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〔1〕

 ホワイトアウト。

 外気温はマイナス八十二・七。氷結し降り積もった大気中の水分が、強い風に巻き上げられ白壁となって視界を遮る。

「少尉、ステイシー少尉! DVE(操縦者視界補助装置)がオフになってるぜ!」

「あぁ……わかっているよ、グレイグ」

 キーラ・ステイシーは、不自由な重歩兵スーツを装備した女性にしては大柄の身体を狭いコクピット内で捻り、コンソールパネルを操作した。すると白壁だったモニターは、一気にクリアな景観を映し出す。

 およそ三十メートル先には、氷原を切り裂く巨大な地獄の入り口。

 キーラに与えられた任務は深さ六千メートルの巨大クレバス底にあると思われる、敵の兵器工場調査だ。

 心強い相棒は『二足歩行型重機兵・フロッグ』。

 氷原迷彩の平たい車体両サイドに機銃が装備され、蛙に似た二本の脚に雪原滑走用エッジがついた装甲車だ。脚部のエッジを交換することで、あらゆる環境に適応する事が出来る。

 作戦に参加する小隊は、『フロッグ』五機、輸送用カーゴ一機、後方支援爆撃機一機。

「降下」

 キーラの合図とともに、部下であるグレイグ・ダート軍曹をはじめとする横並びになった五機の『フロッグ』は垂直離着陸用リフトファンを作動させ、ゆっくりとクレバスへ降下しながら南北に展開する。

 クレバスの入り口はおよそ東西に千五百メートル、南北に二十キロメートル。

 岩床がある最深部周辺氷壁を広く溶かした水と地熱を利用し稼働する敵の活動拠点を五機の『フロッグ』で探し当て、調査する任務……。

 しかし彼らを敵と認定するのは、はたして正しい事なのか?

 深くクレバスを降下していると、遙か遠い空の向こうにある宇宙に吸い込まれていくような感覚に囚われ一瞬、任務を離れた考えが浮かぶ。

 キーラが生きる世界は千四百年前、衝突は免れたものの危うい距離で最接近した巨大隕石により恒星を回る公転周期が外れてしまった。そのため地上の気温は徐々に下がり、ついには氷河期に突入。人々が極寒の世界を生きることになって三百年ほど経つ。

 大きく楕円を描く軌道が本来の位置に戻るのは、これよりまだ四千年ほどかかるそうだ。

 人々は四千年先の未来に希望を託し、変わりゆく環境に医療や科学力で身体を適応させながら生きてきたが、あるとき絶望的な研究結果が発表された。

『遺伝子終末期』。

 あらゆる生命体は環境の変化に適応することにより遺伝子が進化し、適応できない種は滅んでいる。人類の遺伝子も環境に適応し進化していくはずが、医療の発達や環境の改変で進化のチャンスを逃してきたため種としての限界を迎えてしまったのだ。

 生き残れない遺伝子が淘汰され一時は人口が激減しても、進化により生き残った遺伝子により種として再び繁栄できる。しかし、そのチャンスを失った人類は四千年先を待たず絶滅するという……。

 では、どうすれば種を保存できるのか? 

「少尉、北側のクレバスは岩床まで届いて無いから『蟻の巣』は予想通り南側じゃねぇか? 合流して南側を捜索した方が良い」

 部下を一機伴い北側を捜索しているグレイグから通信が入り、キーラは我に返った。

「そうだな……こちらは南に進むにつれ底辺の岩床が広くなっている。三機での捜索は厳しいから合流して……っ!」

「少尉?」

 キーラの異変を感じ取ったグレイグの声に緊張が走った。

 クレバス最深部。剥き出しになった黒い岩床に、小さな町一つ入るくらいの空間が広がっていた。その中央部、立体に連なり鈍い光を発する二十ほどの鉄色の球体。

「『蟻の巣』確認。合流は待たない、直ちに作戦行動に移る」

 敵の活動拠点、通称『蟻の巣』。

 蟻の形状に似たナノサイズのマシン、正式名『アント』の製造工場だ。

 種の保存が絶望的と考えた人類は、自らの身体をマシン化する道を選んだのである。

『アント』は『核』と呼ばれる集積回路を中心に結合し、プログラムされた人間の姿形を忠実に再現する。出来上がったボディに人格と記憶を移植し、偽りの生で四千年を生き抜きながら人類の再生を目指すという計画だ。

 しかし、当然ように「自然のまま滅ぶべき」と主張する反対派が現れ、賛成派政策の地域と反対派政策の地域に世界は二分化され戦争になった。

 戦争は長きにわたり、現時点の世界人口は八千万人に満たない。

 キーラは反対派勢力軍に所属しているが、確固たる反対派思想を持っているわけではなかった。

 戦争が始まってから反対派の国に生まれ、反対派の思想を持つ人々に囲まれて育ち、生きるために軍に入った。

 それだけだ。

「ノイズ・パイル発射」

『フロッグ』一機に装備された四本の杭『ノイズ・パイル』。三機合計で十二本が、『蟻の巣』を取り囲むように打ち込まれる。

 ノイズ・パイルは『アント』の活動を停止させる特殊な電磁波を発生させる装置だ。

『蟻の巣』の外壁は、あらゆる探知方法を駆使してもを装置を寄せ付けないため『アント』の活動停止を確かめるには直接乗り込むしかない。

 直接乗り込み、膠着状態にある両勢力の戦力バランスを崩す可能性がある兵器を開発しているかどうか確かめるのが今回の任務だが……。

「こんな回りくどいことしねぇで見つけ次第、片っ端から潰しちまうわけにゃいかねぇんですかい?」

『フロッグ』コクピットから岩床に降り立ったキーラに、先に降りて周囲を警戒していた年配のレイ一等兵が不満を漏らす。

「我々の任務は調査が目的だ」

 マシンボディ過激反対派だった我が国の首脳陣は三年前、静かに滅びを受け入れる考えの穏健派に取って代わった。対立を激化させる派手な破壊活動は禁じられているのだ。

「はぁ……両勢力で監視しあってるうちに、オレみたいな下っ端はジジイになって死ぬわけだ」

「そういうことだな」

 年配の一等兵を揶揄するように若いパーカー二等兵が叩いた軽口に、複雑な思いでキーラは苦笑する。

 噂だが賛成派の国籍がある者は、希望すれば誰でもマシンボディを手に入れられるという。しかし反対派に国籍を持つ者がマシンボディを欲する場合、違法な手段を使って賛成派の国に渡り大金を払い国籍を手に入れるしかないらしい。

『蟻の巣』の根元、巨大なドーム状建造物に近付き入り口を探す。見つけたゲートは破壊ではなく工作で開いた。警報も鳴らず、敵兵が出てくる様子もない。

『アント』の活動停止に成功したようだ。

「おまえ達二人は手分けして上の階層を調べろ、私は地下を調べる。人間の管理者がいたら拘束して連れてくるように。くれぐれも、傷つけるんじゃないぞ!」

 エントランスフロアの各所に出来た黒い砂山を足で蹴散らしていた二等兵が慌てて身をただす。

 黒い砂山は、制御を失った『アント』だ。『核』の無い作業用個体だろう。

 システムダウンしているため、非常用階段を使いキーラは地下施設に向かった。

 キーラに与えられた真の目的、新型『アント』サンプルを探すためだ。

 新型とは、どのような性能を持つ個体なのだろう?

 戦局を大きく変えるような破壊力を持つ個体だろうか?

『ノイズ・パイル』で無力化出来ないシステムなら、戦闘もあり得る。生きてサンプルを持ち帰ることが出来るだろうか……。

 地下・第一階層を調査し、第二階層に降りたとき。レイ一等兵からの緊迫した通信が入った。

「地上部二階層南西のカプセルから小型飛行艇が一機、離脱。フロッグに戻って追いかけますか?」

「いや、戦意のない研究者だ放っておけ」

 研究者が離脱したなら、すでにサンプルは持ち出されているだろう。そう、判断したキーラが撤退を命じようとした時。

 ヘルメット越しでも鼓膜が裂けるほどの爆発音が頭上に響いた。

 立っていることが出来ない振動。断続的に縦に揺れ、大きく沈む。

 金属が軋む音の方向を見ると、巨大な氷塊が通路前方の天井を突き破り雪崩れ込んでいる。

「少尉! 氷壁が爆破され……っ、うあぁあああっ!」

 パーカー二等兵の叫び。

「レイ! パーカー! 応答しろ!」

 通信機は沈黙したままだ。

 二度目の衝撃がキーラのいるフロアを揺るがした。通路全体に亀裂が走る。

「……っ!」

 急いでキーラは手近の部屋に飛び込んだ。

 断続する揺れと建造物が崩れ落ちる音、軋む金属音。部屋の壁際にあった窪みに姿勢を低くする。

 どれほどの時間が経っただろう。

 永遠とも思われる時間をしのいで突然、訪れた静寂にキーラは身を起こした。

 すると、目の前を薄い水色の布で塞がれ手で払う。

「……これは?」

 裾が緩いドレープ状になった、女性用のドレス。

 改めて自分がいる場所を見回すと、どうやら衣装クロゼットのようだった。この部屋は女性研究員の私室だろうか?

 しかしどう見ても、ドレスのサイズが小さい。五歳~六歳くらいの子供サイズに見えるが、研究施設に子供……?

 クロゼットから身を乗り出し部屋を観察する。あれほどの衝撃にも崩れていない天井。倒れたテーブルと椅子。クラシカルなデザインのドレッサー。床に散乱する動物のぬいぐるみ、人形。

 そして奥の壁際にあった小さなベッドを見て、キーラは我が目を疑った。

 ベッドに腰掛けていたのは、白いドレスを着た幼い少女だった。




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