第一話「魔王出現!ドレフィス大平原の決戦」
空に現れた俺の目の前に迫ってきたのは大顎を開けた巨大な空飛ぶ蛇である。その咆哮と吸い込まれそうな口に俺はいきなりあ、死んだな、と観念してしまったがすんでで俺の横を通り過ぎていった。なんとか一安心、と思って下を見ると遥か広がる大平原に見渡すばかりの怪物、怪物、怪物、地面を埋め尽くさんばかりか空にまで竜やらさっきの大蛇やらがいてどうやらそれに必死に人間の軍団が対抗しているようだが多分俺もあの人達も死んだわこれ。てか怪物いなくても地面に衝突して即死待ったなしコースじゃねえかこれ!為す術もなく俺は急落下していった……。
◇◇◇
地上では空中に一人の少年が現れたことも気づかず、魔族と人間、双方の軍勢の総大将同士がまさに激突しようとしていた。
「王族自身が最前線に出るとはその気概、真に見事なりレイナ姫!この余を前にしても逃げ出さぬ心魂、例え今すぐ死にゆく身であろうと記憶に刻んでやるに値しよう」
「黙れ、魔王ディアバルシア!刻まれるのは貴様の身の方だ!」
レイナ姫と呼ばれた少女は哄笑する魔王に向かいいった。武装さえなければ可憐とすら
言えるその細身の肢体から繰り出されるとは信じがたい勢いと速度の剣戟が連続で魔王に繰り出されていく。しかし魔王はあろうことか、片腕で払っていくだけでそれをこともなげに無力化していく。
「ははは、弱い、弱い!人の身とはなんと脆弱なものか!その勇気だけでなく貴様はその弱さでも余の記憶に刻まれたいというのか?はっははははは!」
「この……!バカにするなぁ!!」
振り下ろされた渾身の一撃はしかし、片手で難なく防がれた。
「ほう?さっきはやるかと思ったが勇気もあまりの力の差に流石に萎えてきたか?わかるぞ、貴様が焦りと恐怖でどんどん力が抜けているのが……」
「抜かせ!私は焦っても、貴様を恐れてなども……いないっ!」
「言葉ではそう言っても貴様の剣は正直だな……精度が甘いっ!!」
神速の突きの間を縫うようにして魔王の蹴りがレイナの腹に叩き込まれた。吹き飛ぶも即座に体勢を立て直し、今度は下から切り上げていく。
「勢いが荒いーーっ!」
魔王はそれをいなすように掴み、投げる。黙っていれば妖艶な美女と謳われたであろう美貌はしかし、その背に生えた禍々しい翼と頭の角、何より王者然とした堂々たる立ち回りでむしろ威圧感すら与えるものとしてこの戦場に君臨していた。
「そして何より……」
それでもなお立ち上がり、周囲の魔物の横やりも斬り払い再び立ち向かうレイナを果敢と評するべきか、蛮勇と評するべきか。しかしがむしゃらに振るった一撃が、ついに魔王の首元へと叩き込まれ──!
──傷一つつけることも出来ず、その剣はへし折れてしまった。
「そもそも絶対的な、力が足りない」
「そ、そんな……」
これにはレイナもとうとうこれまでこらえていた絶望の表情を浮かべる。周囲を魔物たちが取り囲み、へたりこむ彼女を見下ろし、魔王ディアバルシアが憐れみすら混ざったような嘲りの笑みを向ける。
「とうとうその勇気も折れたか?いや、そもそもその勇気も本物だったのか否か……」
「だ、黙れ……」
「レイナ・ラナディンよ、確か貴様は五人の兄妹の末妹であったな?そして貴様だけ腹違いだとか……」
レイナの目が見開かれた。構わず魔王は言葉を続ける。
「考えても見れば、王族が自ら最前線に出るなど、奇妙なこと……おまけに貴様ら人間どもと我ら魔族の戦力差は圧倒的、しかも、周りを見れば、どうだ!総大将にしては、貴様を守る兵士は明らかに少なかったな!貴様の父や兄、姉たちは王都にいるのだろう!?」
舌なめずりをする魔獣たちを目だけで制し、ディアバルシアはトドメとばかりに残忍な笑みで畳み掛けた。
「貴様……実は一族でも疎まれているのではないか?そしてそれを見返すために恐怖を誤魔化し余に立ち向かってきた……」
「違う!私は民のために、人々のために……!うああああああっ!!」
涙すら浮かべ武器も失ったレイナはディアバルシアに殴り掛かるが、カウンターで膝蹴りをくらいそのまま吹き飛ばされる。
「ふん、この期に及んでそのような減らず口が叩けるのは立派だが。もはや終わりだ」
「私が、私が負けるわけにはいかないんだ……」
魔王がそれまで抜かなかった剣を抜いた。魔力を帯びて妖しく光る刀身がそれがただならぬ魔剣であることを示していた。
「だが案ずるな……レイナ・ラナディン。これより貴様が赴くあの世に直に他の王族たちも直にゆくであろう」
レイナの首を斬り飛ばそうとディアバルシアは疾駆した。
「他の王族だけ地獄に落ちたりしなければ、の話だがなぁーーーーーーっ!!」
死の一撃が今まさにレイナに襲いかかる──
「うわぁーーっ、どけ!どけーーーーっ!!」
「──え?う、うわあっ!?」
だがその一撃が届く前に、ディアバルシアとレイナの間を塞ぐように一人の少年が落ちてきて、勢いが余ったディアバルシアとタツミは見事に脳天から互いに激突してしまった──