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1. 大鉈の戦士

 つんざくような咆哮が森の中を木霊した。

 目の前の食人鬼オーガから放たれた怒号が私の全身をビリビリと震わせる。それはここまで溜め込まれた苛立ちが一気に放出されたものだったのだろう。

 瞳の中の殺意の色がより深くなっているのが、よく分かる。もっとも、そう仕向けていたんだ。よほどの不感症でもなければ、そうなるさ。

 殺さず、生かさず。ここまで随分と嫌らしく立ち回った私に対し、こいつもさぞかし腹を立っていることだろう。

 だから、次に食人鬼オーガが振るった棍棒の一撃はこれまででもっとも力の篭もったものではあったが、それが私が待っていたものでもあった。


 グガァアアアア!!


 さらなる咆哮と共に落ちてきた棍棒をわずかな動作で私は交わすと、オーガの懐へと飛び込む。ああ、良い。完全なタイミングだ。


「ウルァァアアアア!」


 雄叫びをあげながら私が大鉈を振るう。

 棍棒が地面に叩きつけられたのと同時に私の刃が食人鬼オーガの腹を切り裂いて血が噴き出て、腹圧によって腸が飛び出てきた。


 グルォォアアア


 もっとも食人鬼オーガには痛みで動きが鈍るなどという可愛げはない。更に怒りに震えたソイツは垂れ落ちたものなど気にせず掴みかかろうとしたんだが、それも私は読んでいる。何度となく戦った相手だ。どう動くのかなど手に取るように理解しているさ。そして、私は火引石をすでに投げている。


「炎の王に捧ぐ。不浄なる者に死を」


 私の呟きにより、食人鬼オーガの胸に投げている火印石が反応し、同時に私は盾を前に出した。そして、次の瞬間に目の前で赤い炎が放たれ爆発が起きた。


「ぬぅ」


 盾越しとはいえ、相変わらずの威力に私の身体も震える。

 それは魔術師マーダではない私が覚えている唯一の魔術だ。

 私の魔力が込められた火印を刻んだ石が言霊に反応して爆発したのだ。

 その爆発に、私を掴もうとした食人鬼オーガの身体もズタボロになっていた。もはやうめき声しかあげられない相手に、私は一歩一歩と近付いていく。


「これで終いだな。デッカイの」


 私の笑みに対して食人鬼オーガは弱々しく咆哮したが、もはや反撃の力もないのだろう。先ほどまでの殺意の色は瞳から消え、脆弱な子犬ヌルクのような生き物に成り下がっていた。

 当然、私もそこに憐れみをかけるような間抜けではない。

 これが殺しに来たのだ。であれば私も殺すのも道理でしかない。

 私は躊躇なく大鉈を振るっての首を刎ねると、食人鬼オーガの身体はわずかに震えつつもやがて動かなくなっていった。


「フゥゥウウウ」


 その姿を見ながら私は大きく息を吐く。

 これが最初の先例というヤツだろう。目的地に着く前の予定外の戦いは終わったが、疲れたからといってその場で休んでいるわけにはいかない。遠く離れた場所からは狼たちの咆哮が聞こえ、森の中がザワザワと騒ぎ出しているのが分かる。盛大に騒ぎながら殺し合ったのだから当然のことだろう。

 だから私は相棒である大鉈を振ってから血を散らせてから拭い、直ぐさまその場を走り去った。


 未だ目的地に辿り着く前だというのにこの歓待ぶり。

 そう思うと私の顔は自然と笑みを浮かべた。

 まったく、恐ろしい限りである。この地はとても恐ろしく、蠱惑的な魅力に満ちている。私がここにいるのは、そうした運命を切り離すことを餌に呼ばれたからだというのに、非常に胸が躍る。


 それから少し離れた場所で足を止めて一息ついた私は、勝利を神に捧げようと印を結びかけたところで手を止めた。

 ああ、そうだった。それはもう意味がないどころか、許されぬ行為だ。

 もはや私が信仰していた戦いの神アヴァルフに勝利を捧げることは許さない。光の神アンジェ教団の儀式に参加する名目でこの地に来た時点で、私は改宗を行っているのだ。

 故に形だけとはいえ、今の私は戦いの神アヴァルフを足蹴にした光の神アンジェの信徒なのである。そのこと自体には後悔はないが、けれども日頃行っていた行為ができなくなるのは味気なくもあった。

 それから手持ち無沙汰な気持ちになった私は、またゆっくりと歩き始めた。距離は取ったが、それでもここが心休められる場所ではない。

 もっとも戦いの疲れはもうほとんどなく、先の戦いで受けたわずかな傷もすでに癒えている。

 身体が万全な状態であれば、何に襲われようとも対処できる自信が私にはある。

 かつてただの人だった頃の感覚など覚えてもいないが、自分の身体が魔獣に近いものになっているのは自覚している。


 そうだ。私の中には、先ほどの食人鬼オーガと同じものが混じっている。


 私は『妖混じり』と呼ばれる、魔獣の血によって汚染された人間だ。強靭なる肉体、癒える肉体、鋼鉄の如き肉体、そうした事実だけを見れば超越者と呼ばれる存在とも思えるが、それは魔獣の血に侵されたが故のものだ。

 いずれは魔獣そのものとなり、狩る側から狩られる側へと変わることを定められた穢れ人。

 だが、そうした妖混じりとなった者の、人でなくなりつつある者たちの最後の希望がこの先にある。

 そこはかつて聖王国ラナンという国があった、今はラナン封印地と呼ばれる魑魅魍魎住まう人外の地だ。

 その地では年に一度、七日間だけ穢れ払いの儀式を行うために封印が解かれる期間がある。その時期に光の神アンジェの信徒であれば、堂々と中に入ることを許されるのだ。

 故に妖混じりたちはその時を狙って、この地に集う。


 狙いはただひとつ。その肉を喰らえば染み付いた魔獣の血を洗い流し、妖混じりを人間に戻すことができるという、ラナン封印地に生息していると言われる『人の魔獣』であった。

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