たばこ
戦闘糧食にはアメニティが同封されている。砂糖、塩、コショウ、ウエットティッシュ、ガムに至るまで数多くの小物が毎食ついてくる。食後は粉末コーヒーと粉末のジュースを楽しむことができるし、必ずと言っていいほど甘いものが入っている仕様となっている。
戦場で数少ない楽しみの食事が酷いと兵士の士気も下がるためだ。
ケンはその中から白いガムを摘まんでそっとカメラの方に向かった。
黒い三脚で固定されたそれらを端から順に壁に向かせていく。
そして最後に部屋の中心に置かれる大きな筒の前に行き、そっとその天井からガムを投下した。
小さく、二つしかないそのガムは見た目が悪い。しかし子供はこういうのが好きであるとケンは思った。
このあとこいつの食事も来るだろうから、その時まで口寂しくなければいい。
筒の中の少女は肩に当たった得体のしれない物に対して、まるで怒った野良猫みたいに手をワキワキさせながら足先で蹴るなどして狭い筒の中で暴れている。
どうしたものかとケンは思った。そもそも言葉は分かるのだろうか。
ルールブックには会話をしてはいけないとある。しかし話しかけてはいけないとは書いてなかったはずだ。
「ガムだ。毒じゃないよ」
できるだけ優しく話したつもりだったが、酒とたばこでしゃがれた声はどうしようもなく、地面を揺らすような低い声がケンの喉から流れた。
まだ少女は怖がっている。大方、こんな感じで薬でも盛られてきたのだろう。
食べないならば仕方がない。
ケンは出来るだけ換気扇の近くに行って食後の一本を楽しむため慣れ親しんだ動作で小さな火をつける。
吸い込んだ煙は、少女が吸わないように配慮して頭上で回るファンに吹きかける。
少女は不思議そうにその様子を見ていた。じっと観察するように。
「あーうめぇわ」
普段、一日に一箱を吸うケンは数時間意味の分からない部屋に押し込められている間にヤニが切れる。自分でもどうにかしたいと思っているが、これを辞める時は自分が死ぬときだろうと考えていた。
じっと見ていた少女は足元に転がるガムを拾い上げて鼻元に押し付け、スンスンと嗅いでいる。
そのガムは甘いが、歯磨き粉を付けない代わりに入っているのでミントの味がするはずだ。
パクリと口に運んだ少女はイーッと歯を見せて睨んでくる。
ミントがきつかったらしい。
「ああ。ごめんよ。しばらく噛んでいれば甘くなるから」
もぐもぐする動作を伝えてしばらく壁を背もたれにしながらケンは段々と短くなるタバコを楽しんだ。
いつまでもカメラを壁に向けているとばれて怒られそうであるから「そろそろ戻すぞ」と声をかけて少女の方を見た。
先ほどと変わらず座ったままの少女は、指に何か挟んでいる。
よく見ればタバコだった。自分の物じゃない。さすがにガキにタバコを吸わせれば健康に悪いことを知っている。肺はヤニで真っ黒になり、走ることもままならず、肺ガンと歯肉炎に悩まされるようになるから。
ケンは彼女が納められた試験管をバンバン叩いて手招きをする。
勿論、タバコをよこせという意味だ。
天井の穴からちょっと飛び出した吸い口を摘まみ上げ取り上げる。
「これは毒なんだ。毒だぞ。すったら死ぬからな。それと言っている意味が分かっていたら、これを入れたやつを見たら指させ」
少女はケタケタと壊れた人形のように笑った。
取り上げたタバコを胸のケースに戻すと、なぜか自分と同じ銘柄だった。
「え?」
まるでそのタバコは元からここにあったみたいにすっと収まった。
現在の在籍者と被害者
研究所在籍職員3621名 内、行方不明4 死亡1
収容動物2匹




