〔3〕
キーラが目覚めたのは、所属するマシンボディ反対派活動拠点『エンド・ルート』本部の病室だった。
生きている……。
意識が戻った途端、医師や看護師に囲まれ様々な精密検査を行われ、数時間。
ようやくベッドに戻ったキーラは、真っ白な天井を見つめながら自分が助けられた状況を思い出そうと朧気な記憶を逆に辿った。
身体を抱え上げた逞しい腕、部屋の入り口に現れた黒い影、爆発音と衝撃、誰かが読み上げるカウントダウン……。
「アリス! アリスはどこに!」
焦燥感に襲われ身体を起こそうとした。だが身体は微動だにせず、全身に激痛が走る。
「おっと、無理に起きようとしないで下さいよ? 救出から五日、意識不明で寝たきりだったのに急に動いたら身体が悲鳴を上げますからねぇ」
病室のドア方向から聞き覚えのある声がしてキーラが顔を向けると、そこに信頼する部下であるグレイグ・ダート軍曹の姿があった。
「グレッグ……私は助かったんだな」
「えぇ、助けることが出来て本当に良かったです。捜索を打ち切ろうとした上層部に、喧嘩を売った甲斐がありますよ……」
親しみのある通称で話しかけられ、ダート軍曹は涙ぐむ。戦場では頼もしい屈強の軍曹だが、キーラの生還を喜ぶ姿は大きな熊のぬいぐるみのようだ。
グレイグから聞いたところでは、キーラの捜索は十日ほどで打ち切られるはずだった。しかしグレイグやキーラ直属の部下、本部指令補佐官のルドルフ・スピナー少佐の進言で期間が延長したという。
「捜索隊は諦めムードでしたがね、根気よく氷を取り除いて少尉の通信をキャッチしたときは、みんなで歓声を上げました」
「あぁ、私にも聞こえたよ……ところで、私と一緒にいた少女はいま、どこにいる? あの子は命の恩人なんだ」
キーラの質問に、グレイグの表情が曇った。
「少尉、わかってるでしょう? あれは、マシンですぜ? 人間みたいな言い方、しない方がいいんじゃないですか?」
「……」
グレイグの言い分は、もっともだった。極限状態で情が移ったとはいえ、相手は『核』の移植が無い、ただのマシンボディなのだ。
しかし、マシンである『アリス』に命を救われたことは変わり無い。
「誤解させたなら悪かった。私は単に、あのマシンがなぜ私を助けたのか知りたいんだよ」
キーラは『アリス』と過ごした数日間をグレイグに説明した。
グレイグは半信半疑の様相で聞いていたが、キーラの話し終わると大きくため息を吐く。
「正直オレも、あの状況で少尉が生きている可能性は低いと思っていました。そうですか、例のマシン野郎……っと、マシンの女の子がいなけりゃ少尉は……」
上官の前でも口の悪さが出てしまうグレイグにキーラは苦笑する。無理も無い、グレイグはマシンボディ賛成派が戦闘用に改良した『アント』に家族全員殺されている。
「少尉の言う個体『アリス』は多分、この病院がある本部研究棟で隔離されていると思います。手に入ったマシンボディは重要な研究対象ですから……」
何かを言いかけたグレイグは、急に口を噤みキーラの表情を伺った。意図を察したキーラは首を横に振った。
「気を遣わなくて良い、私も研究対象であることに違いないからな」
キーラは十八歳の時、戦闘で右腕と右足を失う大怪我を負った。何度も生死の境をさまよい、容態が落ち着くまで半年。だが命を取り留めたとはいえ、自分の状態を知り未来に希望を持つことは出来なかった。
ある日、鬱々たる精神状態のキーラは介護する姉の目を盗み、自由に動く手で自らの心臓を突いた。
だが死に至ることは叶わず、病院のベッドで目覚めたとき。
キーラは失ったはずの右腕と右足を取り戻していたのだ。
その後、キーラの姉が自らの臓器を高額で売り、当時違法であったナノマシンボディをキーラに移植した事を知った。
臓器を失い身体の弱った姉は政府に拘束され、そのまま帰らぬ人となった。
半身がマシンボディとなり政府監視下の元、軍に復帰したキーラはマシンボディ賛成派を殺す。
皮肉にも残された道は、それしかなかった。
姉がくれた、この身体を粗末には出来ない。
「あっ、あのぉ少尉……何があろうと少尉は少尉です。それにオレは、そのっ……」
「キーラ・ステイシー少尉! 意識が戻ったそうだね、待ちかねていたよ! 早速きみに頼みたいことがあるんだが! おや、ダート軍曹はまたステイシー少尉の病室にいるのかい? 彼女の意識が無い間、毎日様子を見に来ていたそうだね!」
突然、明るい口調で呼びかけながら病室に入ってきたのは本部指令補佐官のルドルフ・スピナー少佐だった。言葉を遮られたグレッグは、赤い顔で黙り込む。
上官の登場に起き上がろうとしたキーラを、スピナーは手で制した。
「あぁ、そのままで良い。今回の任務はお手柄だった。ステイシー少尉の無事を心から喜んでいるよ」
長い銀髪を後ろに結んだ痩せて背の高い上官は、心底嬉しそうに笑う。
「ダート軍曹から、私の救出に口添えしていただけたと聞きました。ありがとうございます。それで、頼みたいこととは?」
スピナーは居心地悪そうなグレイグに一瞬目線を飛ばした。
「救出の継続については、巨大熊の噛み付きそうな勢いに勝てなかったんだよ。礼なら、そこにいる熊に言ってくれたまえ。私としても貴重なサンプルを二体、失わずに済んだわけだ。さて、頼みの件は他でもない。きみが回収してきた個体『アリス』のことでね。あぁ、『アリス』の呼び名は本人が自己紹介してくれたから便宜上、そう呼ぶことにしたんだ」
「本人……」
反対派幹部の意外な発言にキーラは戸惑った。しかしスピナーは、よほど『アリス』に興味があるのか気にする様子も無い。
「『核』移植が無い個体は人工知能により多少は人間らしい動きや受け答えが出来るが、基本的に命令された動作しか出来ない。ところが『アリス』には人格に似た感情が備わっているようなんだ」
「それは……どういうことですか?」
スピナーが「本人」と発言した理由は、人格があると考えたからか?
『アント』の集合体であるマシンボディに人格?
「ステイシー少尉、『アリス』はきみの身体を心配しているんだよ」
「えっ?」
驚くキーラに、スピナーは意味深な微笑みを浮かべた。
「きみには早急に『アリス』と会ってもらいたい。体調の回復を待つ時間は無くてね。『アリス』を解体する前に、きみが『アリス』と過ごした時間で与えた影響を検証したい」
スピナー少佐は軍人と言うより科学者に近い人物で、噂では、マシンボディをいかに効率的に破壊するか常に研究しているらしい。キーラを事あるごとに呼び出し、データ提供を求めるので辟易していた。
目の前のスピナーは、すぐにでも『アリス』を研究したくてたまらない様子だ。
解体の言葉にキーラの心は揺れる。
軍人という立場上、敵への感情移入などあってはならない。しかも、相手はマシンだ。
感情に、理性が追いつかなかった。
「今すぐ、『アリス』に会わせて下さい」
不安定な気持ちに答えを出すため、『アリス』に会わなくてはならない。
キーラは看護師とグレイグの手を借り用意された車椅子に移った。車椅子は電動だが、今の体調では少し操作に不安が残る。
「すまないがグレッグ、車椅子を押してくれないか?」
「は! 光栄であります!」
キーラが頼むと、グレッグは嬉しそうに敬礼した。




