええ!!」
「お、俺の腕が、あがああああッ!!」
床のあちこちに作られた簡易ベッドに寝かされた冒険者たち。
みんなボロボロであちこち傷だらけだ。
あたりに血の匂いが充満し、耐えがたい激痛に苦しむ人々の叫びがこだましていた。
「こ、これはひどい……!」
「どうなっているの? これじゃまるで野戦病院みたいだわ」
俺たちが困惑していると、宿の奥から赤髪の美少女があらわれた。
彼女は宿の人だろうか、白い割烹着を身にまとっている。
「あっ、お客さんですか? 私はここの女将のイルマといいます。ですがすみません、今立て込んでおりましてとてもお客さんをお泊めできる状態では……」
――宿の女将イルマに聞いた事件の顛末はこうだ。
海水浴客でにぎわう平和なジュノ海岸に突如サンドクラブの大群が襲来。
海水浴客は逃げ去り、ビーチには誰もいなくなった。
その後、冒険者ギルドから討伐隊が出されたが、予想外のサンドクラブの数に討伐隊は壊滅。
それで急遽、近くにあったこの宿に負傷者たちが運び込まれたのだった。
「なんてことだ。まさかジュノ海岸がこんなことになっているなんて」
「私たちも宿にあったポーションで出来る限り対処しましたが、なにぶんこの人数では難しく……ああ、どうすれば……」
イルマは突然の事態に困惑しきった様子だった。
気の毒に。彼女はなかば巻き込まれた立場なのに、傷ついた冒険者たちのために心を痛めているのだろう。
こういう時は俺が力になってやらないとな。
「イルマさん、ここは俺にまかせてください。俺はギルドから来た治療師です。俺が彼らを治してみせます」
「ほ、本当ですか!? あなたたちは一体?」
「紹介するわ。彼はブラック治療師のナガト、私は助手のルナリエよ。ナガト、私からもお願いするわ。こういう時はギルドから救援の治療師が派遣されるけど、たぶんまだ時間がかかると思う。彼らをどうか助けてあげて!」
「ああ、まかせてくれ! よし、さっそく治療を始めるか。イルマさん、一番重篤な患者の所に案内してくれますか?」
「わ、わかりました。こっちです」
イルマに案内され、俺は宿の奥の部屋に通される。
ベッドに寝かされたその患者を見て、ルナリエは短く悲鳴をあげた。
「これはひどい……」
それは、まだ年若い冒険者の男だった。
だがその片脚は、なかばからちぎれていて、ほとんど皮一枚で繋がっているだけだった。
おそらく砂の中から襲ってきたサンドクラブのハサミにやられたのだろう。
「ううっ、リーダー。どうか死なないで!!」
「サリー、諦めるんだ。リーダーはもう……ううっ、ちくしょう。なんでこんなことに!」
ベッドに力なく横たわるその男の手にパーティーの仲間らしき女が泣きながら縋りついていた。
「皆さん、いま治療師の先生をお連れしましたよ!」
イルマの声に、部屋の中の視線が俺に集まる。
「紹介します、この方はブラック治療師のナガト先生です。先生どうかお願いします」
「ブラック治療師!?」
「な、なんだか怖そう……」
突然現れた黒衣姿の俺に怯える二人。
なんだかパーティー名が俺のジョブみたいになってる気がする。
やれやれ、まいったな。
俺は普通の治療師なんだが……
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