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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妹大好き過ぎる姉

作者: 八澤



 もしも「この世で最も可愛いモノは何?」と訊かれたら「私の妹です」と答える。


 私の妹はこの世界で……ううん、宇宙……否、全てをひっくるめた頂点に立ち、史上最強最高最凶に可愛い。

 嗚呼、【可愛い】という言葉では表現できない……。妹用の可愛い×∞に値する言葉を早急に作る必要性があると、常日頃考えている。


 妹は、私が九歳の頃に産まれた。

 母のお腹が日に日に膨らみ、これからはお姉ちゃんになるんだ、しっかりしないと! そう自分自身に言い聞かせ、でも私なんかに姉が務まるのだろうか……とシスターブルーに苛まれたりもした。けど、産まれたちっちゃな妹にじっと見つめられ、そっと伸ばした私の指をぎゅっと掴まれた瞬間、私は妹のために生きよう……と決意した。

 

 育児でくたびれている母は、学校が終わってお姉ちゃんが帰ってくると助かる……、と一息つくほど、私は妹を溺愛していた。

 ちんちくりんの赤ちゃんは私が近づくと嬉しそうにきゃー! とはしゃいで迫ってくる。だぁだぁとハイハイしながら妹は私に接近し、抱きしめるときゃっきゃと喜ぶ。

 可愛さの集合体のような生物に抱き着かれるたびに、妹への感情が増していく。ドクンドクン、と血の流れに乗って何かが私の中に行き届き、そして根深く伸びていく感覚。 


「ねぇーね!」


 と、一番初めに喋った言葉はなんと私に対して……。

 泣いた。

 ――幼い頃の撮った私の写真には、全て妹が写り込んでいる。しかも私が妹を聖母のような眼差しでウットリと眺めていた。カメラ目線の写真は一つとして存在しない。

 

☆★☆★


「あれ、お姉ちゃん?」


 妹が小学生だった頃、授業参観のために私が教室に入った瞬間妹と目が合う。妹は一瞬の間を置いて驚き、途端にざわざわと周りがどよめく。


「お母さんは?」

「今日お仕事で、私が代わりに。……頑張ってね!」

「う、……うん!」


 少し恥ずかしそうに微笑む妹の笑顔ったらもう――はぁ可愛い……。これだけでご飯三杯は行ける。妹は隣の席の子に「お姉さん? 凄い綺麗だね!」と何やらヒソヒソ会話している。クラスの男子からチラチラと見られ、あと父兄の方々、平日の昼なのに、小学生の可愛い我が子の成長を眺めるために有給を消化したであろうお父様方の好奇心に溢れる視線と、お母様方の冷ややかな視線は正直怖い。


 私は大学生で、今日はたまたま授業が休校だったので~、とそれとなく穏やかな雰囲気で世間話を広げ、どうにかお母様方の視線は和らげる。この手の話術はお手の物。また、野暮ったく、かつ派手過ぎと思われないような容姿を築いているので余計な敵を作らないように、と細心の注意を払っている。

 誰でも別け隔てなく接する、心優しい姉、を妹に示す。


 そう、全ては妹のため――。


 私は妹に尊敬されるよう、必死に自分自身を磨き上げた。妹が憧れるように、容姿は清潔かつ麗らか、それでいて見麗しく振る舞えるように努めた。勉学も毎日予習復習を習慣化させ、地元の進学塾にも通い、見事名の通った国公立に合格。部活動にも積極的に参加し、私が部長を務めたバレー部は全国大会にも出場した。更に、妹がそういう面でコンプレックスを抱かないよう、周囲の人間、特に両親にはやんわりと差別しないよう伝えているなど、フォローも欠かさない。優しい姉として、常に妹を想い、行動を心がけてきた。

 結果、妹とは極めて良好な関係を築き、妹は事ある度に「お姉ちゃん大好き!」とよく口にしてくれる……。嗚呼、その言葉、音、口にする時に表情を思い出すだけで幸せに浸れる。


 本当は授業に挑む妹の姿もカメラに収めたいけど、そんな疚しいこと、妹が良い気分になるはずがないので自重した。代わりに、私は自らの瞳に刻みこむように、妹の姿を必死に見つめ続けた。

 時折、ふと振り返って、私を探し、目が会うと、ニコっと恥ずかしそうに微笑む。

 あ、

 あ、

 ……やばい……

 尊くて、手を合わせて祈りを捧げそうになった。もちろん人前で突然拝み始めたら驚かれるので、心の中で祈る。

 天使ね。

 私の、妹は、そうか……天使なのかもしれない……。いやむしろ天使が妹に寄せているのかもしれない。

 故に、こんなにも愛らしいのね……。教室内の他の芋っぽい生物の中で、妹だけがキラキラと眩い光を撒き散らしている。


 懇談会は代理ですので……と巧みに切り抜け、妹と一緒に帰る。私と一緒に歩く時は自ら手をぎゅっと握り、満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに私を見つめた。

 妹の手は小さいけど、柔らかくてすべすべで心地良い温度を保っている。私の指に備わる無数の感覚神経が研ぎ澄まされ、妹の指からありとあらゆる情報を入手しようと熱を帯びていた。


「もうびっくりしたよー」

「驚かせちゃったわね」

「うん。でも、お姉ちゃん来てくれて……ちょ、ちょっと恥ずかしかったかな……」

「あら、私はいつもと違う授業に真剣に挑む妹の姿を堪能――じゃなくて観察できて、なかなか楽しかったわ。私もあの小学校に通っていたから、懐かしくて……」

「お姉ちゃんも?」

「えぇ、そうよ」


 私が頷くと、妹はまるでヒマワリの花が咲き誇るように神々しい笑顔を浮かべ、私は失神しそうになったので舌を噛んで堪えた。鉄の味がする。


 赤ちゃんの頃も愛おしかったけど、幼稚園に入り、小学生に上がり、中学生ではぐっと背が伸びて、高校生になったらお洒落を意識するようになって、はぁ……成長するたびに愛らしさが増える。その度に私は妹を愛し、私は妹大好き人間は更なる飛躍を魅せるほどだった。

 その余波か、漫画やアニメでも、妹モノは大好物となり、妹大好きな姉というキャラクターが登場すると、わかる……その気持超わかる! と一人テレビに向かってうんうん! と頷きながらこの妹も可愛い……でも、一番可愛いのは、私の妹ね、と麗らかな一時を過ごしていた。


 妹だから、一緒にお風呂に入り、部屋は別だけど、怖い番組を観た時などは、「今日は……お姉ちゃんと一緒に寝ていい?」と申し訳無さそうに訪ねてくる。同じベッドで眠ると、妹はそっと体を私にくっつけ、妹の温度を私は味わった。

 幸せ……。


 ――それが、終わってしまう。


☆★☆★


 大学の修士課程に進学した私は研究も一段落終え、就活も済まし、暇な時間が増えたので妹と接するチャンスが増えるように、と家でくつろぐことが多くなった。無論、修士に進んだのも、社会に出ると否応にも拘束されてしまい、妹と共に自由に過ごす時間が少なくなってしまうから、僅かでも時間を稼ぐための足掻きだった。

 その時、妹が部屋に入ってきた。

 刹那、私は感じ取る。

 ――普段の妹と、何かが、違う……と。

 それは、視線であったり、仕草であったり……いや、そういうモノではなくて、もう私はそういう段階ではない。超能力的に、妹の考えていることを感じ取れる気がする。


「お姉ちゃん、今いい?」

「うん。……あら、どうしたの、そわそわして」

「あ、あのね……ちょっと、お姉ちゃんに相談が、あるの」

「何かしら?」


 ドクン、

 と心臓が脈と放ち、声が震えそうになるのを寸前で堪える。

 全身の至る箇所から警報が鳴り響くような錯覚を覚えた。

 これ以上は危険だ、これ以上はマズい、

 逃げろ──。

 汗が吹き出て、喉がカラカラに干上がる。

 妹の言葉に耳を傾けてはならないと、私自信が訴えかけている。

 二度ほど私と足元に視線を走らせた後、はっと息を飲み、想いを私に吐露した。


「あの……クラスの男子に……ね?」

「うん」

「ってか、この前、告白……されて……どうしようかなぁって、思ったの」


 妹は、女子高校生。

 私の極限まで練り上げられたシスター・コンプレックス・フィルターを外しても、妹は可愛い。丸みを持った顔は愛嬌があるし、大きな二重の瞳はちょっと垂れているところが素晴らしい。太っているわけでもなく、痩せているわけでもなく、ベストなスタイル。時々ふざけて抱きつくと、もうすっごい柔らかい。このまま抱きしめたら切り裂けるのでは? と確かめてみたくなるほど……。

 そんなスペシャルに可愛い妹を男子が見逃すはずがない。

 前々からわかっていたこと。

 理解もしていた。

 覚悟も――。


 ――いつの日か、妹から恋愛の相談を受けるかもしれない……と。


 しかし、その破壊力は想像以上だった。はにかみ、ちょっと悩んでいる妹の顔、その表情は、私が今までずっと眺めていた妹の顔には存在しない表情だったから。私は姉だから、妹と圧倒的に長い時間を共有することができる。その幸福に日々感謝していたけど、……しかし、でも、だって、妹と、姉は……付き合えない。いや、もしかしたら両思いとかそんなのあるかもしれないけど、私の妹は多分違う──。

 初めて見る妹の姿に、嬉しさで月まで吹き飛ぶような快感を覚えたはずなのに。


 その後の記憶が、殆ど無い。ただ、私の洞察力から、妹は告白を受けたことに対してまんざらでもなく、その相手にささやかながらも初い恋心を抱いている――。


 そして、後日、妹から彼氏ができました、とご報告を頂いたの……。

 

☆★☆★


 えぇ、わかっていたこと……。

 ここは、二次元の世界ではなく、私にとっては現実なので、アニメや漫画のように、登場する妹にはいつまで経っても彼氏が出来ない素晴らしき世界ではなく、当たり前のように男女の交際が許されている。

 わかっていた。

 でも……本当に訪れるなんて……、実は夢にも思っていなかったのよ。なんだかんだ言って、妹はお姉ちゃん大好きのまま今と変わらずに一生を終えるのでしょう、と楽観視していた。

 ていうか、あまりに唐突過ぎる。せめて、妹の頭の上に数字が浮かび、この値がゼロになったら彼氏ができます、と傍目で確認できるような世界観が良かったわ。それだったらまだ覚悟できるし、数字が少なくなった際に妹に纏わりつく男子を片っ端から処分したらまた数字も増えて事無きを得られたはずなのに……。


 嗚呼、きっとこれから妹は大好きな姉ではなく、彼氏を優先する行動を取るようになるのよね。お姉ちゃんお姉ちゃん! と子犬みたいに寄ってくる回数は次第に薄れ、段々と……距離を置かれて、結婚して、子供出来たら……妹のように愛らしい子供が生まれるのでしょうね、毎日遊びに行って、夫をいびりながら妹と姪っ子を愛でたい……。


「お姉ちゃん、何してんの?」


 私は開いていたアルバム――私の秘蔵妹アルバムを何食わぬ顔で閉じながら、「ううん、本を読んでいただけ」といつもの笑みを浮かべて妹を見やる。


「こんな真っ暗な中で?」

「え……」


 妹に驚かれる。そこで初めて夕日が沈みかけ、部屋の中が薄暗いことに気づく。


「あら、集中し過ぎて……」

「ふふっ、慌てて、変なお姉ちゃん」


 妹はケラケラと笑った後、「あのさ、ちょっと車頼んでいい? 明日授業で使う道具、色々買いにいきたいんだ」

「えぇ、いいわよ」


 妹の命令ならお安いご用よ。車の免許もこうして妹とドライブするために手に入れたの。


 少し離れたスーパーへ向かう間、妹は何も言わない。

 ……どうして?

 いつもなら、お姉ちゃんとのドライブ楽しい! とハキハキしながらマシンガントークするのに、何故か静かで……少し不気味。

 もしかして、もう……私のこと、眼中にすら無いの? タクシーの運転手と一言二言会話して、あとは目的地までだんまりしちゃう、それと同等、ということなの?

 男ができるだけで、妹にとって姉はその程度の立場、寂しい存在になってしまうの?


 今年のバレンタインは、妹からチョコをもらえないかもしれない。毎年手作りチョコを作ってくれて、「はい、お姉ちゃん! いつもありがとう。これからも大好きなお姉ちゃんでいてね!」と史上最高の笑顔付きで貰えるのに――。

 うぅ、

 うぅ、

 うぅぅぅぅぅぅ……。

 あ、苦しい。

 とても、苦しい。

 臓器を鷲掴みされるような、きりきりとする痛みを覚えた。

 どうしましょう……。

 私はこの世界で生きていかなければならないの? 私がこの世で最も愛する妹は、他人の元へ向かってしまい、私はその苦しみ味わいながら生きる日々を送らなければならないのか……。確かに私の思想はやや常識から逸脱しているかもしれないけど、旗から見れば真面目で見麗しい誰からも尊敬される姉だ、何一つとして罪なんか犯していないのに──。


 辛い。

 想像するだけで苦しいのに、私はその世界に足を踏み入れてしまった……。

 嘘よね……。

 ううん、本当。

 認めたくないわ。

 認めたくないの。

 どうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょう。

 今、私は車に乗っている。妹と、姉妹で。このままアクセルを思い切り踏み込んで加速したら、この先の交差点で事故を起こせるかもしれない。びゅんびゅんと車が風を切って疾走している。……きっと、助からない。ふたりとも、ね。それでいい?

 このまま事故を装って無理心中めいたことを――。

 私は大きく深呼吸をすると、前方で赤色に染まった車道の信号機を見据える。足に力を込めた。すると、うまい具合に、真っ黒で巨大なトレーラーが疾走してくるのが視界の端に映った。

 あ、

 あ、

 あ……そうね、だって、これ以上は……耐えられない。


「ねぇ、この前付き合ったって言ったじゃん」

「え?」

「でも別れちゃった」

「……えッ!?」

 妹は照れるように笑う。「陰口みたいで嫌だけど、なんかね、面白くなかったの。あっちも、色々楽しませようと会話してくれるけどね……やっぱりつまらなくて。私が退屈そうな顔すると、謝られて、私も……う~んなんかうまくできないし、お互い謝ってばかりで、その後ちょっと距離置いたりもしたけど、……やっぱり別れましょうか? ってなった」

「そうな……の?」


 妹は目を瞑ってうんうん頷いた後、ぱっと開いて私を見つめる。

 そして、にぃっと笑みを浮かべる。ちょっと恥ずかしそうで、でも可愛くてなんかもうヤバイ笑顔だった。私の隣でビックバンが発生したのかと思うほど。宇宙が始まる。


「あとさ、私は……こうしてね、お姉ちゃんと居る方が何倍も楽しんだもん。次に付き合う人はお姉ちゃんよりも頭よくて格好良くて優しい人にする」

「……あら、そんなこと言って……。まぁ、それは、なかなか難しいと想うわ」

「え、自分で言っちゃう? でもその通りなんだよね。お姉ちゃんよりも大好きになれる人、私探せる自信が無いんだー、もぉ困っちゃうよ」


 嬉しそうに微笑む妹を見て、私まで嬉しくなる。

 ありがとう。

 そうね、妹の心が揺れないよう、世界で最高の人間を目指しますっ!



 ──ただ、ちょっと、遅かったかも。

 あと少し、一秒だけでも早くそのことについて私に教えてくれたら……。

 まぁ、こうして、最高の笑顔の妹を見つめ、胸の内に巣食っていた悪夢は消え去り、これ以上ないってくらいの幸せを胸いっぱいに広げて噛み締めている最中なので、よく考えたらこれが最良なのかもしれなドッカーン!



//終

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