罰ゲーム説のある転生
「いやこれどうしろと?」
俺は、人払いをした一室で頭を抱える。
「『山名』って、あの山名だよな……」
山名家。それは、応仁の乱を引き起こしたグレートパワーな一族だった家系だ。
そう、過去形である。
むかーし昔は十一カ国を領有し、『六分一殿』なんて呼ばれた大大名な一族だったが、今や領有するのは但馬国とここ東因幡だけ。しかも但馬側と因幡側の仲は悪く、そんな但馬側も一枚岩ではないという、この戦国乱世としては馬鹿としか思えない程低い団結力を誇っている。
そんな山名家の因幡側の統治者に数えで三十歳でなってしまったのが、俺こと山名因幡守豊数である。
「はぁー……」
因幡の東半分しか領有していないのに因幡守とか、笑える。まあ、土佐にいない土佐守等もいるので、まだマシなのか。
「棟豊はなーんで十八で死んだかねぇ。しかもただの風邪で」
従兄弟の山名棟豊が因幡守になった時は『仕事がサボれる!』と喜んだのに。肉食えよ肉。
まあ、領内の細々とした争い事の調停はやっていたが。あんな純粋な目で頼まれたら、普通断れんわ。
「殿、よろしいか?」
この声は、武田又五郎高信か。鵯尾城の城主をつとめており、前の仕事柄一緒に行動することが多かった男だ。俺の兄貴分で腹心でもある。
「何だ?」
「智頭郡の国人衆より、林業政策の相談があるとのこと」
「分かった。今から行こう」
さて、働くか。
***
武田又五郎高信にとって、山名豊数は唯一無二の主君だ。
そうなったのは、高信六歳、豊数三歳の頃までさかのぼる。
『因幡は貧しいな』
当時は源十郎と呼ばれていた豊数が、年齢に見合わぬはっきりした口調で言った。
『そう?』
又五郎はその口調を気味悪く思いつつも、源十郎の言葉を否定する。
『智頭や八東なんかの山の方には木がたくさんあるし、海もある。貧しくはないとおもう』
『七万石』
『はい?』
『七万石が、因幡全体の石高だって。木陰衆が教えてくれた』
木陰衆。それは因幡山名家が雇っている透破のことだ。八東郡の山中に里がある集団で、情報収集はそこそこ出来るものの、暗殺や流言等は苦手としている透破衆だ。
『それって少ないの?』
『これより少ないのって、飛騨、佐渡、志摩、隠岐。伊豆と安房が同じくらいだって』
『なにそれ』
又五郎は信じられなかった。佐渡、志摩、隠岐が少ないのは分かる。すごく小さいし。飛騨、伊豆、安房が少ないもの、理解は出来る。ほとんど山だし。でも、貧乏で有名な伊賀の名前が出ない位に因幡が貧乏だなんて。到底信じられなかった。
だが、源十郎はその理由も知っていた。
『因幡の北半分はほとんど砂地だから、田んぼ造れない、ってお百姓さんが言ってた』
確かに因幡の海風は砂混じりだ。そんな環境なら、田んぼを造れないのも当然だと、又五郎は思った。
『しかも、その東半分しか、ぼくらの主家はちゃんと領有出来てない。これで西の尼子と戦うなんて、無理だよ』
この頃は、まだ因幡の西半分も、一応因幡山名家は領有していたのだ。その後、尼子に負けて取られたが。
又五郎はむっとした。そんな弱音をはくなんて、武家らしくないと思ったからだ。
『じゃあどうするの? ぼく、首になりたくないよ?』
源十郎は『ぼくもだよ』と頷き、意見を言う。
『尼子に臣従するのが楽だけど、そうすると但馬の山名家と戦わなくちゃいけない。それは面倒臭いから、今領有出来ている因幡の東半分を、とにかく豊かにしないと』
『豊かに、って、出来ないよ』
『なんで?』
又五郎の言葉に、源十郎は不思議そうにする。
『だって、田んぼ増やせないじゃん』
『田んぼは増やせなくても、木は植えれるよ?』
又五郎は、源十郎が何を言っているのか理解出来なかった。それに気付いたのか、源十郎は具体的な案を出して説明する。
『例えば、クリの木を植えたら、三年後から栗が採れるでしょ? ヒノキを植えたら、五十年後には高く売れる。コナラだったら、手入れしてあげたら二十五年ごとに炭が作れるようになる。出来ることは、沢山ある』
又五郎は驚き、自分を恥じた。そんな簡単なことで豊かになれるというのに、全く気付けなかったからだ。
(凄い人だ)
又五郎は、この日初めて、両親以外の人間を尊敬した。
それから二十七年。山名源十郎は山名因幡守豊数となり、武田又五郎は武田又五郎高信になった。
因幡国の西半分は尼子に取られた後、毛利に取られた。だがその間、豊数と高信は努力を続け。結果、因幡山名家だけで十万石の収量を誇るようになっていた。……そのうちの三万石はクリや蕎麦、大麦といった雑穀だが。
ここに。ヒノキ材。コナラ、アカマツ、竹の炭。干しナマコに養殖牡蠣。栽培したシイタケ等の特産品も出来たので、東因幡はかなり豊かになった。
あとは、因幡山名家が滅ぼされないようにするだけだ。
高信は、豊数の創る未来に、希望を抱いた。
武田高信は、史実で山名豊数を討った人物ですね。
討ったあとはあちらこちらから攻め立てられてやられるんですが。