7. 蒼き炎の聖女
私が地下を抜けてトゥーレの街の地上に出ると、そこは案の定の廃墟であった。もはや生きている人間は私のような外から来た者だけだろうが、人の形をした魔獣ならばそこら中に闊歩している。
それヘドロ人間という、あのヨナを喰ったスライムに死霊が受肉した魔獣だ。
「炎の王に捧ぐ。不浄なる者に死を」
私は自身の血を使って火印を槍の先に描き、エーテル水を柄に垂らすと魔力を伝導させて刃先に炎を生み出した。私は魔術師ではないが、これだけは使えるのだ。
友人の話では、戦場で何度も使い続けている内に高位の魔術師に近い腕前にはなっているらしい。
まあ、便利ではある。炎は浄化を意味し、剣が効かぬ魔獣相手には重宝するのだ。
もっとも槍に直接印を結ぶと槍そのものが後で使い物にならなくなるからあまりやりたくはないのだが、この槍はヨナの形見だ。だから遠慮なく使わせてもらおう。
「しかし、ヨナもさまよわねば良いがな」
丹念に焼いてはおいた。
元より気の弱そうな男だし、彷徨ったとしても死都に向かうだろう。
ともあれ、迫るヘドロ人間を殺すのにはそれほどの手間はいらない。ただの武器では手間取るが、炎を宿しているこの槍ならば頭部か心臓を突けば良いのだ。
信心高い者の魂は心臓に、学者肌の者なら脳に宿ると考える傾向があるらしく、その違いが弱点なのだと言われている。
いい加減なものだが、実際に弱点となっているのだか人というものは存外に簡単な生き物なのかもしれないな。
そして私が時折やってくるヘドロ人間を蹴散らしながら進んでいると、途中で巨人を見た。それを私はトロルかと思ったのだが、どうやらそうでなく巨大なヘドロ人間のようだった。あれはさすがに燃やしきれないし、倒すのは難しい。
そう思って背を向けようとした私の眼の前で、青い炎の竜巻が登り、巨大ヘドロ人間を燃やしていった。
蒼い炎は聖なる炎、つまりアレは浄火の奇跡だ。であれば炎を起こしたのは相当高位の神官のはずで、そんなことができるのはロンガ婆が口にした聖女マリアンヌぐらいだろうな。
私は別に光の神教団に思うところはないが、連中は妖混じりを闇の神の落とし子と忌み嫌っている。この地に入ることを許されているとはいえ、あまり近付かぬ方がいいか。
**********
それから私は大した魔獣と出会うことなく、ゴーレムを倒した場所にまで戻ってきたのだが、幸いなことに大鉈と盾は残っていた。まあ、私よりもここにくるのが遅い者もいないだろうから、それも当然のことか。
何にせよ、ここまで随分と他と差を付けられている。遅れを取り戻すには早く進んだ方が良いだろうと私はすぐ踵を返して街へと戻ったのだが、街の入り口付近で蒼い炎で燃やされている神官戦士たちの死体の山を見た。
ちょうど、あの巨大ヘドロ人間がいた場所だな。
随分と激戦であったらしいが、そもそも今回のラナン封印地の解放は彼らが魔獣の討伐を行うためのものなのだから、彼らが魔獣と戦うのは当然とも言えた。
何しろ、このゴーンド山の火口湖には光の神教団のかつての総本山であった神殿が今も残っている。穢れ払いの儀式とは教団が神殿などに巣くう魔獣を排除するものなのだ。
また儀式の時期はかつての聖地に巡礼しようとする信徒たちもそれなりにいるらしい。
妖混じりと違い、人の匂いしかしない彼らは魔獣にすぐさま気付かれるし、結局ほとんどが食い殺され、誰ひとりとして聖地に到達すらできぬ年もあると聞いた。
もっとも、彼らはそうすることで死しても永遠楽土に迎えられると信じている。破門により戦士の園への道を閉ざされ、地獄に行くしかない身としては羨ましい話だ。
いっそ酒神に改宗して、古酒の大蔵へ向かうことに望みをかけるべきか。何しろ酒神は金さえ出せば、死後の地位を約束してくれると聞くからな。今回の件が片付いたら検討してみるか。




