4. 焼ける狼
そして、ロンガ婆たちのいた砦を出た私は、すぐさま先へと進んでいく。
砦を出れば、次のあるのはルジェドの森だ。そこを越えれば鬼岩の谷があり、その先にトゥーレの街、続けてゴーンド山があるわけだ。
ゴーンド山は周囲が断崖絶壁の天然の要塞だ。だが、かつての王国はドワーフと巨人を雇って巨大な地下回廊を掘り上げた。
今ではどちらも希少種になってしまったからな。もうそれを超える建造物など出てこないだろうよ。
ま、地下回廊には侵入者に容赦のない罠やガーディアンがいると聞く。
それから回廊を超えるとかつては世界の中心とも呼ばれ、栄華を極めたという王城とその城下町がある。
頂上の火口湖は光の神の神殿があり、王城を降りた先には逢魔の谷が存在している。そのいずれかにヌラリと白い、毛のない人間の姿をした、人の魔獣は存在しているという話だ。
「痛ッ」
道中に光の神教団の印が刻まれた巨石があり、それを超えるとピリッと全身が痺れた。これは神聖の結界を超えた時に感じるものだ。
人間の意識のある私とは違い、魔獣たちにはこれが耐え難い苦痛となり、結界の外に出ることはないらしい。
もっともこれでも封印が解かれてはいる。だから再び封印された後に出ようとした場合、あらかじめ渡されている信者の証である石札なしでは外に出ることができないそうだ。
ともあれ、ここからが本番。ラナン封印地はこの境界を越えてからなのだ。
それにしても、先ほどロンガ婆のところではなかなかに良いものが買えた。
予想外に質の高い武器防具が並んでいたし、妖混じりが所持していた武器を回収すればそれを高く買い取りもすると言われた。
この先は探索自体が大してされてもいない上に、上等な武器を持った連中がわんさかやってきては戻ってこない。だからまあ稼ぎには良いとも言える。自分の命を代価にできるなら……だがな。
もっとも、見たところ手持ちの武器に及ぶものはなかった。
何しろ私の相棒は、共に魔獣の血を浴び続けた厄災の大鉈だ。
霊的にはすでに私と同化しているものと友人は言っていた。
ともあれ、それだけでこの先を進むにはちと心許ないのも事実。なので弓矢と槍、それに幾つかの符や食料と魔薬の類を持ち金の半分で購入した。
まあ、実際に使うかは分からないが、これで準備は万端だ。そう思いながら私は森を進んでいく。
ギィ ギィ ギィ
隠しきれない唸り声が周囲から響いている。すでに囲まれているのは分かっている。隠す気があるのかは分からないが、小声でも妖混じりの聴力は捉えてしまう。
それで、連中はゴブリンか。この危険な地に足を踏み入れての最初の獲物としては肩透かしではあるが、選り好みできる立場ではない。私は出たものを食べるだけだ。
もっとも連中の腕力は子供と変わらない。脆弱で、数を頼って取り囲むだけしか能のないヤツらだ。
「ギキィ」
そして、ゴブリンたちが動き出した。ああ、まずは木の上から石を投げてくるか。私はそれを盾で弾きながら、ゴブリンが上にいるであろう木にまで来ると一気に大鉈を振るって木を斬り裂いた。
「ギィィイ!?」
倒れた木からゴブリンが二体、三体と転げてくる。
尻をしこたま打った姿は滑稽ではあるが、私は笑うこともなく一体一体の頭を大鉈で叩いて潰し殺す。こいつらは狡猾だ。確実に仕留めないと毒矢を射られることもある。それから続けて飛びかかるゴブリンたちを大鉈で切り刻んでいく。
やはり柔いな。斬っている感じがしない。残り一体か。
「ギキキィイイイ」
そして、そいつは私の睨みに逃げ出していった。
別に追いつくことはできるが、まあこれでいい。
ゴブリンは臆病な生き物だ。一度背を向けた相手には二度と襲わないと言われている。私にはゴブリンの区別もつかないからそれが事実かどうかは分からんけどな。
ともあれ私は大鉈を背負い直すと、さらに道を進んでいく。
途中で狼たちの遠吠えが聞こえ始め、ルジェドの森を越えた廃村で、ついにヤツらは襲って来た。
「オォンッ」
私の振り下ろした大鉈の勢いに狼の胴が叩きつけられて内臓が破裂する。
続けて飛びかかる狼たちを私は大鉈で切り飛ばす、さらに低い姿勢で襲いかかって来た狼の鼻っ面に盾をぶつけて怯ませると、最後には鋼鉄の装甲で覆われた踵を落として頭を潰した。
ようやく気配が消えた。どうやらこれで全部のようだ。
他愛のない相手であったが、こいつらは本来の狼よりも弱いのだから仕方がない。
倒れている狼たちの体の至るところに人面が浮かび上がっている。
それらはこの地の呪いによるものだ。
肉の体に死霊がとり憑き、生前の姿へと戻ろうと受肉しているのだ。
死都の魅了をも退けてここまで来た死霊であれば、それなりに強固な存在であろうが、だがこうなっては、狼は身重の如く鈍重になる。
だが、このままにしておくのもよろしくはない。
宿主が死んだことで死霊が内部で活性化し、こいつらは腐食狼となってまた起き上がるのだ。だからこの手の存在は纏めて燃やすに限る。
「オギャァ」
ふと火の中を見ていると、狼の腹の中から人の胎児のようなものが出てくるのが見えた。
まあ、これもまたよくある光景だ。狼のとはいえ、まだ何者にもなっていない胎児に受肉する方が効率はいいからな。もっとも今こいつらを焼いている草にはロンガ婆から買い取ったヴァンコの網草も混じっている。
これで燻された死霊は霧散するのが道理だ。だから這い出た胎児もすぐさま動かなくなった。ふむ、大体は燃えたか。であれば先に進もう。
他の妖混じりに比べて一日出遅れているんだ。さっさと追いつかなければな。