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〔2〕

 まず警戒心が働き生体反応を見た。

 人間ではない、『アント』のマシンボディ。

 映像で見たことはあるが、実物を見るのは初めてだった。白い肌、ほんのり赤い頬と唇。澄んだ青の瞳、長いまつげ。肩に掛かった銀の髪。肌も髪も、生きている幼い少女そのものではないか。

 だが、『アント』ならば『ノイズ・パイル』の作用効果で活動停止しているはずだ。地下二階の深さに効果が及ばなかったか? いや、部屋の中に黒い砂山がある。作業用個体がいた証拠だ。

 では、『これ』は何だ?

『アント』対戦銃を構え、ゆっくりとベッドに近付くキーラを少女は身動きせず、まっすぐ見つめている。敵対心も攻撃の意思も無いようだが外見に騙されてはいけない、相手はマシンなのだ。

 とは言え、頭で理解していても幼い少女の手足を拘束するのは良い気分ではなかった。

「悪いな、窮屈だろうがしばらく我慢してくれ」

 つい、人間に対するように話しかけてしまった。

「ワルイナ、キュウクツダロウガシバラクガマンスル」

 少女の発した抑揚のない言葉にキーラは驚いた。ただのオウム返しではない、返答の形になっている。

『核』移植の済んだ個体は人間として扱う条約があるため、『核』が無いことは確認済みだ。高度な人工知能が搭載されているのかもしれない。

「まさかこれが新兵器と言うんじゃないだろうな?」

 新兵器のサンプルとなれば、本部基地に持ち帰らねばならない。脱出の手段を探すため、キーラは部屋の外に出た。

 しかし部屋の前のわずかな空間を除いて通路は完全に瓦礫と氷塊で塞がれている。

 氷壁を爆破したのは研究施設を埋め、サンプルを渡さないためと考えればクレバスの半分以上は崩れた氷壁に埋まっていると考えられた。地上階層を調査していた部下二人の生存も、『フロッグ』機体の状態も絶望的だ。

 発見してもらえる可能性は低いと覚悟しながらもビーコンを作動させた。

 重歩兵スーツ・生態維持機能のエネルギーパックが枯渇するまで約十日。氷塊で水分を確保できるが、身体が冷えるため多くはとれない。

 体力温存とエネルギーパック節約のため、壊れた人形のように動かない少女から距離を置いてキーラは床に身体を丸めた。

 一日、二日……四日、六日……十日。

 日が経つにつれ少女の姿をしたマシンへの警戒は薄れ、ほとんどの時間を眠って過ごすようになったキーラは、自らの体温の低下と生命の危機を感じ始めていた。

「こんな死に方をしたら、姉さんに申し訳ないなぁ……」

 キーラは十歳の時、戦争に巻き込まれて両親を失った。その後、五歳上の姉に育てられ、十六歳で軍に志願した。姉は反対しなかった、ただ悲しそうな顔をしただけだった。

 姉に頼らず、一人で生きるためにした選択だ。だが十八歳の時、戦闘で大怪我を負ったキーラを助けたのは姉だった。

 その結果、命を落とすことになるとは……。

「……泉の水を求める鹿のように、わが魂は神なる御身を慕い求め……ごめん……姉さん」

 朦朧とする意識の中、キーラは昔姉とよく歌った歌を口ずさむ。

「ゴメン、ネエサン。謝罪対象、ネエサン」

「えっ?」

 ヘルメット内の通信機から聞こえるはずのない声が聞こえ、キーラは意識を取り戻した。

 救助隊……ではない、この声は?

 気がつくと背中に温かな何かが密着している。ヘルメット越しでは見えにくかったのでバイザーを上げ首を回した。

 背後から抱きつき身体を密着させていたのは、ベッドの上で拘束されて動けないはずの少女だった。

「暖かい……」

 少女の身体が発熱し、キーラの身体を温めているのだ。

「生命活動安全域マデ体温上昇確認」

 ベッドの上を見ると、拘束具は跡形もなく粉々になっている。

「まさか私の生命危機を察知したから拘束具を外し、救助行為を行ったのか?」 この少女は兵器ではないのか? そもそも兵器を幼い少女にする必要性とは? 

 では医療救助用? それも幼い少女の姿形である必要は無い。

 頭が混乱する。

「極度ノ脱水症状確認」

 呆然とするキーラから離れた少女は倒れたテーブル横に転がっていた金属のマグカップを拾い上げ、しばらく考えるような仕草をした後に部屋から出るとカップに氷のかけらを入れて戻ってきた。そしてまた、小首をかしげ考える仕草をし、カップを両手で包み込む。

 すると数分も経たないうちにカップから湯気が立ち始めた。

 キーラの前に、白湯で満たされたカップが差し出される。

「……ありがとう」

 少女の姿をしたマシンに命を救われたキーラは、複雑な思いで感謝の言葉を口にした。

 体温維持ができて水分があれば、あと十日は生きられる。拘束が無駄でも危険性がないなら、このマシンと一緒に救助の可能性を信じ少し頑張ってみようとキーラは思った。

「私が生きているうちは一緒にいることになるからな、名前がないと不便だ。うん……子供の頃、絵本で似た子供を見たことがあるよ。そう、確か名前はアリス。おまえのことは、アリスと呼ぶことにしよう」

「アリス……個体名アリス、認識」

 その日からキーラは、アリスの性能を確かめるため……と、言うよりは起きている時間の気を紛らわすために様々な試みを行った。

 覚えている童話を語り、歌を教え、絵を描き、手遊びをした。初めに子供の遊びを選んだのは、何かがキーワードとなり攻撃性を呼び起こす可能性を案じたからだが、数日を過ごすうち単に子供と遊ぶ楽しさの方が勝ってきた。

 アリスは特に、歌を好んだ。

 キーラが姉と歌った思い出の聖歌、『泉の水を求める鹿のように』を何度も聞きたがった。

 この曲は歌詞といえるものは短く、同じメロディを繰り返す曲だ。キーラは幼い頃から姉と一緒に、高低の旋律を重ね合わせたりアレンジしたりして遊んでいた。

 高い学習性能でアレンジの仕方をすぐに覚えてしまったアリスと一緒に、キーラは一日の大半を歌って過ごした。

 歌は、今は亡き姉と過ごしているような穏やかな気持ちにさせてくれた。

 氷の下に閉じ込められて、もう何日経つのかわからなくなっていた。体力も限界だ。

 救助は来ないだろう……だが、こんな気持ちで死ぬのは悪くない。

 私が死んだ後、アリスはどうなるのだろう? 

 エネルギーがつきるまで、この氷の下で歌い続けるのだろうか?

「寂しいな……あぁ、でもマシンに感情はないか」

「体温低下。キーラ、死んではダメよ。通信可能、救助部隊到着まで十二分五十秒、四十秒……十一分三十秒……」

 突然カウントダウンを始めたアリスに驚いたキーラは最後の気力を振り絞り、通信機のスイッチを入れた。エネルギー切れで繋がらないはずの通信機からノイズが聞こえる。

 アリスの手首から伸びたケーブルがヘルメットに何かしらの工作をしたようだ。

「キーラ! キーラ・ステイシー少尉! 生きているなら返事をしてくれ!」

 グレイグ・ダート軍曹の声だ。

「こちらキーラ・ステイシー。なんとか生きてるよ、救援を頼む」

 通信機の向こうに歓声が聞こえた。どうやら大人数で捜索に当たっていたらしい。

 大きく安堵の息をついたキーラの顔を、アリスがのぞき込んだ。

「キーラ、死なないね。アリス、嬉しい」

 嬉しい……?

 キーラはアリスを見つめ返した。

 気のせいだろうか、アリスは少し、微笑んでいるように見えた。




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