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12. 人の魔獣

 逢魔の谷、神殿を降りて城を経由してその場所に辿り着いたのは、儀式の最終日だった。

 その先に気配を感じる。私はゆっくりと足を進め、そこに辿り着いた。


「つぅうえぇええい!」


 私がたどり着いた谷底では、咆哮と剣戟の戦いの音が響き渡っていた。

 一方は巨大な剣、巨大な右腕の巨漢の戦士。恐らくはあれが断斬のゴレイヌだ。変異した巨腕を用いて、大剣をまるでナイフのように扱う妖混じり。ドルガンの戦場では、ひとりで千人を斬り殺したとも伝えられている、ある種の伝説的な存在だ。

 対してゴレイヌと戦っているのは、ヌルリとした肌の白い人の形をした何かだった。

 一糸まとわぬ姿をして、妙に装飾の多い剣を振るってゴレイヌと戦っている。あれが人の魔獣というヤツか。機敏で、振り下ろす剣も力強く、何よりも知性のある瞳は戦いを俯瞰して見れる器があるようにも思えた。

 アレはどう見ても魔獣とは思えない。かといって人間でもない。どちらかといえば、アレは確か……私がその人の魔獣と何かが似ているようだと思惑していると、断斬は実に呆気なく、人の魔獣を斬り殺した。人の魔獣が弱いというわけではない。断斬が単純に強いのだ。

 まったく大した腕だ。私は思わず舌舐めずりをして、その場に足を進めた。少しだけ焦りがあったのは否めない。もしかすると、断斬はすぐさま人の魔獣を喰らってしまうのではないかと思ったのだ。

 それでは意味がない。弱くなった相手では何のために私がここまで来たか分からない。すべてはこのときのために私は来たんだ。


「なんだ、お前は? この人の魔獣を狙っているのか?」


 そして、ゴレイヌが殺した人の魔獣を背に近付く私を睨みつけた。

 おいおい。まさか奪われると思っているのか? 勘弁してくれよ。


「なあ。アンタ、断斬だろ? 散々魔獣の力に頼って殺し続けたんだろう。今さらそれをなかったことにするのかい?」

「何を言う。それはここに来ているお前が言えたことではないだろうに」


 断斬の言葉に私が笑う。まあ確かに。ここに来る者が口にしていいセリフじゃあない。だが、私はそれを言える。


「奪おうなどと考えるな。私が先に喰う。効果が出れば残りはくれてやる……が」


 そんな軟弱な言葉を最後まで言わせる気はない。

 私は大鉈を抜きながら飛びかかって、断斬へと一気に振り下ろした。


「ぬぅ」


 断斬が少しだけうめき声をあげながら私の大鉈を受け止め、すぐさま力任せに薙いだ。

 なるほど。さすがは……というべきか。オーガを上回る膂力だ。私の身体が吹き飛び、かなり離れた位置に着地する。


「殺気が漏れ過ぎだ」

「取り繕う必要もないからな。不意打ちで殺したら面白くない」


 その程度で死ぬ相手ならそうしたほうがマシだろうが、目の前の相手はそうじゃない。ようやくだ。頭の足りない魔獣では物足りない。リシルは背を預けるには良かったが、戦うには物足りなかった。チリアも同じく。マリアンヌは……アレは別枠だな。けれど、断斬のゴレイヌは違う。私がここに来たのは……


「お前の目的は?」

「強者」


 お前と殺し合うためだ。

 ああ、そうだとも。妖混じりの末期症状が集まるとなれば、それなりの者たちが来るとは思っていたが、断斬ならば文句はない。


「我が字名あざなは餓狼。餓狼のデミトリ・ドーガだ」

「なるほど、餓狼か。聞いたことはある。戦いに飢え続けているという噂は事実だったというわけか」


 その言葉に私は笑みを浮かべる。そうだ。事実を否定する意味はない。遅刻した時はちと焦ったが、ようやく私は私の目的に到達した。


「もう知ってはいるようだが名乗ってはおこう。我が名は断斬ゴレイヌ・デルチ。我が剛剣に叶う者など存在はしないぞ」


 殺気が満ちてくる。どうやら本気になったか。


「それにしても。人の魔獣は手に入ったが、思ったよりも弱くてな。少々拍子抜けしていたところだったのだが」


 そう言って断斬が私を見て笑う。


「貴様ほどの名のある者ならば我が剛剣シェラールの最後のサビにするのも悪くはない」


 そして断斬が加速して迫って大剣を振り下ろし、私も大鉈を振り上げる。

 火花が散った。ここまで刃こぼれもなかった我が刃が欠けたのが分かった。

 どうやら相手の大剣も相当に血を吸っているらしい。

 いいぞ。最高だ。だが、それほどの剣を持ち、腕を持ち、何故に逃げようとしたのか。殺し殺される。そんな世界に身を浸しておきながら、快感を知っていながら、今さら抜け出そうとすることの愚を知れ断斬!


「ウルァアアア!」


 そして、私は咆哮し笑う。

 互いに噴き出た血を浴びながら殺し合う。全身が焼け付くようにたぎり、私はなお高らかに笑いながら剣を振るって断斬と殺し合う。

 どうだ。楽しかろう断斬。あと一歩で殺せるぞ。あと一歩で殺されるぞ。

 私の刃が掠めた頬からこぼれる血の色を見ろ。それは赤く、炎のように熱い液体だ。

 私は大鉈を振るう。振るい続ける。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せと全身が叫んでいる。肩を抉り、太ももを斬り裂き、左手をさばいて、右腕を貫き、そして笑いながら剣を振る男の顔に私は刃を叩きつける。そうして飛び散る体液を浴びながら、なお笑って私は刃を叩き続けた。

 ああ、そうだ。子供が砂の城を壊すかのように私は大鉈を振るい続け、相手の身体を崩していく。

 そして、気が付けば目の前には肉片が散らばり、私は血だまりの中で笑い転げていた。


「はは……はははははははは」


 愉快だ。なんとも充実した戦い。これこそが私が求めたもの。

 断斬も最後には笑っていた。そうだ。人の魔獣などを喰らって人に戻ったとして、その先の貴様が何かに満足を覚えることなどなかっただろうさ。

 そうだ。そうだ。この結末こそが、アレにとっても最高のもので、私にとっても満足のいく結果であった。

 これほどの充足は当面味わえまいが、まあこの儀式は来年もあるのだ。であれば、また参加をして……


「やはり勝利したのはあなたでしたか。まったく、期待通りですね」


 そんな、せっかくのいい気分をぶち壊してくれたのは、先日に神殿で出会ったマリアンヌの声だった。


「お前、マリアンヌ。なんで、ここに……いや、なんだそいつらは?」


 振り返った私の中で恐ろしい速度で心臓が加速していく。ソレが視界に入ったと同時に、先ほどまでの勝利の余韻など吹き飛ばすほどの警鐘が頭の中で鳴り響き始めた。

 そこにいたのは聖女マリアンヌだけじゃあなかった。

 ヤツの後ろには白い人間たちがズラリと並んでいたんだ。気配で分かる。そいつらは先ほど断斬が殺した人の魔獣と同じものだ。

 だが、なぜマリアンヌがそいつらを連れている?


「ようこそ、選ばれし『人の魔獣』よ。あなたが今回の権利者だ」


 は? 人の魔獣? 権利者だ? なんのことだ。

 だが逃げなければならないと思っているのに、マリアンヌのメイスが大地に突き立てられて奇妙な音が鳴り響いた途端に、全身が痺れて動かなくなった。


「人の姿のまま完成した魔獣。デミトリ・ドーガ、お前こそが此度の儀式を受ける権利を得た者だ。どうだ。魔獣にはよく効く音だろう?」


 マリアンヌがそう口にして、動けなくなった私を白い者たちに抑えつけていく、力が出ない私はなされるがままに地面に突っ伏すしかなかった。


「どういうことだ。答えろマリアンヌ!」

「どういうことも何も、そこで死んでいるのは人の魔獣ではありません。神兵と呼ばわれる者です。妖混じりから魔獣の血を浄化し、聖血に入れ替えた神の戦士。妖混じりの強さだけを残して、我らが神の兵士となった者。そしてあなたは選ばれたのです。デミトリ・ドーガ」

「ふざけるな」


 そう返した私は己が力を振り絞って、その場を駆け出した。


「なるほど、準備は怠っていなかったと。よろしい、追いなさいあなたたち。これから同志となるあの魔獣を捕らえるのです」


 ふざけるなよ。誰が魔獣だ。クソッタレが。

 けれども、そういうことか。あいつら、人に戻れるなんてホラを餌にして妖混じりを集めていたのか。チリアの言っていた仕事というのもようするに選別か何かか。あいつも教団とグルだったわけだ。

 けれども、聖句に対抗するための札を仕込んでいたのは幸いだったな。神官戦士とりあう可能性も考えていたのが役に立った。

 けれど早く逃げないと不味いな。もう札の先から崩れてきている。それに城に向かう道は塞がれてたから奥に逃げたが、この先はどうなっているんだ?

 ただの谷底じゃないぞ。岩壁もいつの間にか人工物の、神殿のような壁に変わっていて……おいおい。なんだ、これは?


「嘘だろ。どれだけいるんだ?」


 私の口から思わずそんな言葉が漏れた。しかし、声を出さずにはいられなかった。

 気が付けば、私は神殿にいた。火口湖のものよりも大きく、神の気に満ちた谷底をくり抜いて造った神殿。

 上の建物はようするにフェイクか。

 本来の光の神アンジェの神殿はこちらだったんだ。それも、今もここは生きている。そして、私が辿り着いた神殿の広間には白き者たち、神兵たちが並び、その先にはマリアンヌのように全身が醜く膨れ上がり、全身に聖痕が刻まれた女と、その輝く腹の中に赤子がいるのが見えた。

 その赤子の気配は、あの死都で見たモーデスと同じ神の力を……ああ、そういうことか。何もかもが分かった。本当に最悪だ。

 神がここにいる。であれば教団の本拠は今もまだこの場所で、私は餌に釣られてやってきた本当の間抜けだった。

 そして、背後から奴らが迫ってきている。私に気付いた広間の連中も動き出した。

 その数は実に100人を超える。妖混じりを改造した神の化け物たち。は、はははは。これら全てが相手か。ああ、面白いな。これはいい。

 私は大鉈を構えて笑う。笑いが止まらない。ここから先の未来はもはや絶望的だが、こうした絶対的に絶望的な戦いこそが私の望んだ本当の……






「神兵は?」

「10斬り殺されました。修復不可能は3体です母上」


 そして、大地に転がされた私の前で、マリアンヌと、マリアンヌに似た、神を宿した肉塊が話している。

 散々暴れたが、このザマか。まあ、仕方ない。ヤツらは強かった。

 それに、どうやらあの赤子の神を宿していたのがマリアンヌの母親らしいな。はは、似過ぎだろ。化け物親子め。


「それで新たなる使徒は、まだ意識があるようですね」


 マリアンヌの母親が私を見た。札もないし、体も動かない。

 連中は私を殺す気はなかったようだが、それで私はこれからどうなる?


「ええ。元気があるのは良いことですよ母上。では新たなる使徒に祝杯を」


 そう言って、マリアンヌが母親の体から出た巨大なオデキのような肉の塊を掴んで千切ると、それを持っていた銀の杯の上に乗せた。

 待て。それはヤバい。その気色悪いのを近づけるな。


「喜びなさいデミトリ・ドーガ。あなたは神の血肉を喰らい、器をそのままに中身だけが魔獣から神のものに変わる」


 ウグッ、肉を勝手に口の中に……これは違う。虫だ。白い虫が集まっているもの。ウゾウゾと、それが私の身体の中に入っていく。クソ、吐き出せない。身体の中に、頭のなかかかかかかかかかかかっかかっっっっっっっっっ……


「これで我らの力はまたひとつ増した。予言にありし終末は近い。いずこかより湧き出る、星を覆う赤き海を殺すために」

「星を喰らう悪魔を滅ぼし、この新しき神兵も我らと共に永遠楽土ヴァラ・ファロに至らんことを……」


 白い。白い。カサカサと頭の中が……ああ、喰われて、白くて、全部が白く白く白く白く……






 そして、私の意識は白く塗りつぶされた。

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