雨雲
結局ダリルたちが飽きるまでアングリーバッファロー狩りを繰り返した俺たち。
アクトゥスの街に帰る頃には日がすっかり暮れていた。
俺は仲間たちと別れ、家に帰る道を歩いていた。
そういえば今日はいろいろあったせいで昼飯をとるのを忘れていたな。
家に帰れば夕飯が用意されていることだろう。
今日の献立はなんだろうか。
ーー俺がそんなことを考えている時だった。
なにかとても嫌な予感がする。
さっきからこの胸騒ぎはいったいなんだろうか?
なにか大事な事を忘れているような……
この後、家に帰れば夕飯が待っている。
キッチンで料理をするライザの姿が頭に浮かんだ。
「あ……」
額に嫌な汗が流れる。
……そうだ、すっかり忘れていた。
俺はのんびりとアングリーバッファローを狩っていた事を後悔した。
なぜ、もっと早くライザがサマーキャンペーンで景品を得られたかどうかを確認しなかったのだろうか。
今日ギルドで会った青年、リーフが幸運だった事が一つある。
それはリーフが無課金で装備に関する知識を持っていなかった事だ。
【レベル150】の【魔杖レーヴァテイン】がどれほど凶悪な性能をしているのか、それを手に入れるにはどれだけ莫大な金と素材と時間が要るのか、リーフはほとんど知らないのである。
いったい今日のイベントでどれほど強力な武器が配布されたのか、もし彼が本当の事を知っていたらとても正気ではいられなかっただろう。
だがライザは違う、彼女は微課金だ。
生活費を節約し、それなりに身銭を切ってガチャを回している。
しかも、普通の微課金ではない。
俺が毎日のようにガチャで排出される武器はどれが強いだとか、武器一本のレベルを150まで上げるのはこれだけ大変なんだとか、そんな話ばかり聞かせていたから知識だけは人一倍あるのだ。
そんな彼女が、もし周りが大当たりの歓喜に沸く中でティッシュ二つを渡されたらどうだろうか。
ライザが初めて教会でガチャを回した日の事を思い出す。
当たりを引いて、わあっと喜びの涙を流すライザの姿は印象深かった。
あれと真逆の事が起こったらライザはどうなるだろうか?
俺はたまらず走り出した。
ぽつぽつと俺の顔に降りつける冷たい雫。
夏の天気は変わりやすいのだ。
「くそっ! 降ってきやがった」
大丈夫だ……そう、大丈夫。俺は呼吸を整える。
俺の心配のしすぎかもしれない。
案外、家に帰ったら大当たりを引いたライザが笑顔で待っているかもしれないのだ。
見た限り、あのダーツ盤は当たりの金、赤、青で全体の半分は占めていた。
ガチャのピックアップを出すのに比べたら、二回に一回が当たりならひどく簡単じゃないか。
二回投げれば一回は当たりが得られる計算だ。
俺とライザで計二回投げたのだったら、計算上一回くらいは当たる。
そして俺が外れたんだから彼女は当たっているだろう。
……いや、待てよ。本当にそうだろうか?
嫌な汗が全身から止まらない。
悪い予感はどんどん強くなっていく。
俺はぬかるんだ地面の泥を蹴りながら家に急いだ。
「くそ! ライザ、無事でいてくれ!」
分厚い雲が空を覆いつくし、ひどく暗い夜だった。
ざああっと雨がしたたかに地面に打ち付ける。
遠くに見える俺の家の窓には灯りがない。
煙突からの煙はなく静まり返っている。
「はあ……はあ……」
俺は息を切らせながら玄関の戸の前にたどり着いた。
俺はゆっくりとドアノブを回す。
戸に鍵はかかっていない。
合鍵を持っているのは一人しかいなかった。
「ライザ……いるのか……?」
俺は小さく呟きながら灯りを点けた。
食事用のテーブルに顔を伏せて彼女はそこにいた。
赤く泣き腫らした頬にはいくつもの涙の跡が残る。
かき乱された髪がぐちゃぐちゃになっていた。
何やら尋常ではない事態がライザの身に降りかかったのは明らかだった。
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