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2. 封印地

 私がこのラナン封印地に辿り着いたのはもう二日前のことだ。

 今の時期のこの地に妖混じりたちが集うという噂を聞きつけて、私は国をふたつ越え、海を渡ってここまでやってきていた。


 妖混じりと呼ばれる存在。戦士たる者の末路。 魔獣殺しの代償。

 汚れた血を浴びた者は魔獣に連なる存在となり、それは戦士に恐るべき力を授けてくれる。

 強靭な肉体に、癒える肉体に、鋼鉄のごとき肉体に変わっていく。

 姿も醜く変わるが、戦士であれば何を躊躇うことがあるか。

 強さこそが我らの存在価値だ。醜くかろうと、強ければ女を買う金などいくらでも手に入るし、清楚な相手が好みであれば野に咲く花を手折れば良いだけのことだ。

 ともあれ醜く変わるのは見た目だけではない。妖混じりはやがて言葉もしゃべれず、ただ暴れ回り、人を喰らう獣になる。そうなってしまえば狩られるのは必然のことだ。

 だが、私のようにそうならない者もいる。知り合いの学者に言わせれば、より効率よく殺すために知性を残すことを許されたのだろうという話だったが、私に言わせれば魔獣の血を従わせているに過ぎない。魔術師マーダたちが魔獣を操るようにな。

 その上に、それにも限界があるなどとあいつは吹いてきた。

 夜の神ヤナンの下す黒髪のカーテンのごとき闇の支配は、もはや私の背にピッタリと近付いているのだと。だからこそ、この地にすがるしかないのだとあいつは憐れんだ。

 この地、ラナン封印地。ここはかつて聖王国が栄しも、最後の王の過ぎし野望により、神の怒りを買い、国ごと滅びた大地だ。

 その領域の中にいる人の魔獣を殺し、血を啜れば、妖混じりは人に戻るのだと、あの頭でっかちは言っていた。

 魔獣の血を浴びると魔獣になるのだから、人の魔獣の血を浴びれば人に戻るとのことで、言葉の遊びの上では道理ではあろうよ。

 ただの人の血で試した者もいたが、成功した者はいないとも聞く。

 変異するには、あくまで魔獣の血でなければならないということだろう。

 眉唾な話ではあるが、けれども末期の状態にまで陥った妖混じりは、他に希望がないからこの地に集う。ただ、それが許されるのは年に一度の七日間のみだ。

 その期間だけ光の神アンジェ教団はこの地を解放するのだから、みなもう揃っているはずだった。


「洗礼で死んだか。哀れな」


 道中で、いくつもの人間や獣の骨が散乱しているのを見た。

 不浄に満ちた空間であるにもかかわらず、ここでは死霊はでない。


「確か死んだ魂は、死都に向かうと言ったか」


 学者の知人に聞いた言葉を呟きながら、私は視線を道の先へと向ける。

 暗き森の間からわずかにゴーンド山が、その中腹にある王城が、また今では死都と呼ばれている城下町が見えている。


 向かうべきはあの城か、火山湖の神殿か、或いは城から降りて向かう逢魔の谷か。

 人の魔獣は何処にも出るとも聞く。妖混じりはラナン封印地を彷徨い、その人の魔獣を殺して、喰らうのが目的だ。実際に私の元に届けられたわずかな肉は白く、だが口にして、確かにと思える効果を感じた。染み付いた魔獣の血が鎮められていくのが分かったのだ。

 だからこそ、私は今ここにいる。そして、再び洗礼が待ち構えていた。


 ギチギチ


 そんな音を立てながら巨大な百足がノタリとこちらに向かってきている。

 身の毛もよだつような無数の足の動きには少しばかり総毛立ったが、まあ虫に慣れていないわけじゃない。ただ苦手なだけだ。


「ならば、さっさと沈んでもらうか」


 オーガと違い、まともにり合っても楽しめない相手だ。人の形をしていなければ燃えぬのは性分だな。

 だから正面から迫るその相手に対して私は一気に踏み込んで大鉈を振るう。

 こいつは己の体ほどもある鉄の塊だ。切れ味など望むべくもないが、ただただ硬い。


「ウルォォオオオオオ」


 そして、気合いの声と共に私は刃を振り下ろし、巨大な百足の頭部へとブチ当てた。

 タイミングはこの上なく。相手の口の鎌が閉じる前に完全に頭を粉砕した。甲殻の破片が飛び散り、中から体液が飛び出てくる。

 狙い通りだ。ここのところ、船に揺られてロクにこれを振るう機会がなかったがまったく衰えはない。そう思いながら、私は目の前で倒れた巨大なムカデを見下ろした。

 しかし、他愛のない相手だった。

 こうした巨大になった蟲の問題は、巨大化したことで頭に意味をもたせすぎたことだと知人は言っていた。小さき蟲であれば首を刎ねようがしばらくは動くのだろうが、こいつらはそうもいかない。巨大な身体を動かすための器官を頭部に集中させたという話だが……それが事実か否かはともかく、頭を潰せばこいつらは死ぬのは確かだ。


 む?


 だが、状況は収まっていなかった。二体……いや、三体か。絡み合うように近付く百足たちの姿が見えた。あれが一斉に襲いかかってきては面倒だな。

 そう考えた私が間合いを取るためにわずかに退がったのだが、彼らの目的はどうやら私ではないようだ。


 シャアアア


 声なのかも分からぬ音を立てながら、そいつらは頭の潰れた同胞へと飛びかかり、噛み砕き始めた。

 まあ、分からんでもない。味は分からぬが量はあちらの方が上だろうしな。

 ともあれ、今のヤツらは私に興味がないらしい。であればと、私はその場を去ることにした。時間が惜しい。さっさとこの先にあるという砦に私は向かわなければならないのだ。

 なんでも儀式の参加者はその砦に向かうことを義務付けられているらしいからな。

 はてさて。こんなまともではない場所に一体どんな相手が待っているのやら。

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