SSS ~エボニーのとある思い出~
「はぁ、はぁ、はぁ……」
MOの要素を含んだVRゲーム「Sea of StarS」を購入してから数ヶ月が経つ中で、エボニーは自身の職業を何にするか手探りを続けていた。
勿論、やりたい職業はある。しかし、その職業は条件を達成しなければ選択する事が出来ない。だが他の職業も魅力があり、それぞれの職業に合わせられる立ち回りがある事も承知している。その所為だろうか、エボニーは手当たり次第に全職業を試してみようと考えたのだろう。
だがこのゲームを購入して数ヶ月が経っている。普通のプレイヤーであれば、もう数個の職業に絞ってプレイスタイルを確立している頃だ。拠点としている街で擦れ違う他のプレイヤーの装備も、パーティーも、中々の熟練度になっているというのは見て理解出来てしまう。
――そう、エボニーは出遅れてしまっていたのだ。
のんびりとしている部分もあれば、緊張感のある部分もあるのがこのゲームの売りだろう。美しい街並、個性豊かなNPCに多種多様な装備とアイテム、それを駆使して試行錯誤を繰り返してモンスターに挑戦する。
そんな何処か「自分だけのライフスタイル」を確立する事が出来る空間であればこそ、このゲームは注目されていたし、購入する人間も多く居た事はエボニーも知っている事だ。
しかし、……エボニーは飛竜と巨人の同時クエストを受注したから痛感するのである。
「っ!!(クソ、のんびりし過ぎたっ!)」
『グォォォォォォォッッ!!』
飛竜の咆哮に耳を塞ぐエボニーは木陰に身を潜めながら、状況を確認しつつ、アイテムポーチを確認する。少しだけ逃げ回っていた所為で、体力回復とスタミナ回復のアイテムが枯渇してしまっている。十分に持って来たはずなのだが、これは同時討伐クエストだという事を失念していたのだろう。
木陰から覗き込もうとした途端、地響きによってエボニーはハッとして後ろに顔を向ける。
『――ウォアァァァァァッッッ!!』
「やばっ……(緊急回避コマンド!!)」
背後から姿を現したのは、「針葉の巨人」だ。このクエストのメインモンスターだが、同時に少し離れた位置に陣取っている「火焔の飛竜」を討伐しなければならない。
「はぁ、はぁ、はぁ……どうせなら縄張り争いで、火と草なんだから争って欲しいもんだな」
そんな仕様は実装されていない。このゲームは出たばかりで、アップデートもまだ無い状態だ。悪評も好評も、恐らくまだ集計中なのだろう。プレイヤーの数も多いから、集まっている意見や感想の全てに目を通す事は長い時間が必要だという事は分かっている。
分かっているつもりだが、エボニーは駆け回りながら文句という名の愚痴を零す。
「こちとら戦士なんだよっ、力こそパワーってなぁ!!」
『――!!』
「火焔の飛竜」を転ばせたのにガッツポーズするエボニーは、戦士特有のパワープレイで体力を削ろうとする。しかし、それを良しとしないのがモンスターの行動である。
「針葉の巨人」の腕が振るわれ、エボニーは焦って攻撃をキャンセルして再び緊急回避をする。だが、コマンドが遅れてしまったのだろう。その腕を食らってしまい、地面を転がり、体力ゲージが大幅に削られる。
急いで立ち上がり回復アイテムを使用していると、「火焔の飛竜」が「針葉の巨人」の背後で起き上がっているのを確認した。その様子を見て舌打ちをしたが、ニヤリと笑みを浮かべたエボニーはアイテムポーチから閃光銃を取り出した。
「起き上がりにピヨっとけよ、火焔の飛竜っ!」
ダメージモーションを確認したエボニーは、再び武器を構えて巨人の足元を通り過ぎる。スタミナが続く限り走って距離を縮めたエボニーは、混乱モーションとなっている「火焔の飛竜」に向かってダッシュ攻撃を繰り出した。
画面に大きく『火焔の飛竜を討伐しました』と表示を見るが、エボニーは空かさず背後の巨人に目を向ける。「火焔の飛竜」と違って動きは鈍いが、その攻撃は一撃一撃が致命傷レベル。食らい過ぎれば、体力が全て削られて画面に『死亡しました』と出るのは確実だろう。
『オォォォォォォォォォォッッ』
「相変わらず図体がデカいよな、お前。これだから職業をアレに変えたいんだよなぁ」
なりたい職業を連想するが、すぐに溜息混じりに「針葉の巨人」に集中する。一つ一つの動き、攻撃モーションは頭に入っている。攻略サイトや他人のプレイを見て、自分でもプレイしてようやく頭に刻み込んだのだ。
倒し方が分かっていれば、今の自分でも倒す事が出来るだろう。そう思ったエボニーは、楽しげな表情を浮かべて武器を構えて大口を開いて言った。
「よっし、一狩り行こうかっ!」
◇◇◇ノトの国・酒場◇◇◇
「どうしたの?エボニーさん、ボーっとして」
酒を片手にボーっとしているのが気になったのか、エボニーの顔を覗き込むようにルイーズはそう問い掛ける。その声にハッとしたエボニーは、首に手を添えながら苦笑しながら告げた。
「あぁ、いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「???……変なエボニーさん」
首を傾げるルイーズは、ノアとアイネスにエボニーの戦闘が凄かったと語り戻した。その様子を眺めながら、エボニーは目を細めて酒の水面に映る自分の顔を見て口角を上げる。
「(懐かしいな。針葉の巨人を倒したからか、昔はあんなに簡単じゃなかったな)」
そんな物思いに耽りながら、エボニーは片手に持った酒を一気に飲み干したのであった。
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