入眠
ケンは冷たい壁を背にゆっくりと重い頭をもたげた。
うるさいほど回っている換気扇以外は音もない。
ただ、昼も夜も関係なく煌々とたかれた蛍光灯だけが、目を閉じてもうっすらと感じられて残念だ。これでは快眠とは程遠いだろう。
バックパックを枕にして眠れば多少は改善されるだろうが、ガードマンとして呼ばれている都合上、それもできない。
結局はすぐに物音に気が付けられる座ったまま寝るのが一番いいとケンは自分を納得させた。
ふと視線を前に向けると、白い少女は猫のように背中を丸めて試験管の中で寝ている。一日のほとんどをああして過ごしているのだ。体が痛いだろなとケンは思った。
しかしあの筒の中から助ける方法も知らない。
出してあげたら、きっとあの子は部屋の大きさに驚くだろう。何もないから大きな部屋に感じるはずだ。
あるいは、この施設の外の景色を知ったらどう思うだろう。とても長い時間をかけて自然に緑で覆われた山や、故郷の川を彼女は……どう、感じるのか。
しかし、残念なことにケンの手の中にあるのは試験管を開けるための鍵ではなく、人を殺すための武器だった。
プラスチックで包まれているために、まるでおもちゃのように見える。しかし確実に、この銃は人を殺めることができる。一発の重みは僅か数グレン、軍隊での調達価格は10セントにも及ばない。たかがそれだけの物体が人間の頭に当たると、それだけで命を奪ってしまうのだ。
人間は目の前の少女のような存在も作れる一方で、人の命を刈り取る道具も生み出した。それを使うケンには神も人間もない。
あるのは、敵と味方。撃ってもいいのかいけないものか。
いつしか、国と国民のために身に着けた技術は、ルーチンになり、呼吸と変わらなくなっていった。
人の命を奪うのは、この地球に生きる生き物全てを創造した神様は今の自分をどう見るだろうか。きっとひどくお喜びになるに違いない。
神様が本当に人を思うならば、HIV患者はこの瞬間に全員回復するし、疫病は世界から消える。飢餓も世界から消える。
そういう事だ。
ケンはゆっくりと目を閉じた。
ケンは夢を見た。
自分のうずくまる、その隣に少女が立っている夢。
その少女は背中に小さな羽が生えていて、片方が歪に変形し、膿んでいる。
今にも抜け落ちそうな羽毛は血と黄色い膿に染まっている。
なのに彼女の表情には、その痛みがまるで感じられない。
あるいは、何か日ごろのストレスを発散したような、そんな顔をしていた。
現在の在籍者と被害者
研究所在籍職員3621名 内、行方不明4 死亡1
収容動物2匹




