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10. 雌の蟷螂

 儀式の期日ももう残り二日となった。

 期限を過ぎれば結界は閉じられる。

 石札があれば外には出られるらしいのだが、負の力が多く漂う地が結界で閉ざされてしまえば、妖混じりも人間の部分が浸食されて魔獣へと堕ちかねない。長期間、滞在するのは危険なのだ。

 ともあれ、私は次の目的地である王城に辿り着いた。

 城の中には打ち捨てられた妖混じりの亡骸も随分と多い。

 この城を守っているのはかつての王宮騎士たちだ。

 死都の誘惑にも負けず、死してなお王国に忠義を尽くす騎士たちの有り様は感心するが、同時に私には理解できないものでもある。

 私が刃を振るうのは私のためだけであり、王のためでも国のためでも神のためでもないからな。

 だが、彼らの剣は強い。見るべきものは違えど、強き信念が刃に宿るのは私にも分かる。

 剣を交えるたびに騎士たちの気概というものを感じるのだ。

 それは非常に心地よいものだ。それだけでも私はここにきた甲斐があったと思えた。もっとも私も彼らに負ける気はない。


「ォォオオオオオオオ!」


 咆哮しながら、私は騎士たちを屠っていく。鎧だけのものも、中に死骸があるものも、いくつもの動物の死骸が詰められて動いている騎士もいた。それらを私は自慢の大鉈で叩いて壊していく。

 だが、敵は騎士たちだけじゃあない。途中で狂犬チリアが襲いかかってきたのだ。


「ははは、見ていたよ餓狼。あんた強いな」

「ここで斬りかかるか。何が目的だ、お前は?」


 私の問いにチリアは笑って刃を向けてくる。

 ほぉ。左右のジャマダハルの同時攻撃に、さらに下方からも鎖に繋がれた刃が迫ってきている。

 まともではないだけではない。チリアは恐ろしいことにこの戦法を実戦で通用するまでに鍛え上げてもいた。

 今までにない、戦い辛いことこの上ない相手ではあるが、それでも攻撃をさばけぬ相手でもない。

 私が大鉈を一気に横に薙ぐとチリアはまるで幽鬼の如く、フワッとした動きで跳び下がった。クソッタレ。こいつ、イキながら動かしてやがる。かかったぞ。


「さてね。哀れなお祭りに参加している君たちと遊びたいだけだよ、僕は。それにしても餓狼の旦那はいいねぇ。あんたなら別のお相手でも楽しめそうだ」

「男を抱く趣味はない。それとその動きは不快だ」


 クネクネと腰を中心に奇妙な動きをする男だが、実力だけは本物だ。


「楽しもうよ餓狼」

「いいや終わりだよ狂犬」


 お前の動きはもう読めてる。次の瞬間、私は迫る刃を交わして繋がっている鎖を掴むと、それを一気に引き抜いた。当然、繋がっていたヤツのソレは裂けた。そして白と赤い体液を流しながらだらしなく垂れ下がり、チリアが女のような悲鳴を上げた。


「ハッ、大事なものにそんなのを付けるもんじゃあないな」

「ひ、ひひ。いいや。いいよ餓狼。最高だ。ああ、絶頂った絶頂った」


 なんなんだ、こいつは。気持ちが悪い。だが、退いたな。


「どうした狂犬。怖くなったか?」

「んー、賢者の時間ってヤツ。痛みが僕の全身を快楽に導くのさ。ここまで激しく迫られたのは久々だよ。ついでにアンタの肉の大鉈で僕を貫いてくれないか? 今なら天国が見えそうだ」

「断る」


 その私の言葉にチイアが高らかに笑う。


「素気ないねえ。それにしてもアンタさぁ。多分だけど僕と同類っぽいね。ちょぉっと、他とは違うんだよねえ」

「違う?」


 眉をひそめた私にチリアが頷く。この変態と同類呼ばわりされるようなことはしてないつもりなんだがな。


「ここにはさ。まあ絶望したヤツが最後の希望を信じて集まってきてるわけ。僕、そういうのいたぶりたいの。あのリシルなんて最高。けど、あんた違うよね」


 イカれているが馬鹿ではないか。


「というかさ。僕よりもタチ悪いっしょ。僕は遊びたいだけなんだぜ?」

「私もさ。遊んでくれよチリア」


 油断はできない相手だ。私は大鉈を構えて一歩踏み出す。だが、間合いには入らせないか。であればどう切り出すか。そもそもこいつの気配からして本当にもうこれ以上は……


 キェエエエエエエエエエエエエ


 そして私がどうするべきかと迷っていると、通路の奥から悲鳴のような声が響いてきた。それは百剣リシルの声にも似ていて、それを聞いたチリアが目を細めて笑う。


「ああ、哀れな女だねぇ。ここまで来て耐え切れなかったか。餓狼の旦那、ありゃあアンタを求めてるよ。ほら、来た」


 そのチリアの言葉の通りに、通路の先から何か巨大なものが近付いてくるのが見えた。魔獣だ。それもアレはカマキリの姿をしているか。それに気配で分かる。アレはリシルが堕ちた姿だ。

 妖混じりが完全に魔獣の血に支配された末路が目の前の怪物なのだ。


「あいつはさぁ。男食いって異名があってね。まあ、言葉通りの意味なんだけど。抱いた男を抱いたまま殺して食べる癖があんのよ」

「狙いは私だけだから、随分と余裕があるなチリア」


 リシルの視線は私から離れず、チリアに対してまったく関心がないようだった。


「ま、求められてるのは旦那だからね。魔獣の影響か性癖なんか知らないけど、このままだと旦那は犯されながら喰われるんじゃあないか?」

「かもな。ただ、それでもリシルの意志ではないだろう。あいつは自ら私と別れた。抗っていたんだろうよ」

「そりゃあ、もしかすると旦那と別れたのは殺されるだろうって思っただけかもしれないよ?」


 かもしれない。仮にアレが求めて私が抱いたとして、その場で殺そうとしたならば返り討ちにできる自信はあった。

 だがリシルはあのとき、食欲と性欲に耐えて別れたと私は考える。こうなるぐらいに限界だったのだ。或いは抑え付けた衝動が引き金となったのかもしれぬ。であれば、情けはかけてやるさ。


「まあ、どちらにせよ旦那は戦うんだろうけどさ」

「当然だな」


 迫ってくる巨大なカマキリの鎌は、弧を描かずまるで剣のようにまっすぐに伸びていた。

 それを受けようとした盾が紙のように切り刻まれるのを見て、私はとっさに盾を捨てて跳び下がった。

 なるほど、百剣の腕は衰えてはいないどころか、増しているようだ。だが、悲しいかな。魔獣となっては技を繋ぐのもおぼつかない。ひとつひとつの斬撃の切れは増そうと、それだけでは駄目なのだ。

 今のリシルはまだ魔獣としては産まれたばかり。妖混じりから堕ちて何十年かを経過した個体ならばいざ知らず、赤子では私に勝てん。


「炎の王に捧ぐ。不浄なる者に死を」


 そして、私は手持ちの火印石の全てをその場で投げて発動させる。


「ヒャッホォ」


 チリアがその派手な輝きに奇声を発したが、知ったことではない。よろめいたカマキリの右腕を私は大鉈で切り落とし、腹を切り裂いた。長く伸びた細い足の先も剣の刃のようになっていたが、やはりリシルはまだその身体に慣れてはいない。

 それらが向かう前に、私は腰の短剣を抜いて振るい、その細い足を刈り取っていく。それから私は踵を返して、さらに攻撃を加えようとすると……


 キィヤァアアアアアア


 カマキリの悲鳴が響いた。目に投擲されたダガーが刺さっているのが見えるな。チリアめ、余計なことを。


「ほら、やれよ餓狼」

「邪魔をするな」


 不本意ではあるが、仕方ない。私は踏み込んで腹を貫き、そのまま斬り上げて細い胴を寸断した。宙に舞ったカマキリの上半身が片目で私を見て残った左の鎌を振るったが、私は大鉈を振るってその一撃を弾く。速かろうが、それに合わせて斬れば当たるのは道理。

 曲がっていない鎌が砕け、血が吹き出て、


「ウルォォオオオオオオッ」


 私は咆哮しながら大きく大鉈を振り上げる。全身の筋肉が膨らみ、魔獣の血が炎のように我が身体を駆け巡り、私は一気に大鉈を振り下ろしてカマキリの首を跳ねた。そしてカマキリの首は大理石の床をコロコロと転がり、私の前で止まった。


「が……ろう?」


 もはや首だけとなったからか。地面に落ちたカマキリの口から、あの女の声が漏れた。哀れな。ここで人の意識が戻ったか。


「わたし、ゆめをみて……」


 その言葉の途中で、私は大鉈でリシルの頭を叩き潰した。

 潰れた中身は蟲というよりは人のものだった。

 最後にリシルは夢と言っていたな。そう思ったまま死ねたのなら、或いは幸せに終われたといえるのかもしれない。


「はっは、すごいよ餓狼。容赦ねえ」

「で、続けてお前もやるか」


 睨みつける私にチリアは肩をすくめた。


「いいや、止めておくよアンタ怖いわ」

「お前に言われたくない」


 少なくともお前ほどイカれたヤツにお目にかかったのは三度程度だ。だが、チリアは私から背を向けて歩き出した。どうやら本当に去る気らしい。


「もう十分遊んだし僕はここらで退場するよ。依頼分の仕事も果たしたしね」

「仕事だと?」


 それはどういうことかと私が尋ねる前に、チリアが口を開いた。


「ねえ餓狼。断斬いるよ? あれならアンタは満足できると思う」


 その言葉に私の口と足が止まる。

 なるほど……であれば、私は私の目的を果たすとしようか。

 そして別れの挨拶を口にするチリアを無視して、私も足早にその場を去った。追いつかねば……ここですれ違っては、何の意味もなくなるのだから。

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