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パクリじゃパクリじゃー!?

 永禄五年の正月、因幡守になって一回目の正月は、多忙のうちに過ぎていった。

 というのも、毛利方についたと思っていた西因幡の国人衆が、急に因幡山名家に服従したからだ。


 まあ、理由を聞いたら納得だった。

 まず、東因幡は、俺と武田高信のお陰で、かなり豊かになっている。おまけに、地道に仕事をしてきたお陰で、その団結力も凄い。本家の但馬山名家とは大違いだ。

 そのため、毛利方についてはみようとしたものの、毛利方につけば当家との戦の先鋒として使い潰されるのは明らかで。そうなると生活が苦しくなる、ということがひとつ。

 次に、毛利家の年貢が六公四民から七公三民と重いのに対して、因幡山名家の米の年貢は五公五民。ようやく軌道に入ってきた養蚕業の、生糸と絹布こそ六公四民なものの、他は高くて三公七民。蕎麦等、その収穫と売り上げに年貢をかけていないものも多く。因幡山名家は圧倒的に年貢が安いのだ。

 港も、千代川河口を賦役として大規模に浚渫したので広くなり。その砂や泥を使って港周辺の湿地を埋め立てたため、物理的な意味での市場も整っている。

 この賦役の時、昼食をこちらで用意した噂を聞きつけていたらしく。道や港の整っていない西因幡の民達が、因幡山名家に臣従することでの、飯の出る公共事業を望んだ、ということがひとつ。

 そして、顔見知りも多い因幡山名家は信用出来るが、策謀ばかり練る毛利家を信用しきれなかった、ということが最大の理由だ。


 こうして西因幡が我ら因幡山名家の勢力圏となった訳だが。当然、毛利家は攻めてきた。


『毛利軍羽衣石城より出陣との伝令に対し、我ら出陣これを殲滅せんとす。本日曇天にて風強し。因幡の興廃、この一戦にあり!』


 そんな、史実の『日本海海戦』の名言をパクった激励を言ったら、ものすごく味方の士気が上がった。そんなに良い激励とは思えないんだが。何故だ。




   ***




 山名豊弘は、崩壊する自陣を呆然と見ていた。


 毛利家と、尼子家から離脱した国人衆により、因幡平定の旗頭として担ぎ上げられた豊弘は、つい最近まで寺に入っていた。そのため世間に慣れておらず、『因幡守』の名に目がくらみ、勝手に有頂天になっていた。それは、羽合砂丘の比較的平らなところに展開した時、頂点となった。

 それも仕方が無い。毛利連合軍は二千五百の兵を出したのに対して、山名軍は千五百名の兵しかいなかったのだ。双方似たような厚さの陣を展開したが、毛利連合軍の方が圧倒的に横に広がっていた。


「進め!」


 馬まで鎧を着込み、鞍の後ろに羽根飾りを付けた騎兵を疎らに配置し、その後ろに槍兵を配置した山名軍の陣を見て、毛利連合軍は勝った気になっていた。騎兵の突撃は、槍衾で簡単に止められるからだ。しかも、馬まで鎧を着た重装備。馬の機動力を殺した山名軍を、毛利連合軍はあざ笑った。

 弓合戦も程々に、ゆっくりと前進を始めた毛利連合軍に対し、山名軍の騎兵隊が突撃する。

「敵の騎兵、何か密集してきてないか?」

 毛利連合軍の誰かが気付いた時には、遅かった。

「へ?」

 加速を付けた山名騎兵隊が、驚く程の密集陣形となり、毛利連合軍の左翼、海側前衛の槍兵隊を『削った』のだ。

「は?」

 突進の勢いで折れた槍を捨て、戦斧に持ち代えた山名騎兵隊は中衛の弓兵の左翼端を適当に斬り捨て、波打ち際を通って自陣に帰っていく。

「え?」

 毛利連合軍の誰もが、何が起きたのか理解出来なかった。将から兵に至るまで呆け、足が止まる。なにせ、左翼の一角が消滅したのだ。敵に何の損害もなく!

 そこに再び、山名騎兵隊が新しい槍を持って突撃する。()から、(みつ)になりながら。

「ひっ!」

 狙われた、毛利連合軍右翼は混乱し、隊列が乱れる。だが、槍衾を造るために密集させていたのが仇となり、逃げられない。

 混乱する毛利連合軍右翼に、山名騎兵隊がぶつかる。先程の焼き直しのように、毛利連合軍右翼が消滅する。

「に、逃げろ!?」

 一瞬にして、毛利連合軍の士気が崩壊した。あんなのは、戦ではない。あんな、首すら残らない戦等、存在してはいけない。

 混乱する毛利連合軍に、山名本軍が迫る。盾と槍を構えて、粛々と。

 

 豊弘の目の前では、人という獣が屠殺されていた。混乱し、同士討ちすらする毛利連合軍を、山名軍はまるで慣れた作業でもするように、槍で突き殺していく。

 豊弘の側にいた国人と、毛利から派遣された目付役は逃げ出そうとしたところを、後ろに回り込んでいた軽装の騎兵に射殺された。

「どこで間違った……」

 豊弘は、今更になって後悔する。急いで攻め込むべきではなかったのだ。毛利が尼子を打ち倒し、万の軍が来るのを待って、因幡山名家に襲いかかれば良かったのだ。


「欲望や 我が身を焦がす 炎かな 煽り高ぶる 因幡の潮風」


 下手くそな短歌を詠んだのは、辞世の句のつもりだったのか。

「邪魔だ!」

「あ……」

 逃げ出そうとする兵に斬り捨てられ、豊弘はその生涯を閉じた。

山名豊弘は、史実では武田高信の反乱の際、因幡山名家を継ぐものとして擁立された人物です。

一応高信の背後に毛利がいるのに、豊弘さん山名家の家系の人。


山名と敵対している毛利の下で旗揚げした、って、どういうことなんだ?



槍兵は定番なので元ネタは省略しますが、騎兵隊の戦い方。

参考にした元ネタは次回明らかになりますが。

これに心当たりのある方は、筆者と気が合いそう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。主人公の内政も農業や林業など、比較的リアルで受け入れやすい物だったのが良かったです。ただ養蚕業やマツタケ栽培などはどうやったのか、なぜ主人公は知っていたのかを、もう少し詳しく…
[良い点] 戦闘前の激励で盛り上がる文句に今も昔も変わりないのでしょうね。 "諸君、私は戦争が大好きだ"、"立てよ、国民よ!"、"全ての不義に鉄槌を"、"パンツァーフォー!"とか…
[良い点] Z旗ですね 知識チートでしたか
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